出石初午前に神社写真の撮り直し


有子山稲荷神社

用事で出石に行く機会ができた。兼ねて気になっていた初期に撮った神社の写真を撮り直す機会だと、石部神社と中村の伊福部神社、ついでに初午さん宵山である。有子山稲荷神社も参道付近の麓の拝殿のみ参拝した。山上の本殿は随分昔に参拝したことがあるが、急ぎだったので次回に改めて登りたい。


式内石部神社


伊福部神社

各神社については別の「神社拾遺」をご覧ください。
http://jinja.sakezo.jp/
有子山稲荷神社
式内石部神社
郷社 伊福部神社

【たじまる】 桂小五郎潜居跡

  

「八・十八の政変」で京都を追われた桂小五郎は、但馬に潜伏します。

小五郎は対馬藩邸出入りの商人・広戸甚助の手引きで京を脱出、幕府方から逃れるために但馬の出石(兵庫県)や養父の昌念寺、城崎温泉の旅館にも住み込みで働いていたそうです。現在の国道426号線の但東町久畑にある京街道の久畑関所で、船頭を名乗る男が厳しい取り調べを受けていました。

調べに当たったのは出石藩の役人、長岡市兵衛と高岡十左衛門。同藩は蛤御門の変の知らせを受け、都からの脱出者を警戒していました。都の方向から来た船頭は、居組村(現在の浜坂町)生まれの卯右衛門と名乗りました。だが、言葉に但馬なまりが少しもない。「大坂に長くいたからだ」と言うが、上方なまりもない。疑うほどに、船頭の顔が武士のように見えてくる。

そこへ「はぐれたと思ったら先に来ていたのか」と、一人の男が駆け込んできました。出石出身の商人、広戸甚助でした。甚助は「卯右衛門は自分が雇っている船頭で、上方から連れてきた。まさか自分のような道楽者に謀反人の知人などいるわけがないでしょう」とおどけて答えました。顔見知りだった長岡らはこの言葉を信じ、船頭を解放しました。

しかし、船頭の正体はやはり長州藩士、桂小五郎(後の木戸孝允)だったのです。その後しばらく出石と城崎温泉に潜伏。倒幕を果たし、西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」と呼ばれるようになりました。
後に木戸の子孫もこの関所跡を訪れ、感慨に浸ったというほど、人生の最大の危機だったのです。もし甚助の助けがなかったら…。ここで歴史が“動いた”かもしれない。

更に今度は「寺に隠れるなど、あまりにも一般的。もっと見つかりにくい場所を」

ということで、一般の町家に潜伏先を移したそうです。そのひとつが城崎温泉でした。大勢の湯治客の中に紛れ込めるので安全と考えたのでしょう。小五郎はその年の9月に城崎を訪れ、広戸甚助の顔がきく『つたや』に逗留しました。ここには当時“たき”という一人娘がおり、桂の境遇を憐れんで親身に世話をしたといいます。

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【たじまる】 近代化遺産 旧郡役所

  
旧出石郡役所【出石明治館】/豊岡市出石町魚屋

明治25年に建築された旧出石郡役所を資料館として公開しています。
歴史を彩った出石の偉人たち、出石磁器トリエンナーレ入賞作品などを展示しています。
土日休館は何とかして欲しいものです。一度も中に入ったことがありません。

  


旧七美郡役所【民俗資料館まほろば】/美方郡村岡区村岡2324-1
明治27年に洋風スタイルを取り入れた美方郡の旧役場で、現在は民俗資料館として公開されています。1階のロビーでは各種企画展を開催しており、2階の常設展では古墳の出土品や昔の生活道具等を展示しています。上記旧出石郡役所とよく似た建築です。但馬に現存する旧役所はこの2カ所のみで兵庫県内で6カ所のみ。

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砦がわりの寺院 経王寺と福成寺


日蓮宗 経王寺(きょうおうじ)

石部神社の向かい、加藤弘之生家の下隣り


福成寺(ふくじょうじ)

国道から左折し、出石城に向かう一通を入ってすぐ右手、田結庄通り突き当たり

戦闘など非常のときは兵を集めて駐屯し防備に当たる目的で、城下の数多くの寺院を街道の大事な場所に置きました。東の京街道の経王寺、吉祥寺、光明院、北東に宗鏡寺とその塔中諸寺や本高寺、昌念寺など、北西には見性寺、西の街道口には称名寺や法城寺を、南の入口には福成寺とその塔中諸寺がありました。

現在でもその面影をとどめる二層の鐘櫓が経王寺と見性寺に残り、経王寺には銃眼をもった高塀もありました。

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天日鉾に関係のある神社を訪ねて

敬老の日です。

「但馬乃国伝説」の作成のために、国府・中筋から出石郡の神社をまわってきた。


伊福部神社は、出石町中村にあった。ここは縮軍演説で有名な斉藤隆夫氏が生まれたところで、静思堂が建てられている。その前に伊福部神社が建っている。
なかなか格式のある古社だ。伊福部とは、製鉄のふいごを吹く部で、近くに鍛冶屋という地名があり、製鉄に関係した部民が生活していたのだろう。

日高町にもかつては伊福(イフ・いう)村があったし、気多は鉱山が早くから発見されていた土地だから、かつてこの辺りも砂鉄が採れたのかも知れない。


日出神社

また丹後加悦に抜ける道筋で、日本海に抜けて丹後に、また朝鮮半島につながる。

少し奧には天日鉾に関係のある日出神社がある。なかなか古い社殿が残っている。
出石郡はなかなか興味が深まるので、今後も研究してみたい。

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出石古代館

兵庫県豊岡市出石町ハカザ

古代館に行って来ました 。 本日はネット上での注文も少なくて、お隣の出石町へ行く機会があったので、 ついでに出石町歴史館に訪れてみました。

但馬の歴史的に貴重な「ハカザ遺跡」や「コノスミ城」に隣接することがなるほどでした。 我が旧日高町の但馬・国分寺館は入場料500円です。むしろ旧出石町民のコミュニティセンター として利用されているらしい施設で、歴史館はその一部であり入館無料なのがすばらしうい。

出石神社から此隅山城の小さな丘をこえるとすぐ。空いてるし豊岡市や城崎温泉に行く国道ルートからすぐなので、出石観光にこられたら穴場ですよ。

http://www3.city.toyooka.lg.jp/kodai/index.html

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