南構遺跡(兵庫県豊岡市日高町久斗)について

いただいたパンフレットから

去る10月26日(土)、一般国道483号北近畿豊岡自動車道(八鹿豊岡南道路)の建設に伴い、豊岡市久斗(本籍は祢布)の南構遺跡の現地説明会が行われました。当日告知があったのかなかったのか、それもネットから知って毎日新聞一社のみでした。翌日現地へ行ったみました。

「清正公祭」と「日高夏まつり」

7月23日は「日高夏まつり」でしたが、本年から第四日曜日で28日(日)になります。

元々、起源は「清正公祭」清正公さんで、加藤清正公の命日です。立光寺には、熊本城主加藤清正公の墓所、熊本の本妙寺から木像を譲り受けお祀りして、清正公の命日である7月24日の前日に「清正公祭り」を行ったのが始まりと言われています』。
竹中江原区長と一緒です。

商工会青年部で夏祭りを長年携わり、いろいろ調べてレポート報告しました。その頃は、立光寺住職にお話をお聞きしたり、なんとか土日にすべきだと願いつつ、やはり祭りの由来は、加藤清正公の命日723日で替えられるものではありません。

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毎年晴れます宵田のゑべっさん

今年も但馬のゑべっさんで知られる宵田西宮神社のゑべっさんにお参りしてきました。
肌寒い天気でしたが、帰る頃は晴天になりました。そういや昨年も不思議と晴れでした。
行きすがら、東構区のお宮さんもお世話になっている出雲大社日高教会の宮司さんにお会いしたのであいさつもでき、おめでたい兆しです。
暗かった3年が終わり、春の訪れを祈願します。
昨年は熊手にしましたが、今年は米俵に。
日枝神社拝殿の御神酒(酒屋としては目が行きます)

鳥居に掲げられた日の丸

  

境内摂社 西宮神社 祭神 ゑびす大神     昨年の熊手を返納しました。

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西日本屈指の長さ 蘇武トンネルと但馬のトンネルの長さ比べ

蘇武トンネルを通ると、もういいだろうと思う長さをはるかに越えて長く感じる。トンネル好きならたまらないwww
一直線で途中照明が暗い部分がありちと注意すべし。最近気がついたが村岡出入り口はかすかにカーブして一直線ではないような気がする錯覚だろうか。
1km以上の但馬のトンネル

 

名称 路線名 延長 区間 竣工年
1 蘇武トンネル 国道482号 3,693 豊岡市日高町稲葉 – 香美町村岡区村岡 2003
2 遠阪トンネル(有料) 国道483号(近畿豊岡自動車道) 2,585 丹波市遠阪-朝来市柴 1976
3 香住トンネル 国道178号(鳥取豊岡宮津自動車道:香住道路) 2,041 美方郡香美町香住区丹生地-一日市 2005
4 七坂トンネル 国道178号 1,821 美方郡新温泉町(浜坂町)居組-鳥取県岩美郡岩美町陸上 2008
5 蒲生トンネル 国道9号 1,745 美方郡新温泉町千谷-鳥取県岩美町蒲生 1978
6 春来トンネル 国道9号 1,696 美方郡香美町村岡区柤岡-新温泉町歌長 1975
7 但馬トンネル 国道9号 1,256 養父市(関宮町)八木谷-美方郡香美町村岡区八井谷 1965
8 生野トンネル 国道312号(播但連絡道路) 1,234 朝来市(生野町)真弓-口銀谷 1991
南但馬トンネル 国道9号 1,224 養父市(養父町)上筒-養父市八鹿町朝倉 1992
9 朝来第二トンネル 国道312号(播但連絡道路) 1,132 朝来市(朝来町)元津-岩津 1999
10 土生トンネル 国道178号 1,087 豊岡市竹野町河内-美方郡香美町香住区土生 1993

 

 

「第45回 但馬歴史後援会」但馬史研究会

20111.5.22 「第45回 但馬歴史後援会」但馬史研究会
「祢布ヶ森(ニョウガモリ)遺跡を考える」 但馬国府・国分寺館 前岡 孝彰氏

見つかった施設・遺構から、大型建物跡などが確認されている。かなり大きな役所跡だった。
また、全国的にみても多数の木簡が見つかっており、当時の役人の業務が分かる。

 


祢布ヶ森遺跡と周辺の遺跡 「第45回 但馬歴史後援会」資料から

 

但馬の火山 神鍋山

神鍋山 万場から神鍋山を望む

わが日高町の神鍋(かんなべ)地区は、関西のスキー場として古くから知られるが、旧火山の神鍋山を中心に高原が広がり古来から人が早くから住み始めた。

兵庫県豊岡市日高町にある神鍋山は、大正時代に開かれた関西初のスキー場として知られています。約2万年前の火山活動でできたスコリア丘で、標高469m、周囲約750mの噴火口は深さ約40mの擂鉢状の草原になっています。北西隣の大机山、南東の太田山、ブリ山、清滝山といった単成火山とともに神鍋単成火山群を構成しています。周辺には同時代に生成された風穴・溶岩流・滝などがあり、同じくスキー場として知られる鉢伏高原(養父市)とともに早くから人が住み着いた遺跡や古墳が多数あります。

噴火した火山の火口跡が鍋のような形状から「神様のお鍋」という意味で神鍋山とついたのでしょう。これは上記のようにもともと「神奈備(かむなび)山」が訛って「かんなべ」となり、「神鍋」という字を当てたのではないかと思います。ゲレンデ名になっている岩倉という字名があり神奈備の磐座(いわくら)のことではないでしょうか。

気多人(けたじん)のルーツと思われる縄文人は、中国山地を尾根づたいに獲物を追ってやってきたとも考えられます。また、海水面が今よりも低かった頃、海岸づたいに転々と移り住みながら移動してきたと考えられます。

兵庫県内で古い遺跡が発見されたのは、温泉町畑ヶ平遺跡、養父町・但東町の尖頭器発見、 大屋町の上山高原で採集された一片の土器破片と、日高町神鍋ミダレオ遺跡(神鍋字笹尾・上野、標高330~360m-縄文早期までの複合遺跡)で見つかった爪型文土器、訓原古墳群、家野遺跡(旧石器/縄文集落跡)養父市別宮字家野(海抜6~700m、縄文早期までの複合遺跡)の2カ所です。2カ所は同じ山岳地帯で尾根でつながっています。人類は最初、山岳地帯から住み着いていました。

噴火した火山の火口跡を見つけた縄文人は、鍋のような形状から、「カネ・ナペ」、「神奈備(かむなび)」が訛って「かんなべ」となり、「神様のお鍋」、「神鍋」という字を当てたのではないでしょうか?!

このマオリ語のカネ・ナペとしても意味が通じるのです。これは神鍋山(かんなべやま)を神奈備と想定して、山神社、椒(ほそき)神社、雷神社の三つの名神大社を結ぶと正三角形に鳴ることに気が付きました。このトライアングルは、「三柱信仰」ではないか!と思うのです。

万場(マンバ)区は神鍋山から東に位置し、山田の奥神鍋スキー場と繋がるスキー場で、村落の氏神様が天神社です。てっきり名前から雷神社、山神社などとつながる古社のひとつだではないかと考えていたのですが、行く機会がなく初めて訪れました。境内の鳥居に天満宮と書かれてあり、したがって祭神はもちろん学問の神様菅原道真公です。

神鍋地区は古くは太多郷=旧西気村)で、鉢伏地区同様に意味不明の難解な地名の宝庫で、それだけ古くからの人が住み着いた歴史を感じさせます。神鍋(かんなべ)=カネ・ナペが訛った?、太田(ただ)、稲葉(いなんば)=イナパ?、山田(やまた)イヤマタ?、万却(まんごう)、名色(なしき)、万場(まんば)マパ?とポリネシア言語に近い発音です。この「まんば」は、マオリ語の「マノ・ポウ」、MANO-POU(mano=interior,heart,overflow;pou=pour out)、「水が流れ出す地中(のトンネル)」の転訛(「マノ」の語尾のO音が脱落して「マン」と、「ポウ」の語尾のU音が脱落して「ポ」から「ボ」となった)と解します。 →さらにまんばになったのでは?

くわしくは
http://sakezo.web.fc2.com/jomon6.html

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