南構遺跡(兵庫県豊岡市日高町久斗)について

いただいたパンフレットから

去る10月26日(土)、一般国道483号北近畿豊岡自動車道(八鹿豊岡南道路)の建設に伴い、豊岡市久斗(本籍は祢布)の南構遺跡の現地説明会が行われました。当日告知があったのかなかったのか、それもネットから知って毎日新聞一社のみでした。翌日現地へ行ったみました。 (さらに…)

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【地名地誌】 気多郡三方郷(三方村)

三方郷

倭名類聚抄(倭名抄)

訓:美加太
弘安大田文に、三方荘、田59町、熊野山領觀音寺の田9町。
但馬考に、今の三方荘は、芝・安良川(今の荒川)・猪子垣・廣井・殿・栗山・觀音寺・知見・三所の10邑(村は当時は邑と書く) (さらに…)

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【地名地誌】 高生郷の地下(じげ)

『国司文書別記 但馬郷名記抄 第一巻・気多郡郷名記抄』に、

古語は多可布(タカフ)

高生郷は、威田臣荒人(いだおみあらびと)の裔、威田臣高生在住の地なり。この故に高生と名づく。矢作部(ヤハギベ)・善威田(ヨヒダ)・善原(エバラ)・稲長(イナガ)の4邑 (さらに…)

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【地名地誌】 気多郡の由来について

兵庫県豊岡市日高町は、2005年(平成17年)、豊岡市周辺の城崎郡城崎町・竹野町・日高町、出石郡出石町・但東町と対等合併し、兵庫県で面積が一番大きい市となった。それまでは城崎郡日高町であった。さらに、1896年(明治29年)に郡の統合があり、美含郡とともに城崎郡に編入される以前は、「気多(けた)郡」と呼ばれていた。豊岡市合併前の城崎郡日高町全域(浅倉・赤崎は昭和30年に養父郡宿南村から編入)と・中筋地区(賀陽郷)・上佐野・納屋・床瀬・椒(狭沼郷)に該当する。 (さらに…)

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