【中国ナウ】1/5 日本だけじゃない、米国も手玉に取る中国

日本だけじゃない、米国も手玉に取る中国
米中戦略・経済対話の舞台裏(2)~「中国株式会社」の研究~その61

JBPRESS 2010.06.04(Fri) 宮家 邦彦

鳩山辞任を中国はどう見たか

「鳩山首相は中日関係の発展に重要な努力をされた。日本の政局にどのような変化があっても、中日の戦略互恵関係を継続し推進していきたい」
予想通り、中国側の公式見解は実にオーソドックスなものだった。しかし、中国国内の関心は予想以上に高かったようだ。

新華社は鳩山辞任表明を至急報で伝え、中央テレビ局も東京からのリポートを詳しく報じた。ネット最大手検索サイト「百度」でも「鳩山 辞職」は6月2日のニュース検索ワード・ランキング第1位だったそうだ。
同時に、中国から届く報道の中には、中国は対中関係を重視した鳩山首相の辞任に失望しているとか、鳩山辞任でも日本の対中政策に大きな変化はないとか、いい加減な分析記事も少なくなかった。

結論から言えば、対日政策関係者や専門の学者ならともかく、中国の政治指導者たちは報じられるほど鳩山辞職に「失望」などしていないし、同時に、日本の新政権が鳩山首相と同様、対中関係を重視し続けるとも「期待」していないだろう。筆者がそう考える理由は次の通りだ。

「取引」する必要のない鳩山内閣

中国外交の戦略目標はあくまで対米関係の維持・管理である。残念ながら、対日関係は主要な従属変数の1つに過ぎない。しかも、鳩山政権の下で日米関係はギクシャクし始めた。

中国は何もしなくても日米同盟が勝手に迷走してくれるのだから、中国にとってはまさに「タナボタ」だろう。

鳩山首相が辞任しても、民主党政権の構造的な脆弱さは変わりそうもない。仮に後継新政権が対米関係修復に動いても、あれだけ傷ついた日米同盟は簡単には元に戻らない。万一戻ったとしても、自民党政権時代の状況と同じではないか。されば、中国は恐れる必要はない。

中国側は民主党政権にあまり「失望」も「期待」もしていないはずだ。まして、日本人ですら何を考えているか分からない鳩山首相と真剣に「取引」する意図があったとは思えない。

残念だが今回の温家宝首相訪日でも、日中間で米中間のような戦略的議論や取引が行われた形跡はない。

今回の首脳会談では、東シナ海ガス田開発で「できるだけ早期に2国間条約締結交渉に入ること」「海上危機管理メカニズムを早期に構築すること」「首脳間のホットラインを構築すること」に合意したものの、あとは鳩山首相の上海万博出席と冷凍ギョーザ中毒事件の決着ぐらいだろう。
これが現在の日中対話の実態である。

「米中対話」進展の経緯

このように、対話は対話でも「米中」と「日中」では雲泥の差がある。しかし、「戦略対話」とはいっても、米中間で常に戦略的議論が交わされてきたわけではない。

現在の米中対話の原点は5年前の2005年8月、北京で開かれた第1回「米中上級対話(The U.S.-China Senior Dialogue)」に遡る。

当時の米中対話は米国務省と中国外交部間の副大臣・次官級の協議だった。

この「上級対話」では対テロ協力、民主主義、人権などに加えて経済・貿易・エネルギー問題も議論され、その後2008年12月まで計6回開かれている。ただし、内容的にはそれほど成果があったわけではない。

ちなみに初回の代表は、有名な「responsible stakeholder(責任ある利害関係者)論」を唱えた米国務副長官、ロバート・ゼーリックと当時外交部副部長の戴秉国だった。

その後、中国の高度経済成長に伴い米中間でより専門的な議論が必要となったため、新たなハイレベル対話が模索され始める。

新しい対話の主体は米財務省だった。

2006年12月から2年間計5回開催された米中間の「戦略的経済対話(Strategic Economic Dialogue)」は経済閣僚級の協議で、米側は財務長官のヘンリー・ポールソン、中国側は国際経済担当の呉儀、副総理の王岐山がそれぞれ代表を務めた。

米国務省の巻き返し

その頃から米中間対話と言えばこの財務省中心の「戦略的経済対話」ばかり注目されるようになり、外交当局間次官級の「上級対話」はすっかり霞んでしまった。

特に、財務長官のポールソンの活躍により、米国の対中関係を仕切るのは財務省であるかのような印象すら持たれるようになった。

これには国務省側も黙ってはいない。バラク・オバマ新政権の下で同省アジア太平洋局の知恵者が巻き返しを試みた。既存の2つの米中対話を一本化することにより、対中外交における国務省の主導権回復を図ったと言われている。

最終的に国務省は、新たに米中4閣僚が参加する「米中戦略・経済対話(U.S.-China Strategic and Economic Dialogue【andが入った点に注意】)」の枠組みを作り、米側の筆頭代表として国務長官のヒラリー・クリントンを送り込むことに成功した。

このように、新たな「米中戦略・経済対話」といえども、その実態は米政府部内の権限争いの結果である。

当然ながら、今も米政府内外では様々な不満が渦巻いている。特に、人民元切り上げを求める声が高まっている米議会では、「米中戦略・経済対話」無用論すら浮上しているらしい。

米中戦略・経済対話の限界

しかし、1回や2回の対話で米中間の懸案解決を期待するのはそもそも無理な話だ。

米中間には民主化、人権、台湾、チベット、ウイグル、人民解放軍の軍拡、知的財産権など懸案が山積している。しかも、中国側にとってはどれも安易に妥協できないものばかりではないか。

今回、米中間では人民元とイランについて一定の「取引」が模索された。

これが可能となったのは、現時点で中国側が米国と取引可能と判断した案件がたまたま人民元とイランしかなかったからである。いくら「戦略対話」だからといって、そう簡単に政治的妥協が成立するわけではないのだ。

また、「米中戦略・経済対話」といっても、制度的には完全に一本化されているわけではない。

実際には、米国務省・中国外交部間の「戦略対話」と、米財務省・中国経済諸官庁の「経済対話」という2つのトラックが、同時並行的にかつ半ば独立して対話を行っているだけらしい。

だから、仮に米中間で政治的「取引」が進んだとしても、米財務省は対イラン追加制裁を巡る具体的駆け引きの詳細を知らない。

また、米国務省も人民元切り上げの具体的時期や程度を巡る米中間のやりとりは詳しく知らされていないと言われる。「縦割り」行政の弊害は、必ずしも日本の専売特許ではないのだ。

政治家の格と面子

さらに、政治家の「格」の違いも大きい。まず王岐山と戴秉国では「格」が違う。

王岐山は政治局員で国務院副総理、2012年には政治局常務委員会入りも噂される大物であるのに対し、戴秉国は外交の専門家とはいえ単なる中央委員で、国務院の国務委員でしかないからだ。

米側も同様である。クリントンは元大統領夫人で元民主党大統領予備選候補でもあったのに対し、財務長官のティモシー・ガイトナーは財政金融の専門家とはいえ、前職は地方(ニューヨーク)連銀総裁に過ぎない。

このガイトナーの相手が王岐山で、クリントンのカウンターパートが戴秉国というのだから、これほどのミスマッチはないだろう。クリントンが戦略的懸案を熱心に取り上げれば取り上げるほど、戴秉国では決められない政治レベルの問題になる。

さらに、「格下」のガイトナーと交渉せざるを得ない王岐山の政治家としての「面子」も微妙な問題だ。一説には、王岐山と戴秉国は「犬猿の仲」とも噂されており、今回の会議でも両者の確執が対話の結果に微妙な影を落としていたと言われる。

昨年夏、鳴り物入りで始まった新生「米中戦略・経済対話」だが、その舞台裏は決して順風満帆ではなさそうだ。どうやら今回も米国は十分な成果を出せないまま、中国の強かな外交に丸め込まれてしまいそうな予感がする。

宮家 邦彦 Kunihiko Miyake
1953年、神奈川県生まれ。東大法卒。在学中に中国語を学び、77年台湾師範大学語学留学。78年外務省入省。日米安全保障条約課長、中東アフリカ局参事官などを経て2005年退官。在北京大使館公使時代に広報文化を約3年半担当。現在、立命館大学客員教授、AOI外交政策研究所代表。

 

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