世界に目を向けよう。選挙の結果に構っている暇はない

参議院選は自民圧勝で終わった。

中国、安倍長期政権に警戒=右傾化懸念「不安定の源」―新華社【13参院選】

「安倍長期政権は、日本がアジア太平洋や世界における不安定の源になり、人々の心配要因になることを意味するだろう」として、日本の右傾化に警戒感をあらわにした。

 また新華社は「もし安倍氏が歴史問題、領土係争、防衛政策などで日本の民族主義感情を扇動し続ければ、国際社会での信用をさらに失うことになり、東アジアの平和・安定に対してさらに多くのマイナスの影響をもたらすだろう」と懸念を示した。

世界に目を向けよう。選挙の結果に構っている暇はない。

「成長弱く、失業率高い」=IMF専務理事

2013年7月21日 00:02 (時事通信社)

【モスクワ時事】国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事は20日、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の閉幕を受けて声明を出し、世界経済の現状について「多くの国では、成長が非常に弱く、失業率が高すぎる」との厳しい認識を示した。

 同専務理事は「米国および日本経済には力強さがみられるが、ユーロ圏諸国の景気後退は続いており、多くの新興国で成長ペースが鈍化している」と指摘した。

しかし、靖国参拝A級戦犯問題、従軍慰安婦問題、南京大虐殺などいずれもその発端は、朝日新聞の捏造である。

すべて外交問題は、GHQによって公職追放され、共産党員など左翼が教育、マスコミに配置され乗っ取られた、戦後トチ狂った国内のインテリ風左翼学者・言論人の内患罪であるのだ。
そして自民党は一枚岩ではないことだ。党内の新自由主義者たちが、新たな火種になりそうだ。

安倍晋三総理はそのことを良く理解している。
ひとつひとつ、70年間の戦後レジームを脱却するためには、これから時間がかかるだろうが、長期安定政権が誕生したことは、何よりの慶びである。

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4.28 主権回復記念日

平成25年4月28日(日) 快晴

主権回復をお祝いし、国旗の掲揚をし、真の主権回復を誓いました。
子供ころは当たり前のようにどの軒先にも日の丸が掲揚されていましたが、いつ頃からか祝祭日でも国旗を掲揚する家が皆無になってしまい我が家と隣の2軒のみとなりました。

数年前からチャンネル桜のお陰で祝日に国旗を掲揚するようになりました。しかし、さすがに本日4月28日はまだ祝日ではないので、私だけでは心細いなか、フェイスブックで友人が心の支えとなり全国で国旗を掲揚するお仲間がありました。

主権回復の日が占領下に制定された無効な憲法制定の日である憲法記念日などより、サンフランシスコ講和条約によって主権を回復した日こそ、祝うべき大切な日です。来年からは祝日になるように準備がようやく始まりました。

誰が敵なのか?戦後GHQによって、メディアや教育界、などから公職追放され、また大企業のトップも追放され、左翼勢力がその後を仕切り、もう70年も戦争は日本が悪いという自虐史観が続いています。徹底的に教育を受けた団塊世代はともかく、若い人ほどそれが事実と大きくねじ曲がり、すっかり騙されてきたことに気がついています。

「主権回復記念日をお祝いして国旗の掲揚をし、真の主権回復を誓いましょう!」
https://www.facebook.com/events/133894636787918/

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中国と朝鮮半島の混乱ぶり

支那と朝鮮半島の北朝鮮、韓国の支離滅裂ぶりが枚挙にいとまがないほど賑わいでいる。

何からどうすればよいか、日本政府も大変だ。民主党の3年10ヶ月から失ってきた安全保障。もし安倍総理以外に誰かが担うことになっても空恐ろしかったと感じる諸問題が山積みです。

さて、NHK、朝日新聞などは相変わらず、自虐史観、特亜目線で情報を垂れ流していることは、大メディアが時代に対応できないという証しでもある。まず日本が国家主権を取り戻し、足場を固めることが肝要なのであるのに、日本という主語がないのだ。

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WBCドミニカ優勝

WBCはプエルトリコとの準決勝に日本が進み、惜しくも敗退した。ドミニカとプエルトリコの中米の決勝戦となり、ドミニカが初優勝した。ドミニカという国は知らないけれど、親しみやすさを感じるのは、みんなの歌で流れ「ドミニクの歌」ではないだろうか?全くこの歌とドミニカ共和国が関係あるのか知らないので、内容から外れるが、春分の日の今日。どこかへピクニックに出かけたくなるこの明るい雰囲気の歌とカリブ海ドミニカに通じるような気がして調べてみることにした。


ドミニク/春口雅子みんなのうた

ドミニク/原語

ペギー葉山版
(日本語詩 あらかはひろし)

ハレルヤ ハレルヤ………

※ドミニク ニクニク
 そまつななりで
 旅から旅へ どこに行っても
 語るのはただ 神の教えよ

イギリスならば ジョン王の頃
セント・ドミニクの この物語

※くりかえし

他宗のものと 教えをきそい
力の限り それと戦い

※くりかえし

ラクダに乗らず 馬車にも乗らず
貧しさの中に 旅をつづけた

※くりかえし

その日の糧に こと欠くときも
神の恵みの パンを授かり

※くりかえし

信仰あつい 若者たちを
あつめて神の 教えをひろめ

※くりかえし

聖母の愛の 翼の下に
つどう同志を 夢見つづけた

※くりかえし

セント・ドミニク お守りください
まことを人に 伝えるために

※くりかえし

しかし、彼女の運命は、栄光から奈落の底へ散々たる物語が隠されていたのである・・・

ラ・スール・スーリール

ラ・スール・スーリールは第二次世界大戦中、一家でパリに居住。ここで父はレジスタンス運動に参加していた。1945年、一家はベルギーに帰国。サン・アンリに住んで学校に通ったが、1953年に単身パリへ留学し、美術学校に学ぶ。美術教師としての訓練を受けてブリュッセルに戻り、女子校で教壇に立った。しかし1959年、ベルギーのドミニコ会フィシェルモン修道院に入ってシスター・リュック・ガブリエルを名乗る。

この修道院でギターを習い始め、作曲を始めたところ音楽の才能を認められ、他の尼僧たちに励まされて1963年にレコードを発表。このアルバムに収められた『ドミニク』が人気急上昇し、全米のヒットチャートに入る。ビルボードではシングル(Hot 100)・アルバムの両チャートで1位を獲得した。彼女は一夜にして国際的なスターとなり、スール・スーリール(シスター・スマイル)の芸名を名乗って、1964年には『エド・サリヴァン・ショー』に出演した。『ドミニク』は日本ではペギー葉山(作詞:あらかはひろし)やザ・ピーナッツ(作詞:福地美穂子)、東京放送児童合唱団(作詞:島恵郎。NHK『みんなのうた』で使用された)によってカバーされた。
(中略)
1960年代後半は敬虔な宗教生活に入り、人前で歌うことをやめた。収入の大半は修道院に寄付していたが、1967年には音楽活動を停止。音楽的には新境地を開きつつあったが、ジャンヌは徐々に忘れられた歌手になっていった。一つには、世俗的名声を軽蔑していたためでもある。1967年に出したセカンドアルバムの題名は”I Am Not a Star in Heaven”(私は天の星じゃない)だった。
彼女は大変宗教的だったが、徐々にカトリック教会の保守性に批判の度を強めていき、最後には産児制限の支持者となった。1966年には、ジョン・レノンのキリスト教批判に共感していた。1967年にはリュック・ドミニク(Luc Dominique)の名で、産児制限の賛歌『黄金のピルのために神の栄光あれ』を録音したが、商業的には惨憺たる失敗に終わった。
音楽活動を停止した後、10年来の親友アニ・ペシェル(Annie Pécher)と共にベルギーで自閉症児童のための学校を開いた。しかし1970年代後半(『American Top 40』の1978年7月22日の放送で報じられた)、ベルギー政府が彼女に対して5万米ドルの追徴課税をおこなうと発表した。これに対してジャンヌは、金は修道院に寄付したものであり課税の対象外となると主張したが、寄付だったことを示す領収書が存在しなかったため彼女の言い分は認められず、深刻な経済苦に見舞われることとなった。1982年には芸能界への復帰を図って失敗している。そして彼女はペシェルと共に睡眠薬と酒を過剰服用し、自殺し、2人は共同に埋葬された。

1996年、『ザ・シンギング・ナンの悲劇的で恐ろしい生涯』(The Tragic and Horrible Life of the Singing Nun)と題する芝居がオフ・ブロードウェイのザ・グローヴ・ストリート・プレイハウスで上演された。台本と監督はブレア・フェルが担当。主人公ジーニー・フーが修道院に入ってからペシェルと心中するまでをジャンヌの生涯に基づいて描いた内容となっており、商業的に大成功したため([1])、カトリック同盟が公に声明文を発表して製作者側を非難する騒ぎにもなった([2])。
2006年、『ザ・シンギング・ナンの悲劇的で恐ろしい生涯』がニューヨーク・ミュージカル・シアター・フェスティヴァルで再演された。製作者のジョージ・デマーコウとデイヴィッド・ジェラードはいずれも1996年のオリジナル版の製作に携わったメンバーである。再演版はアンディ・マンロウによる新曲を加えた内容となっており、マイケル・スキラッリが監督を担当した。(ウィキペディア)


映画『シスタースマイル ドミニクの歌』予告編

WBC終盤にテレビが消える珍事件


(実際の観戦とは別です)

10日に続き、昨夜のオランダ戦は久々に野球が面白く盛り上がりました。

日本が1位通過 オランダを10-6

産経MSN2013.3.12 23:02

野球の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2次ラウンド1組の1位決定戦が12日、東京ドームで行われ、日本はオランダに10-6で勝ち、同組1位となった。日本は17日(日本時間18日)に米サンフランシスコで実施される準決勝で2次ラウンド2組の2位チームと、オランダは18日(同19日)に1位チームと対戦する。

2次ラウンド1組のMVPは井端(中日)が選ばれた。

日本は0-1の二回、阿部(巨人)の2本塁打などで計8点を奪い、逆転した。救援陣が七回に2点、八回に3点を失い、2点差にまで追い上げられたが、八回に長野(巨人)が2点適時打して試合を決めた。

2次ラウンド2組は米国、ドミニカ共和国、プエルトリコ、イタリアが出場してマイアミで12日(同13日)から始まる。

ところがである。珍事件が起きた。終盤ジャパンチームの攻撃に入ると、テレビ映像が突然消えたのだ。なんだ?とコンセントを入れ直したり、テレビのジャックをすべて確かめてみたが異常ない。

ブレーカーが降りたことなど、ここ数年は厳寒期でもなかった。ふと見ると部屋の片方の延長コードも消えている。これはブレーカーしかない。案の定、一箇所降りていました。漏電しているのかも知れないので気になる珍事件ですw

3月3日(日)ひなまつり

3月3日 ひなまつり
三姉妹にとっておめでたい日ですが、みんな成人して数年。雛人形を飾ることもなく・・・

自店サイト「蔵元・醸造元レポート」に、ワインツアーを更新しました。
https://sakezo.com/knowkedge-enjoy/wine-brewery-tour/
ワードプレスへショッピングカートをプラグイン無料のWelcartで作成中です。

これまで某ショッピングカートで利用してきましたが、ワードプレスでサイトとブログを構成して2年、ショッピングカートの連携を探していました。Welcartは承知しており、EC-CUBEなども登録はしていますが、

・使いにくいし、テンプレートなどが高価との判断
・手慣れたワードプレスと一元化できるので管理が容易なこと

スマホ動画をやってみた日曜の冬の朝

スマホではじめてビデオ撮影をしてみた。このブログのタイトルである当店がある祢布交差点です。

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BGMは「きみの朝」岸田智史

国歌「君が代」について思う

小中学生の頃は、国歌「君が代」をなんと歌いにくいんだろうとそう単純に感じていました。
中学3年から高校まで吹奏楽部で木管パートだったので、それは和音がないユニゾンなのが単調で演奏しづらいにかわって継続しました。日の丸と君が代はダサいなぁと思っていた方でしたw

世の中は、アメリカ映画や音楽全盛で、星条旗とアメリカ国家と比較して、日本はまだまだアメリカにコンプレックスと、あこがれを抱いていた少年のひとりでした。

二十歳過ぎると、十年はあっという間に感じます。今思うと、子供の頃は一年が長く感じられたと思います。戦後からだいぶたって生まれたように感じていたが、昭和32年生まれというと、まだ終戦から十数年しかたっていなかったんだと気がつきました。

国旗国歌をデザインや音楽の単なる好みだけで判断しがちですが、すぎやまこういち先生がおっしゃられています。

ドラゴンクエスト作曲者が語る君が代

国歌「君が代」について

1、「君が代」の成り立ち

 今から千数十年ほど前、延喜五年に出た歌集「古今和歌集」の巻7、賀歌の初めに「題
しらず」「読み人知らず」として載っているのが初めです。その後、新撰和歌集にも、和漢
朗詠集にも、その他数々の歌集にも載せられました。
 また、神様のお祭りにも、仏様の供養にも、酒宴の席でも、そして、盲目の乙女の物乞
いにも歌われました。
 これに曲がつけられたのは、明治2年10月ごろ、当時横浜の英国公使館を護衛するた
めに、日本に来ていたイギリス歩兵隊の軍楽長、ジョン・ウィリアム・フェントンが言い出し
たからということです。彼は、
「儀礼音楽が必要だから、何かふさわしい曲を選んだらどうでしょうか。」
と、当時薩摩藩の大山巌に進言し、それに基づいて、大山が数人と相談して、平素自分
が、愛唱している琵琶歌の「蓬莱山」に引用されている「君が代」を選び、その作曲をフェ
ントンに頼んだということとなっています。
 しかし、その曲は、日本人の音感にふさわしくないということになりました。1880年(明治
13年)、宮内省雅樂課に委嘱し、課員数名の中から奥好義の作品が選ばれ、一等伶人
(雅楽を奏する人)の林広守が補作して、発表されたのがこの曲です。これに洋楽の和
声をつけたのは、当時教師として日本に滞在していたドイツ人の音楽家フランツ・エッケ
ルトです。
 この曲については、次のようなエピソードがあります。日本の代表的作曲家山田耕作氏
は、若い頃ドイツに留学していました。その頃、ドイツの大学の音楽教授たちが、世界の
主な国歌について品定めをしました。その結果第一位に選ばれたのが日本の「君が代」
でした。
2、歌詞について

(1)「さざれ石の巌となりて」について

 「さざれ石というのは、細かい石のことです。さざれ石が固結した岩石を礫(れき)岩とい
います。つまり、さざれ石は巌になるのです。その順序はこうです。
 日本列島やアルプスやヒマラヤ山脈などのできかたをみると、大陸の周辺に地向斜と
いう細長い海ができる。そこに大陸から運ばれてきた小さな石(さざれ石)が堆積を続け
何千万年という長い間に、圧力で固結して岩石となる。そこが、やがて地殻変動で、隆起
して山脈となる。・・・という一連の現象が、地質学の造山論の骨子であります。地質学発
達以前にできた「君が代」が科学的にみて、現代の地質学の理論にピタリと合っているの
は不思議なくらいで、歌詞には非科学的なところは少しもないというのが地質学者の見解
です。
(2)「君が代は、千代に八千代に」について

 これは、「天皇の御代がいついつまでも」と言うような意味です。現代は、民主主義の
時代であるのに、天皇を讃える歌を歌うのは矛盾しているという考えもありますが、それ
は、表面的な解釈と申せましょう。
 現憲法の第一条には、
「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」
とあります。象徴という言葉を考えてみましょう。「鳩は、平和の象徴である。」というように
象徴とは、目に見えないもの表現しにくいものを、目に見えるような形に表したものです。
 天皇は、日本国民が一つに統合されるシンボルということになっています。したがって、
「君が代は、千代に八千代に・・・」の意味は、現憲法に照らしてみても、
「日本及び日本国民が、いついつまでも平和で栄えますように」
という意味になります。ですから、民主主義とは、少しも矛盾しないことになります。
 イギリスの国歌は、世界で最も古く有名なものですが、労働党内閣ができても、「神よ、
守れ、女王を」と歌っています。それで、民主主義と少しも矛盾しないことを、イギリス人
は知っているのです。
(3)「歌詞が小さい子供にはわからない」ということについて

 小学校の校歌でも、一年生や二年生にも全部意味が分かって歌えるような歌でなけれ
ばならないということになると、ある意味では、非常に幼稚な歌にならざるを得ません。だ
から、必ずしも歌というものは、全員が意味を完全に理解してから歌わなくてはならない
というものではなく、歌っていくうちに、だんだんその意味が分かってくるというものでよい
のでありましょう。国歌は童謡ではないのですから、ただ分かりやすい歌詞というだけで
は充分ではありません。
 日本を代表する歌の歌詞として、日本文化の中から生まれたもの、古くから人々に親し
まれ、しかも、格調の高いものであることが望ましいのでしょう。その意味でも、この歌は、
ふさわしいと言えるでしょう。
3,「君が代」と戦争について

 どこの国でも、戦争のときは国歌を歌い、その軍隊は、国旗を掲げて戦争をします。で
すから、どこの国の国歌も国旗も、みな戦争につながることになり、特に日本の国だけ戦
争の時、国歌を歌ったというわけではありません。戦争というものは、国の総力を尽くして
するものですから、どこの国でも国民の力を結集するために国歌を歌います。
 また、当然のことですが、「君が代」を歌えば、日本が再び軍国主義化するとか、戦争
につながるという議論は成り立ちません。 
 日本以外の国でも戦争をしています。それどころか、日本は世界の中でも戦争の少な
い国なのです。
 竹山道雄氏の「剣と十字架」によれば、1480年(文明12年-室町時代)から、1941年
の(昭16年)までの戦争の回数は、次のようになっています。
  イギリス 78回、 フランス 71回、  ドイツ 23回、  日本 9回 
 これによっても、日本は平和の続いた国だということが分かると思います。
 戦前、日本が軍国主義になり戦争になった原因は、平和を祈っておられる天皇陛下
の御心を思うことのできない一部の政治家や軍人、また、自分の利益のみを求める国
民の一部に原因があったといえるでしょう。
 天皇陛下が、平和を願っておられたことは、陛下の御製を詠むとよく分かります。アメ
リカとの開戦前、陛下のお気持ち尋ねられた時、日露戦争前に明治天皇が詠まれた御
製を繰り返し詠まれました。その御製とは、次のような和歌です。
 
 四方の海、みなはらから(同胞)と思う世に、など波風の立ちさわぐらむ

(海をへだてた我が国のまわりの国々は、皆兄弟だと思っているののに、どうして、互いに
敵として,憎み合い、戦争をしょうとさわぐのだろうか。)

4,国歌としての「君が代」について

 フランスの国歌は、初めから国歌として作られたものでも、定められたものでもないので
す。だんだん多くの人に用いられていくうちに定まったものです。
 これは、一例にすぎませんが、我が国の「君が代」の場合は、一つの法令が発せられ
ているから国歌であるとか、その法令が見当たらないから国歌でないなどと議論してこと
を決すべき性質のものではないでしょう。
 幾百年にわたって、広い地域で多くの先人に歌い継がれてきた「君が代」の和歌が、
興るべき時に際会して、稀世のメロディを得、世界に認められる儀礼曲となったもので
す。一千年を越す歴史の所産なのです。洋楽となってからも90年用いられて、今日に
至ったのです。
5,日本の国歌「君が代」と外国の国歌

 外国の国歌と比べてみましょう。外国の国歌は、戦争や血や敵などという戦闘的なイ
メージが多いのです。それに比べて、日本の国歌は、なんと平和な歌でしょう。
 初代の天皇陛下より、代々の天皇陛下は、日本国民を愛し、その幸せと日本国の発
展とを祈って来られました。それに対し、国民は、天皇様を尊敬し、お慕い申し上げて
きました。だからこそ、2千年以上もの間、この関係は続いてきたのです。
       日本国歌     
                                         
       君が代は、千代に八千代に

       さざれ石の巌となりて

       こけのむすまで         
参考資料
中国国歌                   アメリカ国歌
                     

立て、奴隷となるな            見よや 朝の薄明かりに
血と肉もて築かむ             たそがれゆく 美空に浮かぶ
よき国 われらが危機せまりぬ      われらが旗 星条旗を

今こそ 戦うときは来ぬ           弾丸降る 戦いの庭に
立て立て 心合わせ敵にあたらん    頭上を高く ひるがえる
進め進め 進めよや            堂々たる星条旗よ
                       
                        おお われらが旗のあるところ
                        自由と勇気共にあり    
  
                    
             「神の子の教育(下)」(日本教文社より)

http://ameblo.jp/sankeiouen/entry-11444027110.html

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