ガラスのはなし

18・19日は放送大学の面接授業「ガラスの話」で、 国内有数のガラスメーカーである東洋ガラス(株)滋賀工場を見学。

日頃からお酒やグラスなど、ガラスとは切っても切れない商売をしているので、その製造元を見学できるこの授業を受けてみた。 東洋ガラス滋賀工場はびん専門の工場で、一升瓶、ビールびん、コーラビンからあらゆるメーカーの製品のびんを生産していて、その規模は日本トップクラスの規模だ。 ガラスは、メソポタミアやエジプトの時代から、容器として優れており長く使われてきた材料である。 しかし、重たくて、消費者には持ち帰り時代になって敬遠されてきた容器で、缶や紙パック等が開発されてきたわけである。

ガラス回収

 

  

回収は、酒屋にとっては切っても切れない間柄である。 しかし持ち帰りに便利な缶ビールやペット容器などに押されて、ガラスびんは毎年売上げを下げている。 重たくて敬遠されてきた(売る側も含めて)ガラスびん。 瓶を統一すればいいのだけど、企業としては、新しいパッケージを開発し、消費者にアピールしなければならない理由も分からなくもない。
しかし、様々なパッケージ商品が市場にあふれ、また過剰包装等により家庭内ゴミが増えるばかりである。 その処理費用のつけは、我々の税金なのだ。 地球環境を考えると、ビール瓶・一升瓶・牛乳瓶などのリターナルの王様のびんや、カレットリサイクル(空き瓶再資源)が大切であることを今回再確認できた。 この授業で、リサイクルや再利用できるガラスびんなど、「ガラスびん」は、太古の昔から使用されてきた容器であり、現在でも最も優れた容器であるということを改めて感じたのである。
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【おうみる】 「功名が辻」北近江一豊・千代博覧会へ-北国街道-2

北国街道だった通り

城下町はどこでもそうだが、長浜は碁盤の目に城下を区画した街。
駅前通をしばらく行くと、左手に土産物屋など賑やかな通りが。
長浜の中心エリアで、京都の町屋が並ぶ風情とよく似た古い家並みが残っていて、朝倉も柴田勝家、前田利家、秀吉も一豊なども、この街道を行き来した。秀吉や一豊の時代を偲ぶたたずまい。

一豊が千代に貰った十両を携え名馬を購入した木之本牛馬市は、この街道を北上した北国街道だそうだ。


安藤家邸

長浜は楽市楽座で町人衆が町の治世をおこなっていた。

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「功名が辻」北近江2-「黒壁スクエア」黒壁ガラス館


「黒壁スクエア」黒壁ガラス館

土曜日だからか大勢の観光客でとても活気がある。谷汲街道と北国街道との交差点にあたり、江戸時代からの町の中心地で、この一角に、明治33年、第百三十銀行長浜支店が建造された。

洋風土蔵造りに黒漆喰の壁という和洋折衷の様相から「黒壁銀行」の愛称で庶民に親しまれたが、昭和末、建物は解体の危機に遭遇。

それを聞いた長浜青年会議所や市民の間から、この地に息づく歴史と文化遺産を未来へ守り生かそうという気運が高まり、昭和63年、第3セクター「黒壁」が誕生した。この一角に、明治33年、第百三十銀行長浜支店が建造されました。洋風土蔵造りに黒漆喰の壁という和洋折衷の様相から「黒壁銀行」の愛称で庶民に親しまれていました。昭和末期、建物は解体の危機に遭遇。それを聞いた市民の間から、この地に息づく歴史と文化遺産を未来へ守り生かそうという気運が高まり、昭和63年、第3セクター「黒壁」が誕生したのだそうだ。

世界中のガラス作品を集めたガラスの殿堂「黒壁ガラス館」としてよみがえりました。

  

曳山博物館 400年以上の伝統を誇り、祇園祭、高山まつりとともに日本三大山車祭りの一つ。歴代の名工が装飾した絢爛豪華な曳山は“動く美術館”とも呼ばれ、重要文化財の見送り幕もある。祭りの一番の見どころは、江戸時代から続く「子ども歌舞伎」。華やかな衣装を身にまとった5~12歳の男の子役者が、時代絵巻さながら曳山を舞台に熱演する。その実際の曳山を収納展示。

今回は行けませんでしたが、日本で最古の駅舎「長浜駅」に次回は訪れたいものです。

Last updated 2006年07月31日

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