気多郡道場・久斗の市場

気多郡(今の豊岡市日高町)は但馬国の国府が置かれた場所で、『日本後紀』延暦23(804)年正月の条に、「高田郷に遷す」という記述が残っており、気多郡のおそらく国府地区周辺から高田郷に移転したのは、袮布ガ森遺跡から多量の木簡などが見つかり間違いないこととなった。現在豊岡自動車道八鹿日高道路建設に伴う南構遺跡調査が行われており、古墳や但馬国府の役人らの居館跡ではないかと思われる遺構が見つかった。

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南構遺跡(兵庫県豊岡市日高町久斗)について

いただいたパンフレットから

去る10月26日(土)、一般国道483号北近畿豊岡自動車道(八鹿豊岡南道路)の建設に伴い、豊岡市久斗(本籍は祢布)の南構遺跡の現地説明会が行われました。当日告知があったのかなかったのか、それもネットから知って毎日新聞一社のみでした。翌日現地へ行ったみました。

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【地名地誌】 十戸(じゅうご)と石井

十戸(じゅうご)

神鍋高原へ向かう国道482号は、かつては西気道といって、但馬国府から稲葉川上流まで西へ進み、蘇武峠を越えて村岡の山陰道に合流する近道として因幡へ抜ける重要な道であったようだ。

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【地名地誌】 日高村(気多郡日置郷・高田郷・高生郷)

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『国司文書 但馬郷名記抄』
孝徳天皇大化2年、いわゆる大化改新による諸制度一新の詔勅に基づき、翌3年、本郡高田邑に兵庫を建て軍団を置く。

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【地名地誌】 気多郡三方郷(三方村)

三方郷

倭名類聚抄(倭名抄)

訓:美加太
弘安大田文に、三方荘、田59町、熊野山領觀音寺の田9町。
但馬考に、今の三方荘は、芝・安良川(今の荒川)・猪子垣・廣井・殿・栗山・觀音寺・知見・三所の10邑(村は当時は邑と書く)

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