出雲大社 出雲大社教大祭へ初参加

8月8日 地元の舂米神社の宮司としてお世話になっている出雲大社日高教会の立花宮司と東構区からは私と昨年度まで神社総代を務められたUさん2名、夏栗区2名の5名で、一度参加したいと思っていた出雲大社教大祭(おくにがえり)に参加させていただいた。

出雲大社教のサイトによると

出雲大社教大祭

8月5日から8日までの4日間、全国の教会・講社・篤信家を始め、地元の斎家・婦人会・青年会などの教信徒たちが参集し、年毎の出雲大社教大祭がお仕えされます。
大祭は午後6時30分より管長の斎主によって斎行され、大祭後には御本殿前にて「みたまむすびの霊行れいぎょう」がお仕えされます。この霊行は大国主大神の御庭である瑞垣内を巡っての〝おにわふみ〟を行ない、手にした瑞鈴を心静かに振り鳴らすことで大国主大神の御神霊と一つに結ばれ、清新なる〝むすび〟の御力をいただく鎮魂行です。

夜明けとともに滋賀県長浜市の神社巡り

余呉湖

7月25日、放送大学前第1学期単位認定試験のために所属する京都学習センターへ行く。
試験は午後3時35分からで、50分。あと2単位で卒業。最後の試験だ。合格したらだが。
30分のためにわざわざ京都まで行くのはもったいないので、兼ねて寺社巡りなど京都散策を続け、兵庫や島根・大阪・奈良の面接授業の合間に式内社巡りを始めて10年たった。

京都市内はじめ京都府は丹後から山城まで式内社を制覇した。式内社数で最多の大和・伊勢・出雲の次が近江。そして但馬が続き山城、尾張。
その近江でもとくに式内社が集中しているのが湖北で、旧伊香郡と東浅井郡の長浜市。市町村合併により現在はすべて長浜市となった。豊岡市も市町村合併により、兵庫県下で最大面積となったが、長浜市や西の高島市も滋賀県で1,2位の広範囲の自治体となった。

長浜は、戦国時代浅井長政の治める小谷城があり、姉川の戦いや、のち羽柴秀吉が長浜城を築き、今日の長浜城下町を形成。数年前、京都から長浜でJRで行ったが、滋賀県の北東でずいぶん遠かった。しかし、式内社めぐりとなると、その長浜市街地には式内社が少なく、余呉町、木之本町、高月町など現在の長浜市の北部に集中する。

福知山から舞鶴若狭自動車道に入り、敦賀JCTから北陸自動車道獅子ヶ岳S.Aで午前3時。敦賀から集中的豪雨で木之本I.Cから、夜明けとともに滋賀県長浜市の神社巡りへ。神社の宝庫で滋賀県(近江国)は式内社で全国4位、155座もあります。(但馬国は全国5位131座)その3分の1が伊香郡46社が長浜市にある。1.5kmおきに式内社が集中する場所だ。

ここはアメノヒボコにゆかりのある神社も多く、鏡神社も立ち寄りました。30社で越えでタイムオーバー。(神秘的な余呉湖)

往復した距離は約750km。

http://jinja.kojiyama.net/?s=長浜市&x=0&y=0

砥峰高原

7人兄弟の母で残った姉妹4人が次女(叔母)の生野の栃原にある家で1年ぶりに集うというので乗せて、帰りに砥峰(とのみね)高原へ行ってきた。映画や大河のロケ地としても知られ、すすきがすでに開いて見頃としてはやや遅いが、美しかった。

  

山城南部・奈良市・山添村の式内社

11月7・8日放送大学奈良学習センターで面接授業があるのを利用して、合間に山城南部・奈良市・山添村の式内社27社をまわる。予定では木津川東岸も入れていたが、秋の日照時間は短いので、日の出の6時23分から9時30分までの約3時間と授業終了後の約20分に限られる。2日でぎりぎり27社となった。

【1日目】

自宅を午前2時20分出発し、豊岡自動車道から春日IC-丹南篠山口ICまで舞鶴若狭自動車道、国道372号で亀岡市千代川ICから京都縦貫道-京滋バイパス八幡まで3時間。コンビニでしばらく休憩し、夜明けを待ち式内内神社(京都府八幡市内里地)到着。

予めルートをGooglemapに登録して次の目的地の神社に音声入ルートナビを使う。これが正確に道案内をするとは限らないけど。

綴喜郡 1 内神社 二座 京都府八幡市内里内1
久世郡
2 石田神社 京都府八幡市岩田茶屋ノ前75
3 石田神社 京都府八幡市岩田里35
4 天神社 京都府京田辺市松井向山1
5 月読神社 京都府京田辺市大住31
6 綴喜郡 7 棚倉孫神社 京都府京田辺市田辺棚倉49
7 薪神社 京都府京田辺市大字薪里の内1
8 甘南備神社 京都府京田辺市大字薪10 30分かかるのであきらめる
9 酒屋神社 京都府京田辺市大字興戸100
10 地祇神社 京都府京田辺市普賢寺
11 佐牙神社 京都府京田辺市大字宮津164
12 朱智神社 京都府京田辺市天王25
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9:30 放送大学奈良キャンパス
16:35 授業終了

13 狭岡神社 奈良市法蓮町604
14 高橋神社 奈良市八条町338

18:30 26 久保田亭 奈良市柳生町325
柳生の里は奈良市街より山間で朝晩は寒かった。

【2日目】

6:00 久保田亭出発
6:23 日の出

添上郡
15 夜支布山口神社 奈良市大柳生町3089
16 立磐神社(天乃石吸神社摂社)  〃
17 天乃石立神社 奈良市柳生町789
18 六所神社(天乃石吸神社) 奈良県山辺郡山添村峰寺257
19 神波多神社 奈良県山辺郡山添村中峯山310-1
20 春日神社(論春日神社) 奈良県山辺郡山添村春日469
21 岡田鴨神社 京都府木津川市加茂町北
22 岡田国神社 京都府木津川市木津大谷
添下郡
23 添御県坐神社 奈良市歌姫町999

9:30 放送大学奈良キャンパス
16:35 授業終了
16:58 (日の入)

24 奈良護国神社 奈良市古市町1984
25 赤穂神社 奈良市高畑町 1320
26 宅春日神社(論春日神社) 奈良市白毫寺町116
27 宅布世神社 奈良市鉢伏町62
登大路観光駐車場-(徒歩)
28 五百立(いおたち)神社 奈良市雑司町 406

18:30 正倉院展 奈良国立博物館

京都神社巡り~東山周辺

吉田神社

2月1日に放送大学試験のため約半年ぶりに京都へ。
Googleマップのルート検索では、豊岡から京都へは老ノ坂峠ルートまでは9号線を利用せずに、北近畿豊岡道豊岡自動車道養父ICから春日和田山道路-舞鶴自動車道丹南篠山ICから舞鶴自動車道丹波篠山ICから国道372号線で亀岡大井ICに京都縦貫道のルートが8分早いとなっている。

しかし京都駅周辺なら最短ルートは北近畿豊岡道豊岡自動車道-舞鶴自動車道-中国自動車道-名神自動車道で17分早いらしい。Googleマップでは実際にはさほど差はないが、国道312号線からは八鹿氷ノ山ICよりそのまま国道312号線から養父ICから乗るほうが信号が少ない。京都まで国道9号線は、朝来市山東町~福知山~丹波ICまでの変化のないルートが長く感じるので、午前5時に自宅を出発し、7時半に京都市内へ。試験は8時間目までありますが、9時15分からの1時間目の1科目だけで終わり、いよいよ神社めぐりに。いつもならスマホのナビを利用するのだが、うっかり沓掛(くつがけ)ICから降りられず長岡京ICまで行ってしまうポカ・・・。

摂津・神戸の式内社めぐり

wordpress Bench神戸にはじめて参加するため会場が三宮で、市営花隈Pに駐車し、何年ぶりの三宮センター街を歩いた。
神戸は父の弟で、6人兄弟の次男にあたるおじさんが住んでおられたので子供の頃から親しみのある街。田舎者の子供にとって三宮はとびきりおしゃれで見るもの食べるものが感激したことをよく覚えている。そのおじもおばも昨年他界された。大人になって歩いてみると、人で賑わっていた三宮が強烈だったせいか、人通りが少ない気がする。都会の神戸でさえ商店街は近郊の大手SCが影響しているのか、少子化なのか。

それはさておき、有間神社から川西の多田神社などもまわる。

能勢妙見山

摂津の式内社めぐりで能勢妙見山は一度ぜひ尋ねたかったところ。鳥居があるが神仏習合の名残である。
HPによると、本来は日蓮宗霊場「能勢妙見山」といい、妙見大菩薩をお祀りし、源氏を祖とする能勢家ゆかりの寺院である。
妙見大菩薩とは、人の運命を司る星々の王と言われる北極星の神様です。星の動きを支配し運気を好転させて下さることから開運の神様として知られています。

 

但馬妙見山として養父市八鹿町石原に名草神社があり、妙見山という名前には馴染みがある。
正式には「無漏山眞如寺境外(けいがい)仏堂能勢妙見山」というそうだ。昔は、神仏習合といい、同じ場所で神様と仏様をお祀りしていたので、妙見大菩薩を仏教と同時に神道式に崇めよういうことで鳥居が残されている。

 

 

京都三条通近代化遺産群

わけあってほぼ一ヶ月ぶりのブログ更新です。
6月1日・2日、放送大学面接授業で1月以来五ヶ月ぶりに京都へ行きました。先月11・12日に奈良学習センター面接授業「平城京の研究」でへ奈良へ行ってアクシデントが起き、29日まで入院していたので、退院後4日目にして外出は、ハードなスケジュールに思われるが、体調はいいので出かけました。
それだけに古都奈良平城京と平安京をほぼ同時に比較できるというものです。

講義は、「利休の生涯と茶の湯の文化史」 講師:千里金蘭大学教授・表千家不審菴文庫運営委員 生形 貴重先生
会場は、市内のど真ん中烏丸三条の京都伝統工芸館。
放送大学で京都へは所属が京都学習センターでもあり、大学生時代京都に住んでいたので道の隅々まで知っているので気が緩むというか、何度も来ていますが、はじめて電車ではなく自家用車で。コインパーキングに停めました。どこの都市でも増えているコインパーキングですが、使い方が分からず不安でした。料金を支払い夕方までで2100円は高い気もするが。京都の繁華街へ自家用車で行く事自体がおすすめではない行為です(汗)。。。


文椿ビルヂング


烏丸三条角のみずほ銀行京都中央支店( 旧第一勧業銀行京都支店 ) 赤煉瓦に白い石のラインが走るデザイン


中京郵便局


京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店)

三条通は、東西路で、昭和 60 年(1985)歴史的景観界隈地区指定。寺町通と室町通の間には洋風建築も見られ、明治期の面影が伝えられる。ここ数年、流行のオシャレなお店や京都独特のものを扱うお店が次々とオープンし、若い方から年配の方まで年齢を問わず楽しめる通りとなっている。京都話題のニュースポットです。現在では南の五条通が国道1号(東海道)・9号(山陰道)の主要道路ですが、明治までは江戸から京へと続く「東海道五十三次」の終点が三条大橋で、三条通がメインでした。

古くは豊臣秀吉の命により大改修が行われ、その後も旅人にとっては欠かせない要路でした。江戸から京まで、また京から江戸まで約490kmもの道のりを徒歩で旅をする。
その旅人のゴールであり、スタートでした。かつて長州藩(現河原町御池京都ホテルオークラ)、土佐藩(三条河原町と四条河原町の間の東側、旧立誠小学校)など全国の京都藩邸が立ち並び、幕末維新では龍馬や桂小五郎もこの界隈をきっと逃げ回っていたことでしょう。。。

三条通の西には大正時代の洋風建築「文椿ビルヂング」、烏丸通を渡り、そのまま北に30mほどのところに「新風館」、レンガ造りの概観で明治時代に作られた中京郵便局、旧日本銀行京都支店を改修した京都文化博物館別館や、老舗が軒を連ねて賑わっています。

養父市建屋の楯縫神社をたずねて

  

GWで休みではないが、但馬國式内社で最後に残っていた式内 楯縫神社をたずねた。曇り空の夕方近くのため、撮影がピンボケ気味で再びめざす。

帰りは広谷地区の十二所神社・軽部神社にも寄って、100万ボルトでスマホのシガーライターケーブルのUSBアダプタを買う。

詳細は 「神社拾遺」

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