たんごる

丹後式内社めぐり 旧竹野郡から与謝郡

  京丹後市久美浜町兜山(甲山)と久美浜湾 日本海丹後町久僧海岸 朝5時から、思い立って丹後の残る式内社めぐりを決行しました。5時にはすっかり日が昇っていて、ネット注文も済ませてから、式内社のコピー資料とグーグルで作成した式内社所在地マップ、デジカメ、スマホ、ボールペン。 但馬131座、因幡50座は制覇。丹後は65座のうち、10社程度しか回っていません。先週、先々週は京丹後市久美浜町、網 […]

【たんごる】 奥宮 真名井神社と雄略天皇

比治の真名井は峰山の比沼麻奈爲神社か宮津市大垣の籠神社奥宮 真名井神社か? 日本三景天橋立の西の付け根にある元伊勢籠神社本社の北東約400mの所に、当社の元の鎮座地である奥宮真名井神社(まないじんじゃ)がある。 丹後国一宮・元伊勢籠(この)神社は何度か訪れたことがあり、真名井神社にも一度訪れてみたかったが、観光客が多く、車では真名井神社には行きにくく、東に細い道があったことが分かったのではじめて訪 […]

【たんごる】 智恩寺(文殊堂)

文殊堂茶屋通り 食堂お土産店が並ぶいちばん賑わうところ(早朝だったので静か) 智恩寺(文殊堂) 日本三文殊のひとつで通称切戸(又は久世戸)の文殊堂として知られている。 智恵を授かる文殊さんとして有名で、受験や資格試験などの受験生やその御家族がお参りに来られます。 三人寄れば文殊の知恵という文殊とは、知恵を司る文殊菩薩のことを意味する。 山門 山門は、黄金閣とも呼ばれる市の指定文化財で、楼上に釈迦如 […]

【たんごる】 久々に天橋立を歩いてみた

早朝の天橋立。何年ぶりだろう。 全長約3.6km、幅20~170mの砂嘴でできた砂浜には、大小8,000本もの黒松が生い茂っており、日本の名松百選にも選ばれています。    天橋立から文珠山山上にある天橋立ビューランド 府中の籠神社方面       与謝野鉄幹・昌子歌碑           与謝蕪村歌碑    橋立明神(天橋立神社)          社殿 正面は豊受大神、向かって左は大川大明神、 […]

【たんごる】 丹後国分寺跡と丹後国府推定地

古代丹波 かつては丹波(たにわ)が丹波・但馬・丹後に分立するまで丹波の中心は日本海に面した丹後半島地域だった。水稲稲作が人口拡大を進めるまでは、人びとは海上ルートを利用して交易をしながら、安全な丘陵や谷あいに集団で暮らし始めた。丹後に日本海側最大の巨大な三大前方後円墳などが多く造られた背景は何だったのだろう。 記紀は、実際の初代天皇といわれている崇神天皇と皇子の垂仁天皇と四道将軍の派遣、丹後からの […]

【たんごる】細川ガラシャ夫人隠棲地

京丹後市弥栄町味土野 丹後に古墳を尋ねる帰り道、前から訪ねてみたかった細川ガラシャ夫人隠棲地に日暮れになっていましたが、行くことに。 細い山道を苦労して標高400mの地にたどりつくと、すっかり日が暮れて記念碑は見ることができませんでした。 味土野は男城と女城の御殿から来た地名らしい。 天正6年(1578年)、15歳の時に父の主君、織田信長のすすめによって坂本城より、勝(青)龍寺(京都府長岡京市)城 […]

【たんごる】 赤レンガ博物館・舞鶴引き揚げ記念館

赤レンガ博物館 舞鶴引き揚げ記念館と共通券400円で。 舞鶴市には、明治34年(1901)の旧海軍舞鶴鎮守府の開庁に伴い、海軍が建設したものを中心に多くの建造物が現存し、風雪を経た赤れんがはエキゾチックな雰囲気をかもし出しています。 この赤れんが博物館建物は明治36年(1903)に旧舞鶴海軍兵器廠魚形水雷庫として建設されたもので、本格的な鉄骨構造のれんが建築物としてはわが国に現存する最古級のものと […]

伊根町の舟屋風景

一度実際に訪れてみたかった場所である。伊根町は丹後半島の北端に位置している。古くから漁業の町として知られ、伊根湾の舟屋といわれる砂浜近くに船を格納できる建物が軒を連ねる風景は、全国でも珍しく、とくに波の荒い日本海では他に見ることができない。 天橋立の籠神社を参拝するついでに足を向けてみたが、結構遠かった・・・。バイパスができているが細い旧道界隈は、古い土蔵や舟屋付の細長い京の町屋風の母屋が並び静寂 […]

【たんごる】 豪商稲葉本家

京丹後市久美浜町 天橋立に行く途中、如意寺・日切不動尊に久しぶりに寄ってみたくなり、久美浜の町を通っているとすごい豪邸が目にとまった。何だろうと不動産の帰路に立ち寄ってみた。  中を覗いてみると作務衣を着た女性が「いらっしゃいませ!」と声をかけられた。 平成13年に14代当主に当たる稲葉昭次氏から土地を買収、家財・文書を含む建物を提供いただき、歴史的建造物の保存修復と、町内外の人々が交流できる場と […]