NHKはだれのためにあるのか

民間放送はスポンサー料で成り立っているが、NHKは、国から予算を貰っているなら国営放送であるが、国民から義務のように受信料をいただく公共放送である。スポンサーに遠慮せずに番組が製作できる民放からすると大変恵まれたシステムなのだから、受信料を払っている国民に有益な放送を行う義務も当然あるのだ。

支払っていただいたら後は局側が何をどんな意図で放送しても構わないのではない。
にもかかわらず、「みなさまのNHK」とは名ばかりで、どっちを向いて放送しているのかわからない番組がある。
文句を言おうなら聞く耳を閉ざす。いわば受信料という税金で賄っているお役人放送局である。
偏った政治的な言論・思想で恣意的な偏向・捏造を繰り返している言論の自由を勘違いし私物化している一部職員はいわば国賊である。

早くNHKを解体民営化しなければならない。巨大な組織を内部で改革できないのであれば、公務員規定があるようにNHK職員法というべきものを立法して解雇・停職など厳しい懲罰規定を行わないと、日本は内政外交ともに大変な危機に遭遇しているからだ。左翼運動を行っている職員になぜ国民はなかば義務的に給料を払わなければならないのだろうか。

船舶は航行する際にどこの国籍なのか識別できるように国旗を掲げることが義務づけられている。
電波は国境を越える。北朝鮮中央放送はその点守っている。
せめて国旗と君が代はちゃんと流さないと、どこの国の放送局なのか識別が不能だよ。

NHKを正す会 JAPANデビューに抗議する署名はこちらから

NHKを正す会

企画者: NHKを正す会

目標数:10,000件
これまでの署名数
4,768 件

達成率 : 47.7 %

NTV「日本史サスペンス」細川ガラシャ

NTV「日本史サスペンス」は数少ない楽しみな番組のひとつですが、
2/4は細川ガラシャを取り上げていました。

こないだ細川ガラシャのページをつくっていましたのでタイミング良く興味深く見ました。

http://sakezo.web.fc2.com/tajima/densetu9.html

最近、明智光秀と細川ガラシャ(正式には明智珠または玉)に興味を持っていて、本当に謀反人という悪い印象の人物だったのかが大人になればなるほど疑問に思えてくるからなのですが。

光秀の父母は早死したので、育ての親は叔母であったとも言われています。

本能寺の変の原因には諸説あるようですが、番組では光秀の信長怨恨説の一つ「丹波八上城に人質として母親を預けて、身の安全を保障した上で降伏させた元八上城主の波多野秀治・秀尚兄弟を、信長が勝手に殺害。激怒した八上城家臣は母親を殺害してしまった(絵本太功記による創作)。」説をとっていました。

人質とされている光秀の母親が偽者(叔母)であったとする説もあります。この偽物説は、過去いくつかの書籍で取り上げられていましたが、丹波味土野には、口伝として光秀の母堂を隠しその身を守ってきたとする伝承があり、これを信じるとすれば、長年の恨み説の中で八上城に関する部分は人質である叔母の犠牲は伴うものの、本能寺の変の原因の主因としては考慮から外ずしてもよいことになります。

現在では八上城内の内紛による落城と考えられており、光秀の母を人質とする必要性は考えられないとされています。

信憑性はともかく、丹波味土野といえば天正10年(1582年)6月の本能寺の変後、細川ガラシャも幽閉されていたとされる場所です。
「丹波史」には丹波味土野に珠が隠棲していたとの伝承「丹波味土野説」がある。この伝承が事実とすると、本能寺の変直後には、細川忠興は珠をまず明智領の丹波味土野屋敷に送り返し、明智が滅亡したのちに改めて細川領の丹後味土野に屋敷を作って珠を幽閉したとも考えられる。

丹後味土(古くは三戸野)の山中(現京丹後市弥栄町)に天正10年9月以降に幽閉されたことは史実であるそうだ。

しかし、なぜ同じ地名なんでしょうか?単なる偶然?わずか3ヶ月だけ丹波に幽閉したのだろうか?
丹後は光秀領ではなく細川領だから、丹後味土野と丹波味土野は誤記ではなく別の場所だろうと考えたい。ではそれはいったいどこなんだろう。不明である。ならば明智領の飛び地が丹後味土野ではなかったのだろうか。

ネットで調べる限り丹波味土野がいったいどこなのかは不明でした。

あの戦争は何だったのか~日米開戦と東条英機

あの戦争は何だったのか~日米開戦と東条英機
12月24日水曜 PM6:55~11:32

http://www.tbs.co.jp/anosensou2008/

戦後60年の間、太平洋戦争はさまざまに語られ、記されてきた。だが、本当にその全体像を明確に捉えたものがあったといえるだろうか。どうして戦争を始めなければならなかったのか、なぜ無謀な戦いを続けざるをえなかったのか。果たしてその真実とはいったい…。

そこで、戦争の記憶も少しずつ薄れつつある今、TBSでは昭和の歴史を振り返り、この時代に何があったのかを世代を超え後世に語り継ぎ、伝えていくべきだという強い思いのもと「シリーズ激動の昭和」という企画を発想。

今年3月に『3月10日・東京大空襲 語られなかった33枚の真実』を放送し、第二弾となる今回の作品はそれに続く大型のスペシャル企画に!!

戦争にいたる軍部と政府の対立と妥協のプロセスを、東条英機という人物を軸に追い、当時の日本のシステム自体が抱えていた問題、欠陥と矛盾、そして起こる日本の悲劇を描いていく。

これまで、戦争の悲惨さを被害者の視点から描く作品は多かった。だが、同番組は、繰り返される政権交代、省庁の縄張り争いなど、現代と共通点があったことに着目。日本というシステムが持つ問題点は今の時代にもあるというメッセージを伝えたい。

「シリーズ激動の昭和」『3月10日・東京大空襲 語られなかった33枚の真実』の第二弾。
第一部は ドキュメンタリー証言インタビュー
第二部は ドラマ

を、観ました。

東条英機役はビートたけし
昭和天皇 野村萬斎さんは役がうまいですね。

徳富蘇峰についてはこの番組ではじめて知ることができました。

さて、いまアメリカに端を発する世界同時不況(恐慌)です。
第一次世界大戦後、1920年代のアメリカは大戦への輸出によって発展した重工業の投資、帰還兵による消費の拡張、モータリゼーションのスタートによる自動車工業の躍進、ヨーロッパの疲弊に伴う対外競争力の相対的上昇、同地域への輸出の増加などによって「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況を手に入れた。

1929年10月24日10時25分、ゼネラルモーターズの株価が80セント下落した。

「あの戦争は何だったのか」がこの番組のタイトルとなっていますが、第二次世界大戦の世界恐慌は、1929年10月24日にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことがきっかけ。

当時の米国大統領、共和党のフーヴァー大統領は古典的経済学の信奉者であり、経済学者顧問の立案から国内経済において自由放任政策を採った。しかし、さらに悪化しました。

修正資本主義に基いたニューディール政策を掲げて当選した民主党のフランクリン・ルーズヴェルト大統領。

植民地を持っている国(アメリカ・イギリス・フランス)は様々な政策を採りダメージの軽減に努めたが、持っていない国(日本・ドイツ・イタリア)はそれができず国によっては全体主義の台頭を招くことになる。第一次世界大戦後、世界恐慌まで続いていた国際協調の路線は一気に崩れ、第二次世界大戦への大きな一歩を踏み出すこととなった。この中で経済政策で対応し、かつ満州を経済圏として持った日本のGDPは1934年に恐慌前の水準に戻り、ニューディール政策も取ったアメリカは1941年まで恐慌前の水準に回復することができなかった。第2次世界大戦の素地を作ったのがブロック経済政策であるといわれています。
そしてアメリカ経済の本格的な回復はその後の第二次世界大戦参戦による莫大な軍需景気を待つこととなる。

世界恐慌と今起きている世界的な恐慌に共通点があります。

アメリカ共和党政権の自由放任政策。金融不安、GMの株価暴落、小泉総理と竹中経済相による自由政策、失業と雇用不安、などが似ています。共和党から民主党大統領へ。

フーヴァー大統領は歴代最悪の大統領といわれていますが、ジョン・F・ケネディ以降の歴代大統領を、ホワイトハウスで取材してきたジャーナリスト、ヘレン・トーマスは、ジョージ・W・ブッシュを、「今までで最悪の大統領。アメリカ史上最悪の大統領」と酷評しています。
そして今の日本の総理は、、、、。

アメリカに始まる未曾有の恐慌に資本主義先進国は例外なくダメージを受けることになっったことは当時も今も、何ら変わりない。

「あの戦争は何だったのか」…戦争の悲惨さ、二度と起こしてはならない過ち。

アメリカは、また軍事力で金融不安を解消できると信じているなら、今考えなければならないのは同じ過ちを繰り返して成長しないことです。

戦争を美化するものでも自虐史観でもありませんが、自国の平和は自国でまもること。
米軍撤退と憲法改正しないと。戦後は終わらない。

オバマ新大統領が国内景気対策として軍事に向かわないことを願います。

NTV「歴史サスペンス劇場」忠臣蔵

12.3放送のNTV「歴史サスペンス劇場」を観ました。

歴史好きな自分にはNHK大阪「堂々日本史」が好きでした。
「その時歴史は動いた」に代わってからはあまり見なくなりました。

(松平さんのナレーションは好きではないので・・・)

まず、忠臣蔵というテーマなのに冒頭の新選組の話が入っているのが分からない。

忠臣蔵だけで良いのでは。

吉良を一方的に悪者扱いしていない中立的に取り扱っているのはいいと思いました。

ただ、大石りくを豊田藩家老石束家の長女と説明したのにはがっくりした。「但馬豊岡藩」でしょう。豊田藩なんて全国どこにも存在しません。

ちなみに「豊田藩」ってあったのかをググッってみると、トヨタの工場が集まる豊田市周辺を、地元の人は豊田藩と皮肉っぽく呼んでいることがわかりました。

人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログへ
↑ それぞれクリックして応援していただけると嬉しいです。

Scroll to top