西日本屈指の長さ 蘇武トンネルと但馬のトンネルの長さ比べ

蘇武トンネルを通ると、もういいだろうと思う長さをはるかに越えて長く感じる。トンネル好きならたまらないwww
一直線で途中照明が暗い部分がありちと注意すべし。最近気がついたが村岡出入り口はかすかにカーブして一直線ではないような気がする錯覚だろうか。
1km以上の但馬のトンネル

 

名称 路線名 延長 区間 竣工年
1 蘇武トンネル 国道482号 3,693 豊岡市日高町稲葉 – 香美町村岡区村岡 2003
2 遠阪トンネル(有料) 国道483号(近畿豊岡自動車道) 2,585 丹波市遠阪-朝来市柴 1976
3 香住トンネル 国道178号(鳥取豊岡宮津自動車道:香住道路) 2,041 美方郡香美町香住区丹生地-一日市 2005
4 七坂トンネル 国道178号 1,821 美方郡新温泉町(浜坂町)居組-鳥取県岩美郡岩美町陸上 2008
5 蒲生トンネル 国道9号 1,745 美方郡新温泉町千谷-鳥取県岩美町蒲生 1978
6 春来トンネル 国道9号 1,696 美方郡香美町村岡区柤岡-新温泉町歌長 1975
7 但馬トンネル 国道9号 1,256 養父市(関宮町)八木谷-美方郡香美町村岡区八井谷 1965
8 生野トンネル 国道312号(播但連絡道路) 1,234 朝来市(生野町)真弓-口銀谷 1991
南但馬トンネル 国道9号 1,224 養父市(養父町)上筒-養父市八鹿町朝倉 1992
9 朝来第二トンネル 国道312号(播但連絡道路) 1,132 朝来市(朝来町)元津-岩津 1999
10 土生トンネル 国道178号 1,087 豊岡市竹野町河内-美方郡香美町香住区土生 1993

 

 

期間限定 余部鉄橋と新型はまかぜの競演

新型はまかぜ 余部鉄橋と期間限定の“競演”
神戸新聞

来年春に導入されるJR西日本の特急「はまかぜ」の新型車両が、山陰線などで試験走行を重ね、8月12日に新しい橋への切り替えが近づく余部鉄橋と、期間限定の“共演”を続けている。

試験走行は、通常の列車運行の合間を縫って実施。車両が所属する京都総合運転所から不定期で、山陰線や播但線を経由して豊岡市や鳥取県米子市を往復している。
5月初めの試験走行では、沿線の景観に調和するようステンレス製の車体にあかね色のラインを施した3両編成の新型車両が、新緑を縫ってゆっくりと赤色の鉄橋を通過。カメラを構える鉄道ファンの姿も見られた。

JR西日本は計7編成を製造。秋ごろまで試験走行を重ねるが、余部鉄橋は今後、橋脚撤去のため設置が進められる足場で覆われていくという。
(長嶺麻子)
(2010/05/17 10:24)

8月12日に新しい橋への切り替えが近づく余部鉄橋の勇姿が見られるのもあと3か月となった。日本一の高さを誇る余部鉄橋を通過する列車は、豊岡~鳥取間の普通列車を除くと、特急はまかぜのみだ。

特急はまかぜは、鉄道ファンなら欠かすことができないユニークなディーゼル特急である。兵庫県の南北を播但線、山陽線経由カバーする但馬、播磨、摂津の三国の景色が楽しめる昭和の旅行気分が残る飽きない特急だ。

ベースは急行「但馬」で、県庁や神戸に行くには鳥取や但馬の人々には思いでのある列車である。夢千代日記のモデルにもなった。現在急行は廃止され、はまかぜが播但線唯一の鳥取、大阪間の直通運行列車となっている。

見どころ、楽しみどころは、

余部鉄橋と山陰海岸(日本海)
日本一の山城 竹田城址と創業以来の木造駅舎 竹田駅通過、播但、山陰本線でここぐらいしかない。
播但線の難所生野峠越え、ディーゼルエンジンがうなる
世界遺産・国宝 日本一の名城 姫路城が見える
姫路駅で進行方向が逆になるので座席回しが楽しめる?
車内販売の駅弁は「かにずし」など(3,5,6号は全区間で車内販売なし)
山陽本線では複々線で新快速や山陽電車と競い、特急の意地を見せるが、ディーゼルエンジンがやたらにうるさいところが人間?くさい。新型は静かになるだろう。
明石海峡大橋と瀬戸内海
港町神戸と六甲山
大阪駅では福知山線経由の北近畿より後発ながら先にゴールする。山陽本線区間で稼いでいる。

福崎駅 – 寺前駅間:110km/h、大阪駅 – 姫路駅間:120km/h
1粒で2度美味しいのがグリコなら、1回の乗車で日本海と瀬戸内海、山陰本線、播但線、山陽本線と3度美味しい兵庫県の見どころや広さが実感できるのである。
いとおしい。(^_^;)

京都総合運転所所属のキハ181系気動車が使用されている。2009年3月14日現在、同系列を用いるJRの定期列車運用は本列車が唯一である。

停車駅
大阪駅 – 三ノ宮駅 – 神戸駅 – 明石駅 – 姫路駅 – 福崎駅 – 寺前駅 – 生野駅 – 和田山駅 – 八鹿駅 – 江原駅 – 豊岡駅 – 城崎温泉駅 – 竹野駅 – 香住駅 – 浜坂駅 – 岩美駅 – 鳥取駅
大阪駅 – 香住駅間(3・6号)、大阪駅 – 浜坂駅間(1・4号)、大阪駅 – 鳥取駅間(2・5号)でそれぞれ1往復、合計3往復運転されている。このうち、3・6号は多客時 浜坂駅まで延長運転されている。

外部リンク
http://www.jr-odekake.net/train/hamakaze/index.html

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特急「はまかぜ」新型車両 豊岡鉄道部で報道デビュー

2011年春に導入する特急「はまかぜ」

大阪駅 – 香住駅・浜坂駅・鳥取駅間を東海道本線・山陽本線・播但線・山陰本線経由で運行する播但線唯一の直通列車。京都総合運転所所属の特別急行列車。また、2006年3月の寝台特急「出雲」廃止後、余部鉄橋を通過する優等列車はこの「はまかぜ」のみとなっている。「キハ181系」気動車運用は本列車が全国で唯一となった。

一度に数倍兵庫県が楽しめる美味しい列車

はまかぜの前身は、急行「但馬」だった。はまかぜには愛着がある。といっても前身の「急行但急」だ。子供の頃おばあちゃんと一緒に神戸のおじさん宅に行ったのが「急行但急」だったし、その思い出を残しているのが「はまかぜ」だからかも知れない。神戸のおじさんや宝塚のおじさんに連れられて甲子園の高校野球や神戸など、子どものころの思い出を残す路線だ。
大阪駅 – 姫路駅間では、六甲山と神戸港とポートタワー、明石海峡大橋を車窓にして複々線区間をJR電車、山陽電車とディーゼル気動車ながら特急としての意地を見せるスピードがけなげでさえある。

姫路駅ではスイッチバックをして運転方向を変え姫路城を眺め、
生野峠の勾配の難所を登り、
優等列車で唯一余部鉄橋を通過し山陰海岸が広がる。福知山線回りの北近畿とは路線距離は長いのに約10分の差で走る。かつては運賃に違いがあったが、現行では福知山線回りと同じになっている。(多分…)
運転本数・列車番号
大阪駅 – 香住駅間 1往復(3・6号)※多客時は浜坂駅まで延長運転される。
大阪駅 – 浜坂駅間 1往復(1・4号)
大阪駅 – 鳥取駅間 1往復(2・5号)
大阪駅 – 浜坂駅間 1往復(88・89号)※多客臨時列車
大阪駅 – 香住駅間 1往復 ※冬期臨時列車「かにカニはまかぜ」
最高速度
大阪駅 – 姫路駅間:120km/h
姫路駅 – 福崎駅間:95km/h
福崎駅 – 寺前駅間:110km/h
寺前駅 – 鳥取駅間:95km/h
停車駅
大阪駅 – 三ノ宮駅 – 神戸駅 – 明石駅 – 姫路駅 – 福崎駅 – 寺前駅 – 生野駅 – 和田山駅 – 八鹿駅 – 江原駅 – 豊岡駅 – 城崎温泉駅 – 竹野駅 – 香住駅 – 浜坂駅 – 岩美駅 – 鳥取駅

4月9日 豊岡市大手町、豊岡鉄道部(神戸新聞)

2011年春に導入する特急「はまかぜ」の新型車両を豊岡市内で報道関係者に公開した。
緑豊かな沿線に映えるようにと、ステンレス製の車体に施したあかね色のラインが印象的で、車内もゆったりとした空間になっている。
新型車両は3両編成。ディーゼルのままだが、最高速度は時速130キロと約10キロアップする。
自由席や指定席がある車両では、前後の座席の間隔を現行より6センチ広げて97センチにし、座り心地を良くする。各車両には行き先などを表示する電光掲示板を設置し、窓も大型化する。車いす対応トイレや授乳などに利用できる多目的室も設け、より快適に乗車してもらえるようにする。
全体的にゆとりを持たせた設計が特徴で、ドアの幅が30センチ広がり、車いすでの乗り降りが楽になる。新設の多目的室は大人が横になれる広さがあり、授乳時にも利用できる。ビジネス客に配慮し、パソコン用の電気コンセントを各車両の最前部と最後部の座席に設けている。衝突事故に備えて車体の強度を高める。窒素酸化物の排出を約3割抑えるなど環境にも配慮する。

JR西日本が特急「はまかぜ」の新型車両として投入する「189系」(新潟県の新潟トランシス新潟事業所で)
(撮影:上田尚紀)読売新聞

内装や床板の取り付け作業が進む

現車両「キハ181系」はまかぜ 豊岡市日高町江原駅(撮影・拙者)

餘部橋梁付け替え工事 コンクリート橋になる。(撮影:拙者)
「はまかぜ」は大阪から姫路、但馬を経由して鳥取までを結ぶ特急で、現車両「キハ181系」は1982年から使われており、現役特急のディーゼル車では最古参だ。JR西は26両を保有する。国内唯一の現役だったが、老朽化が進んだため新型に切り替えることになり、国内から消える。

新型車両(287系)川崎重工業などが製造する。
北近畿ビッグXネットワーク 新型車両
はまかぜの他にも、京阪神と山陰地方を結ぶJR西日本の特急車両が、2011年春から相次いで新型車両に置き換えられる。30~40年前の旧国鉄時代に製造された車両で老朽化が進み、安全性向上というニーズにも応えるため引退が決まった。また、「北近畿」(新大阪-城崎温泉)や「文殊」(新大阪-天橋立)、「きのさき」(京都-城崎温泉)など六つの特急に使われているのは、「485系」電車を改造した「183系」。やはり製造から31~37年の年代物で、更新する。新型の「287系」電車は、正面からの衝撃を吸収する構造にする。まずは46両を取り換え、残る40両も更新を検討中。
北陸線で人気のある特急「サンダーバード」を参考に、683系4000番台の設計概念を踏襲している。車体は、オフセット衝突対策や衝撃吸収構造の採用で構造が強化される。これは、2010年5月に落成予定の近郊形電車である225系に続き2例目となる。また、車内設備ではグリーン車の全席と普通車の車端部座席にモバイル機器用コンセントが設置されるほか、女性専用トイレやバリアフリー設備として多目的室なども設置される。現在の「北近畿」でなじみのあるえんじ色の横線を窓の下に採用した。

「きのさき」「183系」国鉄カラー 京都駅

「きのさき」「183系」改装JR西ブルーカラー 京都駅
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豊岡駅、新駅舎デザイン決定

羽ばたくコウノトリ 豊岡駅、新駅舎デザイン決定
(神戸新聞 2010/04/06 09:15)
JR西日本福知山支社は5日、来年3月の完成を目指す豊岡駅(豊岡市大手町)の新しい駅舎のデザインを発表した。コウノトリが羽ばたく姿を屋根部分に取り入れたほか、伝統工芸品の柳ごうりや北但大震災復興建築のイメージを部分的に採用した。
(中略)
新駅舎は現駅舎の北側に建設する。ホームをまたぐ自由通路とつなげて2階部分に改札を設ける「準橋上駅」となり、1階にはコンビニ、豊岡観光協会、2階は改札口のほか駅事務所、みどりの窓口、待合室を設ける。また、すべてのホーム(1~3番)にエレベーターを各1基設置する。新駅舎だけの総工事費は約7億円。
(宮下裕史)

現在の駅舎は1935(昭和10)年に建築された木造平屋で北但大震災で崩壊した駅舎を耐震構造を取り入れた市役所や大開通に残る建物群の一つだ。
平面に広い現在の駅舎は、JR西日本福知山支社管内の主要駅が和田山、西舞鶴、東舞鶴、福知山、亀岡、綾部、園部など橋上駅舎として相次いで建て替えられたなか、最後まで国鉄時代の匂いが残った駅舎だった。

※新駅舎のイメージ
http://www.westjr.co.jp/ICSFiles/afieldfile/2010/04/05/20100405_toyooka.pdf
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【たんごる】 加悦鉄道加悦駅跡


旧加悦駅舎 「日本の駅100選」 与謝野町指定文化財
建築年:大正15(1926)年
構造階数:木造二階建て

  
駅舎内にはかつての鉄道資料が展示してある。

加悦鉄道(かやてつどう)は京都府与謝郡野田川町(現・与謝野町)の丹後山田駅(現北近畿タンゴ鉄道宮津線野田川駅)から、同郡加悦町(現・与謝野町)の加悦駅まで5.7kmを結んでいた私鉄である。駅数は6駅。

(工場駅)- 丹後山田駅 – 水戸谷駅 – 丹後四辻駅 – 加悦谷高校前駅 – 三河内口駅 – 三河内駅 – 加悦駅 -(鉱山駅)

その後、加悦駅の南西にある大江山でニッケルの採掘が開始されたため、1940年(昭和15年)に大江山ニッケル鉱山への貨物専用線が開業し、1942年(昭和17年)には丹後山田駅から北東の岩滝町にある精錬所(日本冶金大江工場)への専用線も開通した。

戦後、大江山でのニッケル採掘が中止されたため加悦 – 大江山間の専用線は撤去(ただし、法的には加悦鉄道廃止まで廃止手続きは取られていない)されたが、岩滝工場への専用線は同工場で精錬する輸入ニッケル鉱を輸送するため存続した。

1985年(昭和60年)3月14日の国鉄ダイヤ改正で宮津線の貨物輸送が廃止され、同線でのニッケル鉱輸送が不可能となったため、丹後山田 – 大江工場間の専用線も廃止を余儀なくされた。これにより、鉄道収入の6割を占めていた専用線の輸送業務委託料が失われ、赤字額の大幅な増大が見込まれたため、1985年(昭和60年)5月1日に全線が廃止された。
廃線後、軌道敷跡はサイクリングロード(加悦岩滝自転車道線)として整備されている。


キハ08 3号気動車 SL広場は国道176バイパス沿いに移設された。自動車で移動中にまだ動いていたのを見た思い出がある。
写真は『ウィキペディア(Wikipedia)』よりお借りした。

丹後に鉄道設置を目的とした運動は、明治25年に起こりましたが、実際に鉄道が敷かれたのは大正時代に入ってからでした。
舞鶴・宮津間が大正13年に開通し、改正された「鉄道敷設法」で、丹後山田駅(現在の野田川駅)から、加悦・兵庫県出石を通って江原駅へ向かう路線が計画されました。しかし、関東大震災で測量図等の建設資料が灰燼となってしまったため、計画は中止されました。

そこで、加悦谷の人たちは、丹後ちりめんの輸送手段としての「加悦鉄道株式会社」を設立し、宮津線の丹後山田駅から加悦まで鉄道を敷くことにしました。

出石軽便鉄道

但馬の小京都と呼ばれた出石町(現在の豊岡市出石町)と山陰本線の江原を結ぶべく大正9年(1920年)に会社が設立され、紆余曲折の末に昭和4年(1929年)、地元住民の出資により軽便鉄道(貨物には蒸気機関車・旅客車はガソリンカー)として開通したが、経済不況や自然災害などにより営業不振が続いた。そして太平洋戦争下の昭和19年(1944年)に不要不急線として営業休止に追い込まれる。終戦後、路線復活の動きもあったものの、結局昭和45年(1970年)に正式に廃線となる。事業会社としての出石鉄道では、バスの運行や、営業休止の賠償としてトラックを入手し、運輸事業等も行っていたが、全線運休後に全ての事業を停止している。

100年の夢、氷ノ山越え

●旧山陰道の最短ルート

氷ノ山トンネル 神戸新聞連載「100年の夢」の記事に、「戦国時代末期の天正三(一五七五)年、薩摩藩主島津家久の叔父中書家久は京や伊勢の神社仏閣にもうで、帰路山陰路をとった。六月十五日の日記の記述に「やなせ(山東町梁瀬)」「たかた(和田山町高田)」を通り「八木殿の町(八鹿町八木)に着」とある。翌日は「ひほの山(氷ノ山)」を越えて「つくよね(若桜町舂米)」に至っている。」とあり、氷ノ山越えは山陰道の最短ルートであり、兵庫県では関宮町大久保から現在の国道9号線の旧道とほぼ同じである。
若桜町舂米は、氷ノ山1,510Mの麓で、因幡・但馬・播磨・美作の四ケ国で最も標高の高い集落ながら、かなりの大きな戸数であることが、かつて峠の宿場町として栄えていたことを物語っている。

●氷ノ山越えと山陰本線計画

明治後期に鉄道敷設がさかんになると、舞鶴の軍港と大阪を結ぶ計画の阪鶴鉄道(現JR福知山線)が福知山まで完成。また、山陽鉄道(現JR山陽本線)、さらに姫路から和田山までを結ぶ播但鉄道(現JR播但線)が完成した。さらに京都から福知山そして福知山から舞鶴まで鉄道がつながると、舞鶴の軍港と鳥取の陸軍師団を結ぶ山陰鉄道敷設計画が持ち上がってきたのだ。豊岡駅から国鉄宮津線(現北近畿丹後鉄道)、鳥取までは、内陸部の八鹿駅から若桜へ抜けるルートである。鳥取県郡家町こおげ駅を起点として若桜町までは敷設でき(旧国鉄若桜線、現若桜鉄道)ていたが、氷ノ山を貫く大トンネル工事は、当時のトンネル技術では困難なことから、明治42年頃には和田山から城崎まで北進していた鉄道から、余部鉄橋も難工事ではあったが海岸ルートに決まったのが、現在のJR山陰本線である。

●氷ノ山越えと但馬鉄道計画

またそれは別に大正初期に宮津から若桜までの当初の山陰本線最短ルートを実現させようと考えた、とんでもない人物が、「大正の大風呂敷」と言われた我が日高町(当時日高村)だった故藤本俊郎村長である。彼はすでに営業されていた出石軽便鉄道(現存せず)の株主の一人であり、さらに江原駅から村岡へ抜ける鉄道敷設を計画して、江原駅を東西南北を走る交通の要所にしたいという構想である。実際に近隣町村の猛反対にも遭いながら、国会議員の支援も取り付け、軽便鉄道敷設工事は日高町十戸あたりまで完成していく。また丹後山田から加悦まで鉄道は延びており、出石鉄道まで延長するという計画で、藤本村長は旗振り役となり自らも事業家として私財を投げ売り夢見た計画だった。ところが大正の世界的な大恐慌が始まると、敷設工事は不可能となり工事は頓挫してしまう。
そしてその大ロマン但馬鉄道計画の面影を今に伝えているのが、京都府野田川町の北近畿丹後鉄道(旧JR宮津線)丹後山田駅を起点として、加悦町加悦までを走る野田川鉄道と、鳥取県郡家町こおげ駅を起点として若桜町わかさ駅を終点とする若桜鉄道(旧JR若桜線)である。
現在の国道482号線がほぼそのルートです。

-参考 日高町史-

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クローズアップされてきた「但馬三江」駅

「但馬みえ」フィギュア、駅で限定販売…北近畿タンゴ鉄道


限定販売されるフィギュア「但馬みえ」

「但馬みえ」と申します――。
北近畿タンゴ鉄道(KTR=本社・京都府福知山市)は18日、車内で観光案内などのサービスをしているアテンダントのフィギュア1000個を、4月1日から豊岡駅など有人15駅で限定販売すると発表した。
宮津線がJRから転換されて、4月1日で20周年を迎えるのを機に企画。模型メーカー「トミーテック」(本社・栃木県)の「鉄道むすめ」のシリーズで、全国販売されるのをポーズを変えて限定品にした。
市販品は髪に手を添えている姿だが、限定品は左手を上げ、「こちらをご覧ください」と、車窓からの観光名所や郷土史を説明しているポーズをイメージした。
名前の「但馬みえ」は、豊岡市の但馬三江駅から付けた。制服や手に持つカートのデザインは、KTRで使用されているのと同じで、高さは約10センチ。
1個630円(消費税込み)。問い合わせはKTR企画総務課(0773・24・2510)へ。
(2010年3月23日 読売新聞)

鉄道むすめって何?初めて知った。
http://tetsudou-musume.net/character/10_mie.html
<日本三景「天橋立」へKTRがご案内いたします。>
北近畿タンゴ鉄道株式会社/アテンダント
・物静かな美人タイプ。お客さまへの落ち着いた案内が好評。
・日本神話と古文に詳しく、百人一首にも詳しい。競技かるたにも参加。
・「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立」の歌は必ずとる。
※北近畿タンゴ鉄道のアテンダント。
※名前の由来は「但馬三江駅」から
※vol.9からの新キャラクターです
だそうだ。無人駅だし…。
天橋立なら羽衣の天女のイメージでは。まあどうでもいいが…。
こんなサイトがありました
http://ktr-tetsudo.jp/attendant/
世紀の大規模工事
“円山川橋りょう” 架け替え見学ツアーを実施
平成22年4月3日(土)・4日(日) の2日間
http://ktr-tetsudo.jp/news/archives/004237.php

兵庫・但馬三江駅の愛称を「コウノトリの郷駅」に

改修後の但馬三江駅
北近畿タンゴ鉄道(KTR)は10日、兵庫県豊岡市日撫の但馬三江駅に「コウノトリの郷さと駅」と愛称を付けた。記念に自転車を積んで乗車できるサイクルトレインが特別運行され、乗客は駅前で愛称を刻んだ石碑の除幕後、市内の観光地を目指して走り出した。
木造の駅舎で1929年に設置された。同社の駅の中で、乗降客は最も少ないという。「降り立ってみたくなる駅づくり」をテーマに利用客増を目指し、近くにある県立コウノトリの郷公園にちなんで名付けた。
この日、運行された記念列車は座席を取り外して自転車を固定する金具を19台分取り付け、京都府舞鶴市の西舞鶴駅と豊岡駅間を1往復。列車がコウノトリの郷駅に到着すると、乗客は自転車を押して降り立ち、駅前に設置された石碑(高さ約2・5メートル、直径約0・6メートル)の除幕式に参加した。
仲間と乗車した同府綾部市上野町、西山裕樹さん(48)は、郷公園や玄武洞を巡るといい、「列車を降りて徒歩や自転車で回るのは健康的でいい」。辻本泰弘社長は「復活を果たしたコウノトリにあやかり、利用者増加に向け、『快速コウノトリ号』やウエディング列車を運行するなどで粘り強くやっていきたい」と話していた。
(2009年5月11日 読売新聞)

KTRは同社駅中で最も乗降客が少ない但馬三江駅に「コウノトリの郷(さと)」と愛称を付けている。豊岡市内に近いため乗降客が少なく存在感のない駅だ。
私も宮津線は、親父が公務員で宮津や舞鶴に単身赴任していたので子どものときに国鉄時代の宮津線は一二度は乗った思い出がある。また近所のお兄ちゃんに連れられて丹後木津にチューリップを見に行ったときに乗ったのをかすかに憶えている。
一昨年京都からの帰り道、福知山で久々にタンゴエクスプローラーに乗って豊岡まで帰ってみた。丹後は日本の美しい風景が残されている数少ないところ。日本海を走る車窓から天橋立などは美しかった。問題は距離が長いため山陰本線を通るよりも高くつくことだ。別会社の問題もあるだろう。
しかし、鉄道ファンにとって開業当時のままの駅舎は段々少なくなっているので貴重だ。2月に改修されたが面影を残している。主要駅でも近年福知山、綾部、亀岡駅はすでに改修され、最後まで大正時代のまま残されていた豊岡駅ももうすぐ改修が始まる。山陰海岸沿いの竹野駅や香住駅などと播但線の竹田、青倉駅など開通当時のままの駅舎は数えるほどだ。早く回らねば。
但馬三江の由来
駅の所在地は兵庫県豊岡市日撫(ひなど)である。本来は三江の中心部からは丘の反対側で路線上三江村の中心部を通らないが村の玄関として三江と決めたのだろう。JR、KTR含めて駅名に「但馬」がつく駅は但馬三江駅のみである。他にも三江駅があるから区別するためだろう。この地区はかつて城崎郡三江郷であった。北に隣接する地区名には田鶴野、下鶴井と鶴にちなむ地区名がある。
城崎郡三江郷の北に位置する城崎郡田結(たい)郷はかつて山名四天王の一人、田結庄(たいのしょう)氏の領地で、三江の西南には田結庄氏の居城鶴城(豊岡市愛宕山・山本)があった城崎郡の中心地であった。
城崎郡は、新田、城崎、三江、奈佐、田結、餘戸が知られている。かつて円山川河口部から豊岡盆地一帯が潟湖で周囲の山々から流れ込む土砂で黄色く濁っていたことから黄沼前海(きぬさきのうみ)と記載されている。城崎と言う地名は(黄沼前)の名を受け継いだ物ではないかと言う説があるが、豊岡城の城の字を充てたのではないか。
三江はその美しい入り江で美江が三江になったのだったのだろう。
三江や出石にかけて古くからコウノトリが生息していた場所で、全国で唯一のコウノトリの神社久久比神社があることからも古くからコウノトリのメッカだったことが伝わる地区だ。ただしクグヒとはコウノトリに限らず白鳥全般をさすようだ。
城崎郡の郡郷名は現在の旧城崎町ではなく、但馬国守護大名山名持豊(宗全)により、此隅山城の出城として、標高48mの神武山に木崎城(城崎城)が建築された。鶴城に対して亀城と呼ばれていた。1580年(天正8)の羽柴秀吉による第二次但馬征伐で但馬国山名氏が滅ぶと、宮部継潤の支配となった。
しかし、もともと山名持豊(宗全)より前の父・山名時熙(常熈)は、九日市に居館があった痕跡があり、此隅山城はそれより代が新しい。宵田城の垣屋氏によって木崎城(城崎城・豊岡城)がとられてしまい、劣勢になり此隅山城を築城し、さらに現在の出石城の山上の子有山城に退いたようだ。
宮部氏は、城崎を豊岡と改め、豊岡城を改修した。このとき、城下町も整備され、豊岡の町の基礎となった。最初は城崎温泉は湯島と呼ばれて現在でも温泉の中心部は湯島地区である。
コウノトリ伝説
日本書紀によれば垂仁天皇の御宇二十三年冬十月朔(ついたち)、天皇が誉津別皇子(ほむつわけのおうじ)をともない大殿の前に立ち給う時、鵠(くぐい;コウノトリの古称)が大空を鳴き渡った。 その時、皇子が「これは何物ぞ」とお問いになったので、天皇は大いに喜び給い左右の臣に「誰か能くこの鳥を捕らえて献らむ」と詔せられた。 天湯河板挙(あめのゆかわのたな)が「臣、必ず捕らえて献らむ」と奏し、この大鳥が飛び行く国々を追って廻り、出雲国で捕らえたといい、あるいは但馬国で捕らえたともいう。 十一月朔、天湯河板挙はめでたくこの鵠を献上したのである。時に皇子は三十歳であったが、いまだ物言い給わず、あたかも児の泣くが如き声のみで、この日初めて人並みの言葉を発せられたのである。 これほどに鵠は霊鳥なのでその棲家の地を久久比(くくひ)と呼びなし、その後この地に宮を建て、木の神「久久能智神」(くくのちのかみ)を奉斎した。 これが久久比神社(くくひじんじゃ)の始まりであった。 さりながら、その頃豊岡盆地は「黄沼前海」(きめさきのうみ)と称して、まったくの入海、下宮の地はその入江の汀であった。 又そのあたりは樹木繁茂し、木霊のこもろう処、神自ら鎮まり座す景勝の地であった。 われらの先人が、この自然の神秘と霊妙を感得して、木の神「久久能智神」を奉斎し、木の御神徳の宏大に帰依したのも宜なる哉である。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

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大阪(伊丹)空港の廃止論

17年11月、関空は国際拠点空港▽伊丹は国内基幹空港▽神戸は地方空港-と位置づけた。
橋下知事は「関空をアジアの拠点として活用するためには、3空港併存に決着をつけるべきだ。市街地の真ん中にある伊丹は廃止し、大阪市中心部と関空をリニアモーターカーで結べば8分で到着できる」と発言。昨夏に主張した伊丹の廃止、関空への機能集約を改めて主張した。
国際線と国内線のアクセスの便利さがハブ空港の売りなのだから、関空優先が妥当だ。
当面は大阪(伊丹)空港は航空自衛隊や警察専用基地としての活用を継続させることで周辺市の税収を図ることで終着してほしい。神戸は地方空港として阪神からのアクセスの良さを生かしてほしい。
航空業界も大変ななか、対立ではなく官民一体になって決着を望みます。
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山陰線八鹿-城崎100年の軌跡企画展

http://www.kobe-np.co.jp/news/tajima/0002344960.shtml

JR山陰線の歴史をたどる企画展「山陰本線100年-八鹿~城崎間開業100年-」が、豊岡市日高町祢布の但馬国府・国分寺館で開かれている。同線にまつわる資料93点を展示している。

詳細は但馬国府・国分寺館

http://www.city.toyooka.lg.jp/kokubunjikan/html/exhibit18.html
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JR発足以来初の山陰線への新型車両投入

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画像:神戸新聞

JR西日本が二〇一一年春、特急「はまかぜ」に新型車両を導入することがわかりました。

山陰線では、他路線で使われていた車両を改修して使用するケースが多かったが、新型車両は「はまかぜ」として最初に山陰線を走る予定だとか。
普通車両では、山陽線の新快速などとして使われている車種をワンマン化した新造車両が昨年八月に導入されている。山陰線への新型車両投入は、少なくとも一九八七年のJR発足以来初めてなのです。

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特急北近畿など新型車両に 2011年

JR西日本は23日までに、特急「北近畿」(新大阪-城崎温泉)など、京阪神と山陰地方を結ぶ特急電車に、2011年6月までに新型車両を導入する方針を固めた。

現在の車両が老朽化したのに加え、05年4月の尼崎JR脱線事故を機に、カーブでの速度を制限する装置を搭載することなどが義務付けられたのに対応し、安全度を高める。

「北近畿」は1970年代に製造された旧国鉄の485系を改造して使用。現在20編成あり、「北近畿」(新大阪-城崎温泉)のほか、「文殊」(新大阪-天橋立)や「きのさき」(京都-城崎温泉)「たんば」(京都-福知山)「はしだて」(京都-天橋立)「まいづる」(京都-東舞鶴)の6種類の特急で運用している。

今回の更新は、車両の老朽化に加え、国土交通省が06年3月、脱線事故を機に鉄道の技術基準を改正したのに対応するため。新基準は速度を制限する装置に加え、運転士に異常が起きた時に列車を自動的に止める装置、運転状況を記録する装置などを一定期間内に車両に取り付けることを義務付けている。
JR西は新型自動列車停止装置(ATS-P)の車両側装置をはじめ、これらの基準を満たす機器を搭載する。投資額やデザインなどは未定。現車両は順次、廃車する。
(足立 聡)
神戸新聞 (7/24 07:00)

きのさき 右は普通電車221系 嵯峨野線(京都-園部)京都駅

1986年11月1日に行われた国鉄最後のダイヤ改正で183系700番台・800番台は、489系を交流用の機器を撤去または使用停止し直流専用に改造したグループ 国鉄カラー  日立製作所製 金沢総合車両所にて改造

きのさき 右は221系 嵯峨野線(京都-園部)京都駅

旧国鉄485系 JR西ブルーに再塗装したもの  日立製作所製 金沢総合車両所にて改造
485系は、1968年(昭和43年)に登場した交流50・60Hz共用のTM14形主変圧器を搭載し、国鉄在来線の電化方式すべてに対応した3電源形である。
かつては北陸本線で「雷鳥」などに使用されていた花形車両ですが、山陰本線(京都-城崎温泉)、福知山線電化に伴い、北近畿ビッグXネットワークとして慣れ親しんできた車両です。30年以上活躍してきた。あと2年となるとちょっと寂しいが、あとわずかがんばってほしいものだ。

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