但馬に式内社が異常に多い謎は日本海の防衛基地だった

式内社(延喜式神名帳記載の神社)が多い但馬で触れたように、但馬国は式内社の数が、畿内ではないし、他の旧国と比べて決して面積的にみても特別大きいといえないにも関わらず、式内社の数が大和・伊勢・出雲や近江に次いで、131座で … 続きを読む

但馬に集中する兵主神の謎

兵主(ひょうず)とは? 兵主神社(ひょうずじんじゃ)ってご存じですか? 兵主とは、「つわものぬし=武士」と解釈され、八千矛神(ヤチホコノカミ=大国主神)を主祭神の神としています。矛は武力の象徴で、武神としての性格を表して … 続きを読む

弥生.徐福と兵主神社

弥生時代は、水稲耕作による稲作の技術をもつ集団が日本列島外から渡来して、北部九州に移住することによって始まった時代です。 紀元前三世紀頃、日本列島は、それまで長く続いていた縄文時代が終わりを告げ、弥生時代が始まります。弥 … 続きを読む

【もう一つの日本】物部氏1/4 もう一つの天孫降臨

饒速日命(ニギハヤヒノミコト) ニギハヤヒは、それぞれの駐留地点を中心に、水稲の栽培を始め、麦・黍・栗などの栽培を拡めたといいます。 とするとよく似た話が徐福伝説です。つまり秦の始皇帝の圧政に耐えかね、日本列島に活路を求 … 続きを読む

【出雲神政国家連合】 古代出雲2/4 スサノオは「砂鉄」を採る男だった

スサノオは「砂鉄」を採る男だった また、早期から製鉄技術も発達しており、朝鮮半島の加耶(カヤ((任那(みまな))とも関係が深いという指摘もあります。記紀の1/3の記述は出雲のものであり、全国にある8割の神社は出雲系の神が … 続きを読む

【たじま昔ばなし】 国造りにまつわるお話

兵庫県立歴史博物館「ひょうご伝説紀行 - 語り継がれる村・人・習俗 ‐」によれば、”アメノヒボコは但馬国を得た後、豊岡(とよおか)周辺を中心とした円山川(まるやまがわ)流域を開拓したらしい。そして亡くなった後は、出石神社 … 続きを読む