水生山・長楽寺展

今月12日から平成28年3月15日まで開催される 但馬の古刹「水生山みずのうさん・長楽寺」展に行ってきた。

水生山・長楽寺は、豊岡市日高町上石にある高野山真言宗の古刹。和銅6年(713)に行基菩薩が開いたと伝えられ、1300年の歴史を有している。高野山開創1200年にあたる今年、長楽寺の全面協力のもと長楽寺に伝わる様々な文化財や美術品などから、会期を2回に分け、豊岡市立歴史博物館・但馬国府国分寺館にて展示されるもの。

 

展示物の写真撮影は禁止なので、配布の豊岡市立歴史博物館ニュースから

  

さて、先週当区の最高齢100歳の方が永眠され、久しぶりに御詠歌を詠わせていただいた。 御詠歌西国三十三箇所では、第一番那智山那智山寺(青岸渡寺)にはじまり、和歌山から奈良、宇治・滋賀・京都・兵庫南部・丹後を経て滋賀から岐阜で終わる。不思議に思っていたことがある。丹後が2寺載っているのに但馬が1寺も記載がないことだ。三十三所巡礼の起源については、中山寺(兵庫県宝塚市)の縁起である『中山寺来由記』、華厳寺(三十三番札所)の縁起である『谷汲山根元由来記』などに大略次に、

養老2年(718年)、大和国の長谷寺の開基である徳道上人が62歳のとき、病のために亡くなるが冥土の入口で閻魔大王に会い、生前の罪業によって地獄へ送られる者があまりにも多いことから、日本にある三十三箇所の観音霊場を巡れば滅罪の功徳があるので、巡礼によって人々を救うように託宣を受けるとともに起請文と三十三の宝印を授かり現世に戻された。そしてこの宝印に従って霊場を定めたとされる。上人と弟子たちはこの三十三所巡礼を人々に説くが世間の信用が得られずあまり普及しなかったという。

番外三か寺を加えて36の寺院は、多数の子院を従えた一山寺院であり、数百人、時には千人を越える僧を擁する地方の有力寺院地方や、京都市中の観音信仰寺だということだ。観音巡礼が広まったのは江戸時代からのようだ。わが日高町には他にも進美山に南北朝の騒乱の舞台となった天台宗進美寺、高野山真言宗の大岡寺など古刹が多い。

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