西部邁『真正保守』が何であるのか考えてみる
遅まきながら関西なのでTOKYO MX「西部邁ゼミナール」を観ることができるとは知りませんでした。
この番組から『真正保守』についてそのヒントをまとめてみます。
「戦後民主主義の断末魔」
『続・言いたい放だい』 2008年11月1日放送
『保守』が何であるのかを教えましょう 西部邁ゼミナール 2009年10月24日
保守とは何なのか。
まず保守とは、保守の基本姿勢は、現状維持ではなく歴史保持である。古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること。伝統を保守する政治的立場であり、政治思想の一つである。具体的には20世紀初めに起きた第一次世界大戦後、共産主義、特にマルクス主義を含む社会主義の左翼的思想が現れるまでは、保守という言葉もなかった。左翼思想に反対する政治的立場である。単なる現状維持としての守旧や復古主義的な反動とは異なる。
それでは、「真正保守」とは何なのか。
城内実衆議院議員は自身のブログ(2006-04-20)「真正保守とは」で
http://www.m-kiuchi.com/2006/04/20/%E7%9C%9F%E6%AD%A3%E4%BF%9D%E5%AE%88%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%A8%E3%81%AF/
ところで、良く私城内実のことを保守主義者、時には右翼のように称する方々がいるが、実際はどうなのだろうか。自分でも分からなくなるときがある。革新的な保守主義者と思っているのだが。
ど真ん中の政治家でもやはり明確に、戦後の左翼思想に反対する保守とは異なる「真正保守」とは何なのかというと一言で言い現せないのだから、自分がそうだとうはいえないが、その言わんとされる真髄は分かる。
「真正保守」に定義はないが、保守主義者の中で、日本の伝統的価値観をより重視する人々が名乗ることが多い。
早く言うと、戦前の日本の国柄(国体)そのものである。
自分では、『論語』にある「温故知新」に通じる精神だと思うのだ。 「事故きを温ねて新しきを知ればもって士たるべし」、「歴史を深く追及することによって、現代への認識を深めていく態度、これは人の上に立つ人の資格である」である。また、直近では江戸時代に芭蕉が俳諧理念・哲学の一つとして説いた「不易流行」であると思うのだ。「不易」は永遠に変わらない、伝統や芸術の精神。「流行」は新しみを求めて時代とともに変化するもの。相反するようにみえる流行と不易も、ともに風雅に根ざす根源は実は同じであるとする考え。
日本
『司馬史観から脱却せよ』西部邁ゼミナール 2009年9月5日
明治の志士とは、乱暴にいえば要するに単細胞、無思慮
歴史的国柄
日本には国柄として民主主義があった
「万機公論」に決すべし
『維新』(restoration)
維新(いしん)とは「維新=これあらた」と読み、「維」は過去とのつながりで、「新」は「変革」の意味を持つ語句である。(restoration)はres再びstoration蓄える。
明治維新の原点は欧米諸国による植民地政策に対する抵抗運動(攘夷運動)に起源を持つ。アヘン戦争以後、東アジアで欧米による帝国主義の波が強まる中で、それまでの江戸の天下泰平の世の中(鎖国体制下の社会)を維持し、欧米の植民地となることを回避するという尊幕攘夷思想が高まった。しかし薩英戦争や下関戦争において欧米との力の差に直面したことにより、単純な攘夷論に対する批判が生じ、国内統一・体制改革(近代化)を優先して、外国との交易によって富国強兵を図り、欧米に対抗できる力をつけるべきだとする「大攘夷」論が台頭し、これまで強硬に夷論を主張してきた長州藩・薩摩藩も事実上開国論へと転向していくことになった。開港後は、改革に保守的な態度をとる幕府への不満や国学の発展によって強化されつつあった日本は神国であるというナショナリズムの発想の高まり、倒幕、尊皇攘夷論となって諸藩の志士や公卿によって支持され、国内の改革が叫ばれることとなる。
これに昭和維新とは、1930年代(昭和戦前期)の日本で起こった国家革新の標語として用いられた。
『革命』(revolution)ではない。
革命とは、主として民衆・被支配階級が主体となって超法規的手段によって国家・政府(支配階級)を倒し、国家体制を変更させることである。また、産業革命のように従来の思想や技術、方式がひっくり返る様を示す語尾にも使われる(なお、既存の技術や発想から飛びぬけた発展を革命的とも言う)。
1920年代から1930年代前半にかけては、戦後恐慌や世界恐慌による経済の悪化、排日移民法や張作霖爆殺事件などによる国際社会の不安定化などから、軍部急進派や右翼団体を中心に、明治維新の精神の復興、天皇親政を求める声が急速に高まった。特に政争を繰り返す政党政治への敵愾心が激しく、また天皇を外界と遮断して国を誤っている(と彼らには見えた)側近達への憎しみも凄まじい。代表的な事件としては五・一五事件、二・二六事件が挙げられる。
その苛烈な行動性とは裏腹に、思想自体は不可思議さを感じさせるほどの進歩性がある。二・二六事件における精神的指導者である北一輝の著した『日本改造法案大綱』は、男女平等・男女政治参画・華族制度廃止(当然、貴族院も廃止)・所得累進課税の強調あるいは私有財産制限・大資本国有化(財閥解体)・皇室財産削減など、まるで社会主義者の主張と見間違うほどの政策が並んでいる。また、この事件の主犯である磯部浅一によれば、日本の国体を「天皇の独裁国家ではなく天皇を中心とした近代的民主国家」と定義でき、「現在は天皇の取り巻きによる独裁状態にある」とする。
日露戦争や大逆事件(治安維持法が制定されるきっかけとなった)以前の日本を社会の閉塞感・国家と国民との隔たりを感じさせない理想国家として捉えるなど、戦後の知識人(司馬遼太郎や幾人かの親米保守系評論家など)にも通じる心情が見てとれる。
昭和(終戦)
日本国憲法はルーズベルトなど米国の社会民主主義者=民主党の解釈
自由主義・民主主義保守合同 自民党
戦後保守とは反左翼の感情論
日本の国柄をひきずる社民主義だった。
社会民主主義は自由・民主主義社会における中道左派思想の一つである。政治的目的としては、自由競争市場経済や資本主義経済により発生する、社会全体としての非最適および部分的に非最適な状況を議会や政府の管理と介入により解決し、実質・実態としての政治的・経済的・社会的な公正や機会平等、人権保護、環境保護、国際協調と国際社会との共生を追求する。現代的な社会民主主義は欧州で生まれ、冷戦期の西欧・北欧諸国で発展してきた政治思想である。
「機会の平等」ではなく「必要な者に支給」
平成
「経済学はもういらない」西部邁ゼミナール 2009年10月31日放送
小泉構造改革=竹中平蔵
日本国を考えないで、アメリカの数式化・数量化した経済学を取り入れて正しいのか。
民主党政権
「保守政治の未来、日本国家の近未来をどうするか」西部邁ゼミナール 2009年8月8日放送
民主党政権は、国柄のない社会民主主義による小泉改革の延長でしかない。
過渡期
2008以降、アメリカでもグローバリズム(マクロ経済学)と資金調達の金融・M&Aに対する反省が生まれているのに。
未来は数値化できない。
「地域主権,何のこっちゃ」西部邁ゼミナール 2009年9月19日放送
真正保守
「自由・民主主義をもうやめる」西部邁ゼミナール 戦後タブーをけっとばせ 2009年1月17日
明治の思想家西周がデモクラシーを「自由」「民主主義」と訳す。
映画「海の上のピアニスト」
船から下りたピアニストが限りなく自由なアメリカに耐えられないという。
日本では不自由を運命としそのなかで自由がある価値観がある。
自民党、民主党、その他 党名を変えたらどうか。
戦後の終焉
安倍元首相が掲げた「戦後レジームからの脱却」、西部邁氏は番組のタイトルを「戦後タブーをけっとばせ」としている。
勝手に造れば、「真正保守」とは「日本原理主義」だと思うのである。それは誤解なきように申し上げれば、宗教的な原理主義ではない。日本が十七条の憲法を制定したときに法による民主主義を形づくったとすれば、そこに日本主義の原点すなわち日本原理主義ともいえる政治思想が成立していたのである。
保守が何であるか、普遍的なものである。戦後史を徹底研究することだ。
もう一度立ち上がる志し持つ人間が集まる新しい国づくりをどうするか。
保守とは進歩しないことではない。
国柄に改革を行い続けること。
すべてを捨て去る革新にあらず。
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