天皇で“神”の名がついた天皇と皇后が4人存在する。神武・神功・崇神・応神。そのことはすでに触れたので割愛するが、いずれも平安期に記紀の内容から名付けられた名前であり、当時には深い意味はないと思う。
消された王権・物部氏の謎: オニの系譜から解く古代史 著者: 関裕二
鬼(天皇)が神(出雲)を征伐し、神(天皇)が鬼(出雲)を祀る。まったく矛盾するかに見えるこのような現象が顕著なかたちで表されるているのが、昔話に現れる“鬼退治”説話である。
英雄による鬼退治、これが昔話の主題と思われがちだが、裏側には、鬼による鬼退治という秘密が隠されていたのである。
たとえば、桃太郎、一寸法師、酒呑童子(しゅてんどうじ)といった有名な説話のなかで、鬼を退治する英雄か、あるいはその家来のなかに、必ず童子(子ども、または子どもの身なりをした人)が含まれていることに気づかされるはずだ。
一寸法師は身丈が一寸(約3.3cm)の子ども、桃太郎は巨大な桃から生まれた小さな子、酒呑童子は討たれる側の鬼だが、征伐軍のなかにはまさかりをかついだ金太郎が入っていた。
是等の話がおとぎ話であるため、子どもに面白おかしく聞かせるために主人公たちを子どもにしたと考えるのは間違いで、じつは“童子”といえば、鬼そのものをさす場合が少なくないのである。
(中略)
出雲神には、荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)という両面性があって、前者が天皇家に祟りをもたらす神であるのに対し、後者は天皇家を守る神とされている。
この神の両面性は、神と鬼の両面性でもあるが、人間にもこの両面性があって、童子が若く生命力の溢れた荒魂であるのに対し、翁(おきな)は穏やかな和魂と考えられていた。
たとえば、ヤマトタケルはクマソ退治、東国征伐と縦横無尽の働きをするが、そのきっかけは父・景行天皇にとって手に負えぬ乱暴者であったために、宮中から外に出されたといういきさつがあった。ヤマトタケルも童子で鬼だったのである。『古事記』には、クマソを討つに際して女装してだまし討ちをしたことはよく知られてるが、童女となったとあるのは、ヤマトタケルがクマソという鬼を退治するために鬼と化したことを証明している。
■天皇と鬼
鬼退治の英雄が鬼であったことがわかり、また、この鬼を差し向けた天皇も、やはり鬼であったことになる。つまり、権力側にいようと、またその逆の立場にいようと、一般の人々から見て人を越える力を発揮するものは鬼と見なされたということなのだ。
大和岩雄氏は、『鬼と天皇』(白水社)のなかで、天皇と鬼の関係について三つの例を引いて述べている。
一、天皇に対する存在、『まつろわぬもの』としての蝦夷(えみし)や酒呑童子のような鬼
二、鬼を討つ側の天皇権力としての鬼
三、天皇権力の側にいたものが権力から追放されてなる鬼
一は権力に対立する鬼で、周辺、辺境の存在である。二は権力としての見える鬼である。この権力から追放され、周辺、辺境の存在になった者が、死後、見えない鬼(怨霊)となって二の鬼に祟るのが、三の鬼である。
このように天皇と鬼は、一見、対立関係にあるようにみえるが、一つの実体の表と裏の関係にある」
じつは大和氏が指摘するように、鬼と天皇が表裏一体の関係にあったことこそ、天皇家が今日に続いた最大の理由であったのではないかとするのが、近年いわれている説である。
(中略)
権力者がいかに天皇家を煙たく思っても、この神の一族の背後には、“無縁”の人々というとらえどころのない鬼、闇の世界が控えていたのである。したがって、天皇を倒すにはまず裏社会を壊滅させる必要があり、となれば、目に見えぬ敵を相手に戦をするような事態に陥り、収拾のつかない羽目に陥るのは必定であった(ちなみに、この闇の社会をつぶしにかかった人物は、歴史上、織田信長一人と考えられる)。
逆に被支配者“無縁”の人々から見れば、みずからの自由な活動が、“天皇”という権威を根拠にしているのだから、彼らにとって“天皇”は、かけがえのない存在なのであった。
したがって、彼らがすすんで天皇をつぶそうなどと考えるはずがなく、日本に市民革命という一神教的で独裁的な“正義”がなかったのは、あるいはこのような経緯が背景にあったからかも知れない。
いわば、“天皇”というシステムは、鏡に映した三権であり、また支配のベクトル(方向性)が天皇から始まり、一巡して天皇に戻ってくるという循環する王権システムでもあったといえよう。
つまり、日本の不思議さが“天皇”という現象に凝縮されているのは、日本の支配者がいったい誰であったのか、探れば探るほどわからなくなってくるためであった。それは天皇なのか、時の権力者なのか、あるいは無縁の人々、鬼であったのか-。
そして、このような図式はいったい、いつごろからはじまったのであろうか。
その答えの鍵を握る者こそ、八世紀に鬼のレッテルを貼られた“モノ”の一族物部氏なのだが、