古墳

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西谷古墳群

3号墳 四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)は、弥生時代中期から吉備・山陰・北陸の各地方で行われた墓制で、方形墳丘墓の四隅がヒトデのように飛び出した特異な形の大型墳丘墓で、その突出部に葺石や小石を施すという墳墓形態です。四隅突出型弥生憤丘墓とも呼称します。 出雲市の南東にある西谷墳墓群は山陰地域独特の形をした四隅突出型墳丘墓が集中しています。発掘調査の行われた3号墓では墓の上で祭祀 […]

但馬西部の古墳

出雲国造の同祖とされる二方(ふたかた)国造の名が記されていることからも、但馬国がまとまる前は、但馬西部には因幡・出雲に近しいクニが存在していたようです。 八幡山古墳群(やはたやまこふんぐん) 香美町村岡区福岡 5~6世紀、三角持送り式天井の竪穴系横口式石室 ・県指定史跡 八幡山の丘陵屋根の南東に寄ったところにかたまり、かつては他に数基の古墳があったようです。この丘陵上には現在4基の古墳があり、3・ […]

大薮(おおやぶ)古墳群 (養父市大薮)

画像:養父市 兵庫県養父市大薮 兵庫県養父市養父地域の円山川右岸道路に隣接した南斜面の丘陵地に大薮古墳群があります。兵庫県を代表する、古墳時代後期のに造られた古墳群です。地形は大薮集落を中心として両側に弓形に広がっています。北に山を背負い、南前方には円山川が流れています。そして川の向こうには養父神社をみることができます。兵庫県を代表する、古墳時代後期に造られた古墳群です。      大薮 […]

若水古墳群A11号墓・若水城跡

若水古墳群A11号墓・若水城跡 写真:兵庫県教育委員会埋蔵文化財調査事務所 朝来市山東町一品 同遺跡は、粟鹿神社の西側の小さな山塊。『若水城跡』は、山塊の最高所を中心に展開する城跡であり、本城跡は、北方から南下してくる山名氏の軍勢をいち早く察知できる唯一の場所であり、竹田城への東からの谷口を押さえる重要な位置にあることが分かります。天正5年(1577)あるいは天正8年(1580)に、羽柴秀吉(実際 […]

南但馬の古墳

概 要 三世紀後半、倭(大和)には地方の指導者よりも優位にたつ「王」が誕生しました。但馬で育ちつつあった指導者たちは、ヤマトの大王と手を結び、力をつけ、ここに但馬王(国造)が誕生しました。当時は祀りや儀式で地域を支配していた但馬王は、大和の王との関係を強めながら次第に力を伸ばしていきましました。 弥生中期初頭の前方後円墳である池田古墳も、ヤマト王権誕生より数百年も前ですので、但馬は丹後・越前・出雲 […]

北但馬の古墳

但馬北部(円山川流域) 概 要 さて、丹後地方とは隣り合わせの但馬(たじま)の古墳についてはどうでしょう。 兵庫県はもともと5つの旧国からなる広大な地域であることから、古墳18,351ヵ所は日本第1位、遺跡28,882ヵ所は日本第2位であり、上古より拓けていた地が多いとされています。但馬地方には、これまで約3000ヵ所の古墳が見つかっています。記紀に崇神・垂仁・神功皇后・応神の頃には但馬は丹後と並 […]

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