日本の地方分権を考える(2) 北近畿の地方自治


図:北近畿開発促進協議会

律令制の「山陰道」として丹波・丹後・但馬という地域をもう一度考察してみたいと思います。古くから日本海側に出雲から北陸にかけて朝鮮半島との交流文化圏を形成してきました。また、都に近い(近国)ために大陸との経由地点として交流がさかんでした。

したがって、古代には若狭・丹後・但馬・因幡、さらに出雲・越国も含めた広域な朝鮮・中国との「環日本海文化圏」を形成していました。歴史風土的に似た面が多く、また、若狭・丹後・但馬・丹波は、五畿(山城・大和・河内・和泉・ 摂津)との影響も受けやすい近国と位置づけられ、独自色が薄く強固な基盤を持ちにくいといえます。
廃藩置県後、若狭は当初滋賀県に、のち福井県に、丹後・丹波・但馬は豊岡県に、のちに丹後・丹波(北東部)は京都府、但馬・丹波(南西部)は兵庫県にとそれぞれ分かれており、交通面で鉄道・道路でも県庁とのつながりが主であり、北近畿内の横との直通運行や連携は少なくなっています。

近畿ブロック知事会では、道州制を拒否している井戸敏三・兵庫県知事以外にも、西川一誠・福井県知事が道州制に反対する意見を出しており、山田啓二・京都府知事も道州制に対して慎重な意見を出している。

2004年6月30日には、京阪神の経済団体から、近畿2府6県(福井県・滋賀県・京都府・三重県・奈良県・和歌山県・大阪府・兵庫県)に、四国の徳島県を加えた広域行政体の設置を求める提言が出されており、州庁の組織や行政運営に留まらず、州の様々な設置方法も提案されている。

2007年9月21日、政府の道州制ビジョン懇談会において江口克彦座長(PHP研究所社長)は、東京23区と大阪府を特別州とし、東北・北信越など全国を12道州に分ける私案を公表した。
また、中国地方では、財界では、中国地方5県で一組の州とする「中国州」を提唱している。鳥取県においては鳥取市の経済界を中心に「関西州」への編入を求める声も上がってきている。

一方で県西部の米子市などでは道州制導入に際し、島根県松江市などと合併して「中海市」を設ける考えが以前から存在しており、東・中部と西部の間で意見のずれが生じている。また、平井伸治鳥取県知事は近畿ブロック知事会への参加を表明、2008年6月6日、正式に加入が認められたことから県内の道州制論議に何らかの進展をもたらす可能性がある。

イタリアでも兵庫県のような日本海と瀬戸内海にまたぐ県はありませんが、中央の産地を挟んで東西に分かれており、地勢上プーリア州のような細長い州があります。但馬から若狭までを合わすと似ています。

北近畿の都市圏

都市圏とは一般に、核となる都市および、その影響を受ける地域(周辺地域、郊外)をひとまとめにした地域の集合体であり、行政区分を越えた広域的な社会・経済的な繋がりを持った地域区分のことを指します。自然、歴史、文化など生活を取り巻く環境を概ね共有し、圏域内に居住する人々が概ね域内に通勤・通学先を求め、医療、買物、公共サービスなど都市的サービスも概ね圏域内で享受できるような地域的まとまりのことです。例えば、新しい国のかたち「二層の広域圏」を支える総合的な交通体系最終報告(2005.5、国土交通省)では、人口規模30万人前後、時間距離で1時間前後のまとまりを目安とした圏域としています。

車社会化が発達した20世紀末には、中心都市の市域を大きく超えて生活圏が形成されるようになり、21世紀になって「平成の大合併」と呼ばれる広域合併が行われました。しかし、アメリカでは都市圏について公式に定められているそうですが、日本においては公式の定めはありません。

兵庫県但馬地方は、豊岡都市圏(経済圏)を形成する兵庫県北部の中心都市です。豊岡市の人口は86,895人(推計人口、2008年7月1日)、697.66k㎡となり、豊岡都市圏は11万8565人です(10%通勤圏:毎日の決まった人の移動に注目した都市圏。周辺市町村の定義は、通勤・通学者数の割合が10%以上としています。)。

北近畿では舞鶴市90,121人、342.15k㎡、福知山市80,302人、552.57k㎡。福知山都市圏は、福知山市全域と、綾部市全域、京丹波町の一部、丹波市の一部を指す。兵庫県の丹波市や周辺市町村からの通勤や買い物客も多く、2000年現在で13万6096人で北近畿最大。豊岡都市圏、舞鶴都市圏と並んで北近畿の中心的な都市圏となっています。
舞鶴都市圏は、舞鶴市を中核に、福井県(嶺南)大飯郡全域と宮津市や綾部市の一部などを含み、その都市圏人口は約12万人。
これに福井県嶺南地方を含めて北近畿開発促進協議会が昭和62年に発足しています。地域の歴史を検証すると、この4地域は古来より風土・文化面で交流がさかんであり、鳥取豊岡宮津自動車道の早期開通などに総合整備が進められています。

兵庫県豊岡都市圏11万8565人豊岡市・香住区・京丹後市久美浜町
京都府舞鶴都市圏約12万人舞鶴市を中核に、福井県(嶺南)大飯郡全域と宮津市や綾部市の一部
福知山都市圏13万6096人福知山市・綾部市・京都府京丹波町和知町・兵庫県丹波市市島町

10万人以上の都市雇用圏(2000年国勢調査時点の10%都市圏。アメリカでは都市圏について公式に定められているが、日本においては公式の定めはない)
「10%通勤圏」。金本良嗣、徳岡一幸両氏が「応用地域学研究」(2002) で、DID(Densely Inhabited District:人口集中地区)人口を利用して中心地域を決め、その地域の雇用求心力を基準に設定された都市圏。
※日本の都市圏設定基準 10%都市圏…通勤・通学者数の割合が10%以上

島根県中海・宍道湖経済圏約68万人出雲都市圏・松江都市圏・米子都市圏
出雲都市圏17万3715人
松江都市圏22万5937人
鳥取県米子都市圏25万2387人
倉吉都市圏11万6650人
鳥取都市圏24万9067人鳥取市・兵庫県新温泉町
福井県福井都市圏56万0601人
武生都市圏11万4823人
敦賀都市圏8万8928人
小浜都市圏4万4395人
石川県金沢都市圏73万2467人
小松都市圏13万8908人
富山県富山都市圏54万1761人
高岡都市圏37万4530人
魚津都市圏13万4411人
新潟県燕都市圏121,606人
新潟都市圏94万7310人

日本の都市圏設定基準 10%都市圏…通勤・通学者数の割合が10%以上
米子都市圏は松江都市圏、出雲都市圏と隣接しており、3つの都市圏は相互に重なり合った構造を示しており、全体としてつながりを持った大きな中海・宍道湖経済圏を形成しています。
福井県南部の嶺南(若狭湾沿岸)地方を1つの都市圏とすると、小浜都市圏4万4395人、敦賀都市圏8万8928人を合わせて、133323人です。
但馬・丹後・丹波ならびに関西に依存度が高い福井県嶺南(若狭)地方は、歴史的経過から、本来一つの県として考えるべきであるともいえますが、明治初期の数回に及ぶ廃藩置県の歴史的経過から、3府県に分散されました。

豊岡市の概要

平成17年4月1日、豊岡市、城崎郡日高町、城崎町、竹野町、出石郡出石町、但東町の1市5町が対等合併し誕生しました。新しい市章はとよおかの「と」とコウノトリがはばたく姿をイメージして一般公募によるものです。

豊岡市の隣接する自治体は、兵庫県では養父市、朝来市、香美町、京都府では京丹後市、福知山市、与謝郡与謝野町。豊岡市は、日本で最後の野生コウノトリの生息地として知られ、コウノトリの保護・繁殖・共生の事業が行われています。また、古くは但馬国府が置かれ、城崎温泉、但馬海岸、城下町出石、神鍋高原等観光資源も日本海から高原まで豊富です。日本海に面しているところでは海水浴場や海の幸、山ではスキー場、また城崎温泉があるなどレジャー施設が非常に多く、但東町は日本標準時間である子午線(統計35度)が通過する日本の真ん中に位置し、豊岡市は、日本一のかばん(バッグ)の生産地として広く知られています。

合併後の豊岡市は、豊岡市は、面積:697.66平方キロ、総人口:86,873人、人口密度:125人/平方キロ(推計人口、2008年9月1日)で、兵庫県内で最大面積を占めます。ちなみに兵庫県で豊岡市に次いで面積が広い神戸市は、豊岡市合併までは県内最大の面積:552.23平方キロ(※境界未定部分あり)、総人口:1,533,172人、人口密度:2,780人/平方キロ(推計人口、2008年9月1日)でした。

・東京23区の総面積:621平方キロ、人口:8,727,326人、人口密度:14,043人/平方キロに対し、
・豊岡市は、面積:697.66平方キロ、総人口:86,873人、人口密度:125人/平方キロ
最大都市と比較するのも意味はありませんが、豊岡市は東京23区とほぼ同じ面積で人口比は約100倍、人口密度は112倍なのです。参考までにということです。

豊岡市の生活圏

とくに兵庫県は、政令指定都市神戸市を県庁所在地として、5つの旧国から構成されています。それが多彩なカラーを持ったユニークな県として成立しています。しかし、但馬地域から県庁の神戸市までよりも、大阪・京都へのアクセスが便利で、鳥取・福知山・姫路の方がさらに近い土地柄です。

日高町の場合、かつて昭和大合併で旧気多郡内の6つの町村(日高町・国府村・八代村・三方村・清滝村・西気村)が昭和に合併し新日高町になりました。ほぼ一つの郡域が一つの町になったことから、但馬の市町の中でも面積は最も広いですが、大部分を山林が占めています。それぞれ旧町村は、それぞれの地区単位の公民館、小学校校区として残っています。

豊岡市は旧豊岡市(町)しての機能もあるのと同時に、かつての郡・広域自治体として共同自治を行っていく必要があり、それはかつての出石・城崎郡役所が置かれていた機能とどう違うのかが分かりづらいのではないでしょうか。かつて郡役所が廃止されたのかは、二重行政の簡素化にあったといえるでしょう。新豊岡市は、こうした複雑な二面性を兼ね備えた自治を問われることになるのではないでしょうか。それは、規模は異なりますが、東京都における特別区、大阪府における大阪市など全国の自治体も同様ではないでしょうか。

このように広域なため、旧市町間の疎通はあまりなく、緊急体制に時間を要するようになるのは必至で、政府が進める機能集約化と地域住民の利便性は矛盾するものであって、少子高齢化が進む中において役場機能の集約化による旧町の衰退、医療、買い物等の不便さは増しており、今後合併後の広域行政のあり方には多くの問題点を含んでいると思えます。

政府(総務省)の特例法による平成の合併を考えるとき、国→地方自治体という流れで効率を追い求めては行けないと思います。車で移動する手段がない時代までは、小さな村社会がコミュニティを形成して、それは閉塞的な面はあるが、しかし、少子高齢化が進む中で、歩いて生活できていた各区の、隣保のコミュニティの機能が、相好援助の細やかな自治機能が守られていたのではないでしょうか。日常の疎通が希薄になっている昨今、果たして合併という効率化の方向がまったく正しいひとつの手段だとは思えないのです。

各地域がそれぞれ培ってきた伝統・文化は、長い歴史の中で改めて自然に、必要、必然的に生まれてきた、最も合理的でベストな経過でもあるのではないでしょうか。その最も小さなコミュニティ社会である村を基本に大切に守り育てこそ、町が成り立ち、県、州、それぞれの役割をしっかりと機能を果たせるものにしながら、国が形成されるのではないでしょうか。

歩いて生活できる範囲、目の届くエリアこそがムラが生成された生活の根本です。それは省エネ、コミュニケーションでもあり、合理的な智慧であったのではないのでしょうか。国が出来て村が生まれたのではないからです。まず人が集まりはじめ、村が発生し、小国家が生まれ、国が生まれたのです。小さなコミュニティでできることは小さな単位で、できないことは大きな単位で。それが機能的、合理的な役割分担社会の地方自治の基本であるといえるであろう。

合併は、地理歴史や交通体系、住民の生活圏が異なる複数の地域を併せ持っている市町村で実施されることが一般的です。第二次世界大戦中に国策で合併した町村が戦後に再分離されたり、昭和の大合併で合併した町村が、新市町村内の対立で分離されるといった例がありました。農協の合併、市町村合併、郵政事業、医療制度など、必ずしもデメリットばかりではないと思いますが、果たして合併は本当に正しい方向に向かっていくのでしょうか。

地方分権の先進地である欧米では市町合併はそんなに進んでいません。フランスやイタリアでも行政の合併が図られていますが、失敗したり町の数は中世からあまり変わっていないようです。大きく異なる点は、議会や行政を専業ではないボランティアで行ったり、地域に合ったさまざまな行政体が存在するようです。

出典: 「政治学入門」放送大学客員教授・慶應義塾大学教授 小林 良彰・河野 武司
放送大学准教授 山岡 龍一
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