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伝統的な社会関係日本人にもっとも近しい国はどこかといえば、地理的にも同じ島国という国民性からも台湾(中華民国)です。
そしてもっとも歴史・文化・交流・言葉が近いのは韓国です。韓国にはこれまで2度行ったことがあります。韓国も台湾もそうですが、世界中でもっとも日本人と近い隣人であることが体験できます。
しかし、唯一異なるのは、過去に二国間で争いがおきましたが、日本列島は第二次世界大戦で米国に占領されたことがありますが、幸いにも言葉や習慣自体を奪われることはありませんでした。したがって、一度も他国から植民地化されたことがないのですが、朝鮮半島は何度も同じ民族同士や他国から侵略を受けてきた歴史だということです。
韓国社会は儒教によって高度に秩序化された社会であり、父系血縁関係を基盤とした家族・親族関係が形成されている点では日本と大きく異なります。これは中華の伝統を受容し、それをもとに朝鮮の社会関係を組み直した結果でもあります。このような伝統的な家族・親族関係は、現在では社会の変化とともに大きく変わってきています。
父系血縁関係
韓国では朝鮮王朝時代に国教とされた儒教(朱子学)によって、父・子関係を基本とする父系血縁関係が社会に浸透していきました。およそ17世紀後半から18世紀にかけて定着したといわれています。
韓国人にとってもっとも基本的なアイデンティティは父系血縁です。そしてその関係は生涯変わることはありません。父系の血を継承したことによって、自分自身の所属が明らかとなります。女性にとっても生涯この父系血縁関係は変わることはありません。
家族
韓国では家族というときに「チップ」という言葉を良く使います。日本語の「家・いえ」という言葉によく似ていて、家族とともに家屋の意味でも使われます。このチップは日常生活の基本単位であり、伝統的には長男夫婦が老後の親を扶養します。三世代同居の姿が理想型とされてきました。ただしチップはより範囲が広く、次三男以下が独立した後やその子孫たちも、同じ血を持つ者として考えられ、同じチップのメンバーとなります。とくに農村部では、近くに住むことが多く、日常的に緊密な繋がりをもっており、また相互に助け合う関係でもあります。日本では家族であっても遠くに離れてしまうと心情的に距離感をもつことが少なくありませんが、韓国では日常的関係がさほど緊密でなくとも、常に関心をもっていて心情的には近いのです。血縁関係を軽視することは、倫理に反するとみなされて批判されることになります。
父親と子どもの関係が基本とされるため、とくに父と息子の関係は厳格で形式的なものとなります。とくに儒教に忠実であろうとする人々の間ではそうです。一方、逆に母親と子供の関係は打ち解けた親しみのあるものです。また祖父母との関係は、子供にとっては何でも許される関係となります。
また四代前までの祖先を祀る忌祭祀(キジェサ)を祀る子孫たち、つまり高祖父を共通の祖先とする八親等の関係をチップの内側という意味でチバンといい、このチバンが親族のなかでも近い関係です。
親族
父系血縁の原理はチバンのように親子兄弟関係をこえて拡大して考えられます。親族組織を門中(ムンジュン)といいます。門中は、ある祖先からの系譜が明確な人々によって構成され、元来はある特定の地域に集中して居住することが多く、村全体が同じ門中というような村落も存在しました。門中は祖先祭祀のために組織化されたので、そのための土地や財産を所有することも多い。門中はその系譜関係を明らかにするためのものとして族譜(チョッポ)を編纂します。
親族
族譜は父系の系譜関係を明示するものとして存在するので、父系の血の概念が浸透し、それにともなって親族組織がつくられるようになってから一般化しました。王朝時代には族譜を編纂し所有することがステータスの証しでもありました。族譜の記述形式は定まっていて、最初に一族の歴史が語られ、始祖からの系譜を親子関係を上下に、兄弟関係を横に並べて記載されます。個人についての記載内容も現在ではほぼ一定で、名、生年月日、官職や事跡、配偶者の父親の姓名と本貫、本人と配偶者の没年月日、墓の位置などです。
現代の韓国でも族譜はステータスと大きく関連していて、族譜を出版する出版社や族譜を集めた図書館などが存在します(日本では考えられない個人情報漏洩だが…)。族譜は一世代(約三十年)ごとに改訂されるのが通常で、死者や新しい成員の情報が付け加えられます。また過去にさかのぼって見直しが行われます。
最近では刊行される族譜に女性の名前が記載されることが多くなり、また漢字を読めない人々が増えてきたためハングルでの表示もなされています。また多くの門中で族譜がインターネットを通じて公開されていることも、伝統と新技術の結合として特徴的なものでしょう(出版同様、日本では考えられない個人情報漏洩だが…)。
姓氏
韓国には姓が270あまりしかありません(ちなみに日本は姓は正式には氏ともいい、名字・苗字ともいう。十数万もの種類の名字がある)。またその内の少数の姓に集中しています。金・李・朴が三大姓といわれ、この三つの姓で全人口の45%を占めます。しかしながら金姓の人々は同じ一族かというとそうではありません。姓に本貫という地名をプラスすることによって区別をします。金姓では本貫の数は300近くあります。本貫は始祖とよばれる祖先と関連する地名である場合が多い(金海金氏・慶州金氏など)です。また始祖は必ずしも実在の人物とは限らず、神話的な存在である場合もあります。このように本貫と姓を同じくする人々を、同姓同本といいます。同姓同本の人々は明確な系譜関係で結ばれているわけではないし、共同で何かをやることは少ないです。
しかし、この同姓同本が明確な区分として使われるのが婚姻の場合です。同姓同本の間での婚姻は、つい最近まで、ある少数の例外は除いて、「同姓不婚」の原則に該当するため法的に禁止されてきました。そのため多くの問題が発生することとなりました。
それは、同姓同本である男女による事実上の婚姻生活です。法的には認められない婚姻のため、生まれてくる子供は法的に男性の子供とは認められず、私生児とならざるを得ませんでした。厳格な父系血縁の社会で父親の存在がないことは多くの不利益を子供にもたらすことになります。そのため例外的に婚姻を認める期間が設けられたことがありましたが、現在では同姓同本の婚姻を禁じた民法の条文は効力停止となっており、同姓同本の婚姻は自由となっています。
民族
朝鮮半島は半島というコンパクトな地域に、王朝交代の少ない比較的に安定した社会を長年にわたって維持してきたため、社会や文化の均質性が高いのが特徴です。もちろん地域差や階層の差による違いがないではありませんが、今日では比較的に小さいものです。そのため民族意識がつくられやすく、近代になると外部からの圧力もあり、自分たちを同じ血をもつ民族としてみなすことがおこなわれました。この民族の血の概念は架空のものでありますが、対外的にも、また自らのアイデンティティを確認するときにも重要な働きをしています。
北朝鮮との関係においても、金泳三大統領以降の政権では、同じ民族としての面を強調し、和解の雰囲気をつくり出してきているようです。このように、同じ血をもつ民族という概念は、政治的なものでもあります。
両班意識
父系血縁観念が広く行き渡り、親族意識を組み直していったのには、朝鮮王朝の支配層であった士大夫(したいふ)層の役割が大きかったのです。士大夫層のことを士族といいます。士族は科挙に合格し官職に就いた人物を指し、一般的に文官と武官を総称して両班(ヤンバン)と称されたのですが、時代をへるにしたがって両班の適応範囲は広がっていきました。その際に必要とされた両班らしさのなかには、儒学の素養や儒教的規範の実践のほか、父系血縁意識による祖先祭祀、族譜の所有、親族意識などがありました。両班の生活様式を実践することによって、自らのステータスを上昇させようという人々が存在し、それがまた父系意識の浸透にも影響したと考えられます。そして現在では、韓国人の多くが自分たちは両班の子孫であると認識しています。
出典: 『韓国朝鮮の歴史と社会』東京大学教授 吉田 光男
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