山名氏と但馬

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山名氏と九日市城・正法寺城

[catlist categorypage=”yes”]宿南保氏『但馬の中世史』「山名氏にとって九日市ここのかいち城とは」の項で、九日市の居館を九日市城と呼んでいる。豊岡盆地の中心部の近い場所だけでも城といわれるものは正法寺城・木崎きのさき(のち豊岡)城・妙楽寺城・九日市城がある。 正法寺城は今の山王山で、今は日吉神社のみとなっている。文献に初めて登場するのは『伊達文書』で、延元元年(1366)六 […]

【但馬の歴史】(27) 山名四天王 田結庄氏(1)

  • 2009.08.20

津居山 田結庄氏は、但馬国城崎郡田結郷田結庄(豊岡市田結)を本貫とする中世豪族でした。田結(たい)は、円山川が日本海の注ぐ河口で、海水浴で知られる気比ノ浜の東に位置する漁村です。わかめ漁などがさかんです。 田結庄は「たいのしょう」と読み、出自は桓武平氏であったといわれますが、その世系については詳らかではないようです。 『田結庄系図』によれば、桓武天皇の子で桓武平氏の祖、皇子葛原親王(かずらわらしん […]

日下部氏流(4)太田垣氏

  • 2009.08.20

太田垣(おおたがき)氏 家紋:木 瓜 (但馬国造日下部氏後裔) *家紋を九枚笹とする説もある。 武家家伝さん 太田垣氏も、八木氏同様、但馬国造彦座王から日下部連の後裔を称する古来からの但馬の名族です。 『日下部系図』によると、第37代孝徳天皇-有馬皇子-日下部表米王---建屋太郎光村─石和田光忠─太田垣光保とあって、建屋(たきのや)・石和田・太田垣を同族としています。 『但馬国太田文』には尊勝寺領 […]

日下部氏流(4)太田垣氏

  • 2009.08.20

太田垣(おおたがき)氏 家紋:木 瓜 (但馬国造日下部氏後裔) *家紋を九枚笹とする説もある。 武家家伝さん  太田垣氏も、八木氏同様、但馬国造彦座王から日下部連の後裔を称する古来からの但馬の名族です。  『日下部系図』によると、第37代孝徳天皇-有馬皇子-日下部表米王---建屋太郎光村─石和田光忠─太田垣光保とあって、建屋(たきのや)・石和田・太田垣を同族としています。  『但馬国太田文』には尊 […]

【但馬の歴史】(19) 垣屋氏(5) 垣屋氏と山名氏の対立

  • 2009.08.20

轟・垣屋氏と楽々前・垣屋氏 垣屋氏は板東から山名時氏に従って、但馬に移り住んだのが垣屋家が山名氏に仕えた始まりで、以後代々山名氏の家老となる。 山名氏から気多郡の西気谷の三方郷に所領を与えられたようであるが、弾正の孫の代になると、所領は西気谷から竹野谷へと拡げられ、垣屋氏勢力扶植の基盤を確立したようだ。義遠の息子ら三兄弟のうち、長子熙続、二子熙知はともに主君山名時熙の偏諱を受けたもので、垣屋氏に対 […]