歴史の両側(2) 原爆とルーズベルト

今年も八月六日がやってきた。広島に原子爆弾が投下されてから64年、また終戦記念日とお盆というこの季節は、ふだん忘れている日本人の心を思い出させる。

広島、長崎の平和記念式典に時の総理大臣が参列する。このことに反対する人はいないのに、なぜ英霊を祀る国家を代表する靖国神社に八月十五日に参拝することに反対する人がいるのか不思議です。

原爆を投下された唯一の被爆国、日本はヒロシマ・ナガサキ宣言で世界に核兵器廃絶と平和を訴える。さらに、オバマ米大統領が「核のない世界の実現」を提唱し、アメリカとロシアとの核削減を約束した。

さて、東京裁判が自国の戦争責任は自国で裁判する国際法によって裁かれたものではなく、類のないアメリカの根拠のない不当なものであることは承知のことだが今回は置くとして、前回は東条英機について書きましたが、今回は原爆とアメリカ元大統領フランクリン・ルーズベルトについて話題にしたいと思う。

昨日、チャンネル桜の渡辺昇一先生「桜塾講座-世界偉人伝」で東条英機とルーズベルト(2)を観た。

昭和三十二年生まれの私は、少年の頃、戦争体験者の亡き祖母から、いろいろ戦争や軍歌を聴かされたり、学校で習うことで、軍国主義や多くの尊い人命を失った戦争を起こした日本人は悪いとふつうに思っていた一人だ。

フランクリン・ルーズベルトが大統領になったとき、アメリカは第一次世界大戦でイギリスやフランスを凌ぐ帝国覇権主義国家になっていた。暴力で領土を拡大する国は、逆にどこかに攻撃されないかと絶えず恐れているのだ。

ルーズベルトはオランダ系移民で、アメリカで裕福な資産家の息子に生まれた。海軍を経て民主党から大統領になった。当時白人至上主義で有色人に対する人種差別は激しかったが、オランダはとくに人種差別が激しい。インドネシアの占領政策やアフリカで最後までアパルトヘイト(人種差別政策)を行った南アもオランダ植民地だ。また、戦争を起こした時期は共和党よりタカ派の民主党の大統領である。

ヨーロッパからアメリカ東海岸に上陸し建国したアメリカは、西へ西へと原住民の土地を侵略し、カリフォルニアまで征服した。海洋を制することが国益につながる。イギリス、日本とともに三大海軍国のアメリカは、次はさらに西へ太平洋からアジアに向かうことだった。ハワイはすでに日本人移民が多く、いつ日本がアメリカ大陸に侵攻してくるかと脅威を抱いていたアメリカは、ハワイの王を追い出し占領下においた。

世界恐慌の中で就任したルーズベルトは、ドイツ人やイタリア人に行わなかった有色人である日系人を強制収容した。政権期間を通じて行われたアフリカ系アメリカ人の公民権運動に対する事実上の妨害という、ルーズベルトの人種差別的観点から行われた失政は、その立場を問わず大きな批判の対象となっただけでなく、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなった。

日本はそのことで国際社会に人権保護を訴えた最初の有色人であるのだ。アジアの自主独立しかないと東條は大東亜共栄圏を構想し世界で初の首脳会議を東京で開いた。これがアジア諸国が不当な差別的植民地から目覚める勇気となり、戦後アジア諸国が独立に向かったことは日本人の精神とアジアで評価されている。

政府による経済への介入として「ニューディール政策」を行ったが、失業率が依然高止まり状態を保つなどなかなか成果が上がらず、やがて労使双方から反発もおきるようになった。しかしながら、1941年の第二次世界大戦参戦による軍需の増大によってアメリカ経済は回復し、失業者も激減した。

東アジアは、すでに北からソ連、満州はソ連(ロシア)を追い出した日本、沿岸部の都市はドイツ、フランス、イギリスが抑えてしまっており、アメリカはフィリピンを占領していたが、大陸でのアメリカ進出の余地はなかった。そこで満州に鉄道の共同建設を日本に申し入れたが日本が断ったことで、進出機会を失ったアメリカは日本への関係を硬直化させることとなった。

当時ヨーロッパ戦線においてアドルフ・ヒトラー率いるドイツ軍に、イギリス本土上陸寸前まで追いつめられていたイギリスのウィンストン・チャーチル首相や、中国蒋介石の夫人でアメリカ留学経験もある宋美齢が、数度にわたり第二次世界大戦への参戦や日中戦争におけるアメリカの支援、参戦をルーズベルトに訴えかけており、大量の軍事物資や退役軍人を派遣した。ソ連もまた日本がいつ侵攻してくるか恐れていた。ドイツとの戦争でアジアに手が回らないことで、毛沢東の中国の共産主義者に武器を与えた。また、当時は敵対関係になかったアメリカに日本に戦争を仕掛けるため、裏には社会主義に傾倒していたルーズベルトの側近にソ連とつながったロシア系共産党員の作戦があった。また、日本の後ろ盾のイギリスとの日英同盟破棄に成功する。ブロック経済を敷いて不当な関税を課せた。世界の4分の1を植民地とするイギリス、自国で石油資源が確保できるアメリカやソ連、また東南アジアに植民地を持つフランス・オランダは自国貿易で困らないからだ。唯一資源を持たない日本の石油ルートを封鎖することで海軍の勢力を弱めることだ。こうして完全に在英米蘭の日本資産凍結、日米通商航海条約の廃棄、日本の石油輸入ルートを遮断した。

日本は何度もアメリカとの交渉に挑んだが決裂した。アメリカは日本と戦争を起こす機会を狙っていたのである。一方的な内容のハルノートを送りつけたことで、戦争回避は不可能になる。さてハルノートといわれる文書は、国務長官ハルが作成したのではなく、側近のヘンリー・モーゲンソー財務長官が示し、更に彼の副官ハリー・ホワイトの作成によるものだった。ソ連系共産党員だったことが知られている。つまりそれがアメリカのいわば最後通牒と受け取った(「極秘、試案にして拘束力なし」との記述があり、ハルノートは試案であることが明記されているのにもかかわらず、なぜ外務省がその箇所を削除して枢密院に提出し、東郷外相が天皇に上奏して「最後通牒」と解釈されるようになったのか、外務省および東郷外相の真意は不明である)。

何度も御前会議を重ねて対英米開戦が決議された。国際法で自国を守るために戦うという行為は正統であり認められている。宣戦布告書とみなした日本は、ハワイの真珠湾の軍事施設を攻撃した。これは戦争においては民間を攻撃しないことを定めた国際法に則った世界で認められた戦争行為である。
なお、ルーズベルト大統領やチャーチル首相のように、戦前の日本では戦争を命ずる権限は総理大臣にはなく、当然、東條英機首相には認められていないことと、東條英機首相は最後まで戦争には反対していたこと、他の海軍・陸軍大臣など罷免する権限はないこと、昭和20年(1945年)のポツダム宣言受諾を決めた御前会議を除き、天皇は通常積極的な発言を行わなかった、ことを明記しなければならない。

アメリカは沖縄から本土に一般住民であろうと構わず無差別爆撃を繰り返した。白人社会秩序を守りたいルーズベルトや連合国の考えは、日本民族の全滅である。このような国際法に背いた非道な戦争をした国はかつてない。

共和党の大物の面々が日本への原爆使用に反対していたこともあって、トルーマンは投下決定を共和党側には伏せたまま、先にスターリンに知らせた。後に共和党大統領となるアイゼンハワーなどが猛反対しており、共和党支持者の米陸海軍の将軍たち(マッカーサーも含む)は全員が反対意見を具申している。アイゼンハワーに至ってはスティムソン陸軍長官に対し「米国が世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」(一九六三年の回想録)と何度も激しく抗議していた。すでの敗戦濃厚な日本にさらに原爆を投下する必要はなかった。10万人規模の無差別大量殺戮を2度行ったことを忘れてはならない。トルーマンは二発目の長崎投下後「さらに10万人も抹殺するのは、あまりにも恐ろしい」として、3発目以降の使用停止命令を出した。一方で、トルーマンは公式的な場では原爆投下を正当化し続けていた。またトルーマンが日本へ計十八発もの原爆投下を承認していた事実がワシントン.ポスト紙にスクープされている。戦後、アメリカ国内の戦争に荷担した共産党員は自殺もしくは暗殺されたり逮捕された。

「戦争を終わらす為に民主主義を守るためにアメリカは原爆を投下した」は、戦勝国が正当化するための後付である。アメリカに罪のない国民を殺害した戦争責任と法的根拠のない東京裁判などで罪のない人を裁き、死刑に追いやった真実を検証することも、忘れてはならないのだ。ルーズベルトやトルーマン、チャーチルこそ、戦争をけしかけた犯罪者として国際裁判で裁かれなくてはならないのである。

一国の憲法を他国が定めることこそ、不当な行為であり例がないのだ。ドイツは連合国の憲法草案を拒否し、戦後自主憲法を定めた。なぜ当時の日本の政府は拒否できなかったのだろう。いずれにしても現憲法は日本の憲法ではない。そのようなものを戦争を仕掛けた社会主義、共産主義でありながら、しかも戦後は護憲といっている政党や政治家は、責任意識もなく頭がおかしいのではないか。

日本だけが唯一の被爆国ではない。ウイグルやシベリア、アメリカで行われた核実験で被害を受けている。しかも自国民がである。なぜ今も行っている国々に反戦団体は中国やロシア、北朝鮮に対して、しかも唯一戦争に原爆を使用したアメリカに対しては抗議と謝罪・弁償を要求しないのか。

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