天日槍と糸井の阿流知命神社は無関係

式内糸井神社(奈良県磯城郡川西町結崎) 糸井造と池田古墳長持型石棺の主 (宿南保氏『但馬史研究』第31号 平成20年3月)での内容である。 歴史は史実の新発見において語るべきもの さて、宿南保先生は、但馬史研究の第一人者 … 続きを読む天日槍と糸井の阿流知命神社は無関係

はじめに 天日槍(あめのひぼこ)の謎

 はじめに 但馬の国はどのように誕生し、我々祖先はどのように暮らしてきたのか? キーマンとしてまずあげられるのがアメノヒボコだろう。 但馬に暮らす人々にとって、アメノヒボコを知らない人はまずいないであろう。 アメノヒボコ … 続きを読むはじめに 天日槍(あめのひぼこ)の謎

第1章 1.アメノヒボコの日槍と日矛

アメノヒボコの日槍と日矛の字の違いは? アメノヒボコは、日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」。漢字が違う点は、上「記紀」の頃にも矛・槍の区別は必ずしも当時明確ではなかったようで、ヒボコが日槍・日矛であって … 続きを読む第1章 1.アメノヒボコの日槍と日矛

第2章 3.天日槍ゆかりの神社にみる足取り

天日槍(以下、ヒボコ)は但馬出石に安住の地を決めるまで、どういう足取りを辿ったのか。 『日本書紀』、『播磨国風土記』にその足取りが記されている。 『日本書紀』ではまとめると次のルートである。 新羅-伊都国-播磨国宍粟邑- … 続きを読む第2章 3.天日槍ゆかりの神社にみる足取り

第3章 1.天日槍と伊和大神の国争い

奈良時代に編集された播磨国の地誌『播磨国風土記』(国宝)の成立は715年以前とされている。原文の冒頭が失われて巻首と明石郡の項目は存在しないが、他の部分はよく保存されており、当時の地名に関する伝承や産物などがわかる。ちな … 続きを読む第3章 1.天日槍と伊和大神の国争い

第4章 2.一地方の国造ならば天日槍の「天」はあり得ない

「天」は、皇族以外でも考えられないのに、まして渡来人だとしたら天の神号を付与されることはありえない アメノヒボコは新羅の王子で、帰化し出石に住み着いて初代多遅麻国造に就いた。 多くの人々は、ここの多くの疑問や矛盾があるこ … 続きを読む第4章 2.一地方の国造ならば天日槍の「天」はあり得ない

第2章 1.記録に残された天日槍の足取り

この章では、ヒボコが辿った足取りを、 (史書の)アメノヒボコに関連する記事は、八世紀の初めに編纂された『古事記』および『日本書紀』(以下『記』『紀』、合わせて『記紀』)に記録されたものが、現在伝えられる最古のものである。 … 続きを読む第2章 1.記録に残された天日槍の足取り

第2章 2.『但馬故事記』に詳しい天日槍の足取り

2. 『国司文書 但馬故事記』に詳しい天日槍の足取り 『国司文書 但馬故事記』は、天日槍来朝の叙述や、その子孫の記録は、他書を抜いて最も詳しく、まことに貴重な資料である。 ことに、神功皇后すなわち息長帯姫命おきながたらし … 続きを読む第2章 2.『但馬故事記』に詳しい天日槍の足取り

天日槍とゆかりの神社というこじつけとその真相

「天日槍(アメノヒボコ)ゆかりの神社は、出石神社と御出石神社を囲むように周辺に集中しています。」 耳井神社/豊岡市宮井 アメノヒボコの妻が多遅摩前津見(タヂママヘツミ) 諸杉もろすぎ神社/出石町内町 アメノヒボコの子 多 … 続きを読む天日槍とゆかりの神社というこじつけとその真相