Categories: 小紀行

西谷古墳群


3号墳

四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)は、弥生時代中期から吉備・山陰・北陸の各地方で行われた墓制で、方形墳丘墓の四隅がヒトデのように飛び出した特異な形の大型墳丘墓で、その突出部に葺石や小石を施すという墳墓形態です。四隅突出型弥生憤丘墓とも呼称します。

  
出雲市の南東にある西谷墳墓群は山陰地域独特の形をした四隅突出型墳丘墓が集中しています。発掘調査の行われた3号墓では墓の上で祭祀が行われた様子がわかっており、出土品からは葬られた王が吉備や北陸地方とも交流をもっていたと考えられています。ここからは斐伊川や出雲平野を一望することができます。

また、神戸川の東には日本最大級の家形石棺を持つ今市大念寺古墳、精美な石室を持つことで知られる上塩冶築山古墳など、この地に君臨した王を葬った古墳を見ることができます。
山陰~北陸にわたる日本海沿岸の文化交流圏ないしはヤマト王権以前に成立していた王権を想定する論者もいます。また、島根県安来市(旧出雲国)に古墳時代前期に全国的にも抜きん出た大型方墳(荒島墳墓群の大成、造山古墳)が造営されていますが、四隅突出型墳丘墓の延長線上に築かれたものと考える人もあり、出雲国造家とのつながりを指摘されています。

2009/02/15
 
↑ それぞれクリックして応援していただけると嬉しいです。

kojiyama

Share
Published by
kojiyama
Tags: 古墳

Recent Posts

柔道世界選手権団体戦優勝おめでとう

柔道世界選手権団体戦が今夜行わ…

5年 ago

2019参議院選挙

参院選 自民党、維新しかまとも…

5年 ago

シニア世代であるけれど、シニアの定義は

私は今61歳です。ついこの前ま…

6年 ago

さらば韓国と財務省、NHK

あなたは日本人として、当たり前…

6年 ago

サイトを統合しました

カテゴリーが増えたために別UR…

6年 ago