日本が海外でのW杯初勝利 なぜ「フットボール」を「サッカー」と呼ぶ?

Kojiyama/ 6月 15, 2010/ オピニオン/ 0 comments

阪神ファンで野球は観るけどサッカーは普段観ない。昨日は日本対カメルーン戦を終わりまで観てしまった。日曜にNHKでエトーの特集番組を偶然に観てしまったことも、どんなプレーを見せるのか興味が湧いた。同じように日本中で期待が高かったことが、以下の記事の高視聴率で分かった。

カメルーン戦後半視聴率は45・2% 瞬間最高49・1%

産経新聞 2010/06/15 10:34

W杯南アフリカ大会で、日本がカメルーンを1-0で下した試合を生中継した14日のNHK総合の番組平均世帯視聴率は、第1部(午後10時50分~)が関東地区で44・7%、関西地区で38・3%、第2部(午後11時48分~)が関東地区で45・2%、関西地区で41・7%だったことが15日、ビデオリサーチの調べで分かった。
同社によると、瞬間最高視聴率は、後半終了間際に49・1%に達した。番組平均視聴率が40%を超えたのは今年初めて。

ところで、日本ではサッカーで、大会名も「サッカー・ワールドカップ」なのに、なぜ世界では一般的にフットボールと呼ぶのだろうと素朴に感じていたら、以下の記事を見つけた。アメリカ人でもこのような記事ができるということは、その理由をよく知らない人が多いということなんだろう。聞いたことはあったが、サッカーもラグビーも、アメフトも、ルーツは同じ足を使ったフットボールのスポーツがそれぞれに進化したんだね。
因みに日本に初めてサッカーが伝わったのは神戸という説が有力。ゴルフも神戸に居留した英国人が六甲山に日本初のゴルフ場を開設したのがはじまりだ。

W杯
なぜ「フットボール」を「サッカー」と呼ぶ?
Why Do We Call It Soccer?

世界では「フットボールW杯」が一般的なのにアメリカなどでは「サッカー」という呼称が使われる理由
Newsweek 2010年06月11日(金)17時51分
ブライアン・フィリップス

ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会が日本時間の今夜、開幕する。今週末に対戦するB組のアメリカ代表とイングランド代表。同じ英語を公用語としながら、このスポーツをそれぞれsoccer(サッカー)、football(フットボール)と異なる呼び名を使う2国。世界では「フットボール」が一般的なのに、なぜアメリカ人は「サッカー」と呼ぶのだろうか。
サッカーは「アソシエーション・フットボール(協会式フットボール)」の省略形だ。サッカーとアメリカンフットボールは両方とも、19世紀初頭のイギリスで上流階級が通う学校で人気のあったスポーツ群から派生し、大西洋を渡ってアメリカに広まった。このスポーツ群に共通していたのは、対戦相手の陣地にボールを前進させ、相手サイドの最終ラインにスコアすること。ただしルールは地域によってまちまちだった。

最終的にはイギリスで標準ルールとして定着したものが「アソシエーション・フットボール」として知られるようになり、アメリカでは別のルールが定着していった。アメリカではそれを「フットボール」と呼ぶようになり、イギリスで定着したものは「association(アソシエーション)」の「soc」からとって俗語で「soccer(サッカー)」と呼んだ。
フットボールの起源には諸説あるが、現在のような形式になったのはイギリスの寄宿学校が始まりといえるだろう。当時はそれぞれの学校が独自のフットボールをプレーしていたため、学校同士の対戦では混乱が生じていた。そこでルールを統一しようという試みが何度となく行われたが、学校同士の意見が対立し、なかなか実現しなかった。

ラグビーとアメフトとの決別

結局、1863年10月に11の学校の卒業生代表が歩み寄ってこの問題を解決するため、ロンドンにあるパブ「フリーメーソンズ・タバーン」に集まった。自分たちを「フットボール協会」と名づけ、2カ月間にわたり会議を行い、「アソシエーション・フットボールのルールブック」をまとめるに至った。

とはいえ最後の会合では、ラグビー校で伝統的に許されていたルール──すねを蹴り合ったりボールを手に持つこと──の禁止が決議されると、このルールを支持していたロンドン南東部ブラックヒースの代表団が憤慨してフットボール協会から退会した。これがイギリスのフットボールが、アソシエーションとラグビーの2つに別れた瞬間だ。

広く採用されていなかったり、あまりイギリス的ではない種類のフットボールもそれぞれ独自の道を歩んだ。例えばオーストラリアのフットボールのルールは、フットボール協会の初会合より以前に成文化されていた。イギリス北部シェフィールドのルールは1877年までフットボール協会に認められなかった。

このようにルールの統一化が進まない混乱のなか、さらに多くのフットボールの形態が生まていった。現在アメリカで高い人気を誇るアメリカンフットボールは19世紀後半に、イギリスからアメリカに伝わったラグビーとアソシエーション・フットボールから進化したものだ。アメリカンフットボールも何年もの間、数あるフットボールの中の1つの種類にすぎなかった。

スラングから生まれた「サッカー」

世界では、フットボール協会のルールに基づくフットボールは、他と区別するために「アソシエーション・フットボール」と呼ばれ続けた。だが1880年代に、イギリスで使われていた「association」という呼び名から生まれたスラング「soc」が「soccer」になった。

20世紀前半は、英語圏では「サッカー」「フットボール」「サッカーフットボール」の3語が時には混同して使われていた。だがしばらくすると、フットボール協会のルールが普及していた地域では「フットボール」という呼び名が定着。一方、別のルールのほうが人気だったアメリカ、カナダ、オーストラリアでは「サッカー」が一般化していった。
現在の米国サッカー協会は1913年に「米国フットボール・アソシエーション」という名称で創設され、1945年に「米国サッカーフットボール・アソシエーション」に改名。そして1974年、ついにその組織名から「フットボール」という語が外された。

(Slate.com特約)

今日「フットボール」として総称されるこれら一連の競技の歴史は定かではないが、これに近い競技がローマ帝国の時代に既に行われていたと言われている。また、サッカーに見られる様な「ボールを蹴って運ぶ」という要素は、古代中国の蹴鞠(日本の蹴鞠も)に由来するとも言われており、こうした競技が主にイングランドで発展、分化し、その一つとして、中世の「懺悔火曜日のフットボール」のような荒唐無稽な「祭り」としてのフットボールになった。一方、イタリアでは『カルチョ』として発展した。これもまた『蹴る』と名付けられていながら、実態は手によるボールの奪い合いだった。

これらに対し、時の権力は度々『フットボール禁止令』を敷いたが、大衆のフットボールへの情熱は消える事を知らなかった。そして、近代イングランドでは、良家の子弟のための全寮制学校、パブリックスクールを中心に、フットボールをスポーツとしてルール化する動きが現れ、これが後のサッカー(アソシエーション・フットボール)としてのフットボールのルール作成、そしてそこからのラグビーの分岐につながった。さらに、このサッカーとラグビーは、当時世界中に存在したイギリスの植民地にも伝わり、アイルランドの旧来のフットボールに影響を与え、またアメリカ、オーストラリアで独自のフットボールが派生して行った。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アメリカン・フットボールやサッカー、ラグビー・フットボールに代表される。つまり、その国で一番人気のあるフットボール競技が「フットボール」と呼ばれるのである。

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