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丹波路の式内神社をまわって


丹波市青垣町東芦田の高座神社

昨日は7月1日の日曜日。小雨で天気は良くなさそう。5時に目が覚めて、注文をチェックすると暇そうなので、8時に出発し、丹波市と福知山市、綾部市の式内神社めぐりをしてきた。先々週、放送大学島根学習センターの2日間の面接授業のついでに、島根県松江市周辺と鳥取県西部の米子市へ行ってきたが、それ以来の神社巡りだ。

和田山と春日ICまでは、北近畿豊岡自動車道が完成して近くなった。下調べをしてスマホのカーナビで、ルートをまわっても、丹波市は以前に二度行ったが、丹波市青垣町に取りこぼしていた青垣町東芦田の高座神社と青垣町栗住野に芦井神社の古社地とされる蛭子神社があったので、柏原町と篠山市へ向かう途中、自動車道を一旦降りて、まずそこに寄ることに。小雨が降っている。雨足が激しくならなければいいのだが、ずっと降りっぱなしということもないだろう。高座神社は、山南町谷川にもあるのだが。


小鼓 蔵元

途中、市島町の神社に来た辺りから雨足が激しくなってきた。このまま柏原町から篠山市へ行く予定だったが、中止しようかなと思いつつ、日本名門酒会で30年来お取引している市島町の小鼓さんに立ち寄った。酒名は高浜虚子が命名したことでも有名です。あいにく西山会長はご近所の方と九州へ出かけているということで、奥様がいらっしゃいましたが、休みで誰もいない蔵の敷地を許可を得て撮影。

 

ここまでくると京都府福知山市のすぐ隣だ。福知山市内の帰路にある荒木神社、天照玉命神社を回って帰ることにする。某宇佐美のスタンドで日曜だからか女性スタッフが数名いてお客さんで一杯だった。カードが帰ってくるので、スタッフに別の機器に通してもらい、そこまでするならガソリン入れてくれてもいいのではないだろうかと考えつつ、慣れないセルフで2度めの補給をする。神社めぐりは神社の地元の方とのわずかながらのあいさつや会話も楽しい。次第に雨も上がそうなので、福知山市中の奄我(あむか)神社へ。晴れてきたので、綾部市北部へ変更した。初めて行ったが、過疎地でよくテレビにも出てくるが、谷あいが多くて広大で式内社は福知山市(旧天田郡:4座)より綾部市の旧何鹿郡は12座と多い。一口に丹波といっても、旧丹波国は広くて、一括りに回るにはルートがむずかしい。律令制が敷かれるもっと古くは丹波国は丹後にあたる今の京丹後市弥栄・峰山町当たりが中心で、丹波という地名が残っている。律令制により丹波から西部の但馬国が分かれて、さらに丹波と丹後の3つに分かれたのだから、たいへん広大であるし、式内社の数が但馬國:131座、丹波国:71座、丹後國:65座と全国的にもダントツに多い。「式内社の宝庫?」なのである。それは古く奈良以前から豪族と人々がクニを形成していたことの証左だ。

明治になり、西南部の氷上郡・多紀郡は兵庫県に、あとの大部分は京都府になった。柏原藩、篠山藩、福知山藩、山鹿藩(綾部市)、園部藩、亀山藩(亀岡市)など、元々それぞれ藩が分かれており、生活圏は異なるらしい。

式内社に限らず、有名神社はなるべく回ることにしている。例えば、春日町の舟城(ふなき)神社や鴨神社、福知山市御霊神社などだ。とくに城主が治めていた土地には、延喜式神名帳が作成された平安期以降に建立されたので、延喜式神名帳に記されていないが、むしろ大きくて立派な神社が多いし、地元では他にも知られた神社は数多いだろう。しかし、その土地土地の歴史から古い式内社は残された資料としてその価値に興味を持ったので、建築物の大きさや巨木のある神社、ご利益とかには、関心をしぼらないと回り切れないからだ。

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舟城神社や兵主神社では大きな輪が飾られている。但馬の神社ではあまり見かけないが、「茅の輪」くぐりというらしい。京都では「夏越の祓(なごしのはらえ)」を行うのが慣習となっていて、この夏越の祓では「茅の輪くぐり(ちのわ)」として多くの神社では茅(かや)を束ねてつくった大きな輪をくぐることで罪や穢れを祓うとして居るという。

高倉神社(綾部市高倉町)

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