「建国記念の日」に国旗を掲げる

/ 2月 11, 2010/ オピニオン/ 0 comments

2月11日は「建国記念の日」。チャンネル桜を観始めて今日は玄関に国旗を掲げようと楽しみにしていた。他の祝日は何ともピンと来ないものになっているが、天皇誕生日と共に「建国記念の日」は国民として最低限国旗を掲揚しなければ。実は国旗を掲げることも久々だった。ご近所をみても隣とうちぐらいである。

【高森アイズ】「建国記念の日」を前に「恵まれた日本」を振り返る[桜H22/2/10]

建国記念の日 神話が生きる国誇りたい
産経IZA 2010/02/11 07:44
【主張】
 新しい国づくりの地を東方に求め日向国を出た神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)は、瀬戸内海を進んで難波、熊野へと至る。
 そして大和を平定すると橿原(奈良県)を都に定め、「天地四方に住むすべての者が、一つ屋根の下の大家族のように仲良く暮らそう」という理念に従って天下を治めることとなった。これが「日本書紀」に描かれた初代神武天皇の即位の物語である。
 明治の新政府は、天皇を中心とした近代国家の建設をめざし、神武即位の「2月11日」を紀元節と定めた。紀元節は先の大戦後に廃止させられたが昭和42年、「建国記念の日」として復活した。今年で44回目を迎える。
 世界を見渡してみても、大半の国々は植民地から独立した記念日や、革命の記念日をもって「建国の日」としている。血なまぐさい戦いと引き換えに国家が造りあげられ、王朝の興亡によって歴史は断絶している。日本のように連綿と歴史が続き、神話的な物語に基づいて国の誕生を祝うという例は、むしろ例外なのである。
(中略)
 建国当初の国家がそのまま現在につながり、神武天皇以来125代の長きにわたって皇統も継承されてきた。この歴史に、国民はもっと誇りを持ってよいのではないか。その誇りがひいては、日本の国を愛し、日本の伝統文化や国語を大切にする心を養うことにもつながるだろう。

ナンバーワンよりオンリーワン
先日、平沼氏や安倍氏など保守を掲げる議員らが自民党本部で真・保守を考える会の名称を「創生『日本』」と改め結束を固める会合をもった。これとは別に平沼氏が参議院選前に新党結成を公表している。
 いよいよ、右でも左でもない、西洋のつくられたイデオロギーに毒されない、世界最古の長い歴史を誇れる国家日本。まともな日本主義の政党が誕生するのだ。心から「建国記念の日」を祝おうではないか!

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2/2【2.2 頑張れ日本!】「全国行動委員会」結成大会報告Part3[桜H22/2/10]

「建国」の名曲で国民意識を回復
産経IZA 2010/02/11 07:48
(中略)
≪紀元節廃止が戦前との断絶≫
 はるかなる建国に思いを馳(は)せることは、今日と将来の日本という国家のあり方を考える上で大切な精神的要素となるからである。
 そのような思いを深めるための一助として、日本人として聴くべき音楽を紹介してみようと思う。
 「建国記念の日」は、周知の通り、戦前には「紀元節」といった。今、周知の通りと書いたが、戦後生まれが大多数を占めるようになった現在では、もはや、そうではないのかもしれない。
 明治の初年に、神武天皇即位の日を2月11日とし、その日を「紀元節」と呼ぶこととした。敗戦後、昭和23年に廃止されてしまい、昭和42年にやっと「建国記念の日」と名称を変えて復活されて今日に至っている。この「紀元節」の廃止や20年の空白、復活後の名称変更は、戦前と戦後の日本の精神史の断続を象徴している。
大日本帝国憲法は、明治22年の紀元節の日に発布されたが、その前年に「紀元節」という歌が作られた。
 作詞は、高崎正風、薩摩藩出身の歌人で宮内省御歌所長。作曲は、伊澤修二、信州高遠藩出身。伊澤は、いうまでもなく近代日本における音楽教育の大立者であり、文部省音楽取調掛長として「唱歌」というものを創(つく)った人物である。
 ≪近代日本の若々しさを象徴≫
 「紀元節」は、その伊澤が作曲した名曲で、歌詞の1番は、「雲に聳ゆる高千穂の、高根おろしに、草も木も、なびきふしけん大御世を、あおぐきょうこそ、たのしけれ。」である。4番まである。
 この「紀元節」の歌は、戦前には紀元節の日に歌われたので、何か軍国主義的なるものと結びついているかのように誤解されそうだが、虚心にこの曲を聴くと、実にのどやかで素朴な、それでいて格調高い名曲である。
 ≪外国人参政権への下地を払え≫
 戦中、東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)の教授として、多くの戦争に関連した曲を作曲した橋本は、戦後に教授を辞し、今日ではほとんど忘れられている。
 その橋本が、紀元2600年の奉祝曲として作曲した交響曲は、決して単なる機会音楽ではない。今日聴いても、深い感動を与えられる名曲であるが、その第3楽章が、「紀元節」の歌をテーマとした8つの変奏曲とフーガとなっていて、最後のフーガでは、圧倒的な高揚感をもってこの「紀元節」の歌が響きわたるに至るのである。
 紀元2600年の奉祝曲となると、やはり「海ゆかば」の作曲家、信時潔の大作「海道東征」にとどめをさすであろう。神武東征をテーマにしていて、作詞は北原白秋の渾身(こんしん)の大作であり、全8章からなる交声曲(カンタータ)である。
 紀元2600年といった言葉につまずくことのない日本人は必ずや聴くべき音楽である。日本のはるかなる建国というものが、考古学や歴史学という実証を超えて、精神史の中に立ち昇ってくるのをまざまざと感じるであろう。
 「建国記念の日」には、以上あげたような名曲を心静かに聴き、「建国」を回想し、「国民」たる自覚を堅いものとすべきである。
 というのは、外国人参政権といったものが出てくるのも、今日の日本においては「国民」意識が希薄になり、日本人とは日本列島に住んでいるだけの「住民」と同程度のものになってしまっているからではないか。「住民」から「国民」へ立ち上がるために、紹介した音楽をぜひ聴いてもらいたいと心から願っている。(文芸批評家 、都留文科大学教授・新保祐司)

YouTubeにアップされていたので引用する。

「紀元節」の歌
■ブログ内リンク
【丹国の歴史】(22) 初めて国を治めた天皇
http://koujiyama.at.webry.info/200908/article_247.html
【丹国の歴史】(34) こうのとり神社の真相
http://koujiyama.at.webry.info/200908/article_240.html
【丹国の歴史】(23) 丹国(にのくに・たんこく)
http://koujiyama.at.webry.info/200908/article_248.html
【丹国の歴史】(25) 彦坐王と谿羽(丹波)道主命
http://koujiyama.at.webry.info/200908/article_250.html
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