■歴史考

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韓國神社と城崎郡司・物部韓国連

  • 2016.08.14

但馬には式内社が全国的に見ても5番目と大変多い。大和や伊勢、出雲、近江はわかるが、その次に多いのは不思議である。結論から先に言えば、都(大和)から朝鮮半島へ通じる最短地点であったからだと考えている。式内社や重要な神社は、歴史(郷土史)のランドマークだと益々感じる。よく地元の方々のご尽力により残ってきたと思う。 半島と関わりのありそうな名前の神社が、豊岡市飯谷はんだにの韓國神社にある。「からくにじん […]

天日槍と糸井の阿流知命神社は無関係

式内糸井神社(奈良県磯城郡川西町結崎) 神社に関心を持ち始めて、分からないのが、糸井郷(今の朝来市和田山町糸井地区)である。 糸井造と池田古墳長持型石棺の主 (宿南保氏『但馬史研究』第31号 平成20年3月)での内容である。 歴史は史実の新発見において語るべきもの さて、本稿の「【考察】糸井造と池田古墳長持型石棺の主」で宿南氏は、 まず、糸井という地名についての疑問点である。糸井とは、一般的に結崎 […]

天火明命 谿間に来たり

[wc_skillbar title=”天火明命 谿間に来たり” percentage=”100″ color=”#e45e32″] [catlist id=589] 弘仁5年(814)-天延3年(975)にわたり、但馬国府の多数の国学者によって編纂された『国司文書・但馬故事記たじまこじき』は、第一巻・気多郡故事記から第八巻・ […]

祢布ヶ森但馬国府は条里制に収まっていた?!

20111.5.22 「第45回 但馬歴史後援会」但馬史研究会 「祢布ヶ森(ニョウガモリ)遺跡を考える」 但馬国府・国分寺館 前岡 孝彰氏 見つかった施設・遺構から、大型建物跡などが確認されている。かなり大きな役所跡だった。 また、全国的にみても多数の木簡が見つかっており、当時の役人の業務が分かる。 祢布ヶ森遺跡と周辺の遺跡 「第45回 但馬歴史後援会」資料から 但馬国府の推定と発掘 全国的にも国 […]

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