毎月開催されるWordPressの兵庫県のグループである WordBench神戸
[兵庫] 第73回 WordBench神戸 〜Gutenberg & Git に触れてみるデー〜
に久しぶりに参加するため神戸へ行ってきました。阪神地区から28名の参加です。
2時からのミーティングまで、もうひとつやりたかったことがありました。
神戸市内で残っていた式内社保久良神社 兵庫県神戸市東灘区本山町北畑ザクガ原680 と
敏馬神社、その他に弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ)、湊川神社と生田裔神八社(六宮は明治初期に道路拡張のため八宮神社に合祀)をまわること。
予めGoogleマップに巡路を入れておき、効率よく廻るようにしたが、それでも4時間かかりました。
保久良神社は本山の狭い生活道路を登ると、途中から車両進入禁止になって整備されたハイキングコースになっているようで、日曜日ということもあり結構登山者が後を絶たない。須佐之男命・大国主命・大歳御祖命・椎根津彦命が祀られている。
社頭の灯明台の神火は「灘の一つ火」と呼ばれる常夜灯である。その言われは、日本武命が熊襲遠征の帰途、夜に航路がわからなくなった時、保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた事にあり、以来「沖の舟人 たよりに思う 灘の一つ火 ありがたや」の古謡通り、広く崇敬され、航海者の一針路となっていたそうだ。
弓弦羽神社 兵庫県神戸市東灘区御影郡家2-9-27
熊野三山である伊弉册尊・事解之男命・速玉之男命を祀っれいます。
羽生結弦選手と名前が似ていることでも有名になりました。日本酒の名産地である灘五郷にあり、氏子には造酒メーカーも多い。新年に菊正宗、白鶴、剣菱の奉納した樽酒がふるまわれるほか、メーカーの醸造祈願祭も行われる。
敏馬(みぬめ)神社 兵庫県神戸市灘区岩屋中町4丁目1−8
海側にある敏馬神社は、現在は素盞嗚尊を主祭神とし、天照皇大神・熊野坐神を配祀しており、江戸時代までは「牛頭天皇」と称していた。
本来の祭神はミヌメ神(美奴売神・敏馬神)であった。ミヌメ神はその神名から水神の弥都波能売神と同神とみられ、現在では境内社の水神社に弥都波能売神が祀られている。閼伽井あるいは三犬女清水と呼ばれる井戸がある。この女神の名を、敏馬とする説が有力。他に、柿本人麻呂の歌「玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島の崎へ 舟近づきぬ」からの発想であろうか、藻塩を製造する時に使用する海松(ミル)からとする説もある。(ウィキペディア)
岩屋は都から現在の大阪を経て、西国に船で向かうときの最初の宿泊港
湊川神社 兵庫県神戸市中央区多聞通三丁目1番1号
楠木正成を祭る神社。地元では親しみを込めて「楠公(なんこう)さん」と呼ばれている。建武中興十五社の一社で、旧社格は別格官幣社である。
楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。境内に楠公墓所があります。
生田裔神八社(いくたえいしんはちしゃ)とは、兵庫県神戸市の生田神社を囲むように点在している裔神八社のこと。
一宮神社 兵庫県神戸市中央区山本通1丁目
祭神 : 田心姫命
二宮神社
神戸市中央区二宮町3丁目
祭神 : 天忍穂耳尊 ・応神天皇
三宮神社
幕末に、この神社の前で神戸事件が起こった。境内に「神戸事件発生地の碑」が建てられている。3年前に訪ねたときは、参拝時間を過ぎていた。
神戸市中央区三宮町2丁目
祭神 : 湍津姫命
四宮神社(よのみやじんじゃ)
神戸市中央区中山手通5丁目
祭神 : 市杵島姫命
五宮神社(ごのみやじんじゃ)
明治時代、湊川神社の氏子社になりかけたが、生田神社社家先祖である海上五十狭茅の子孫の家が近隣にあったため、住民の申し出により、取り止めとなった。現在は、8社中一番標高の高い場所に鎮座しており、元は宇治川の氾濫原にあったため、現在地に移ったのではとの説がある。
神戸市兵庫区五宮町
祭神 : 天穂日命
道幅は大変狭く駐車場なし
六宮神社(ろくのみやじんじゃ)
神戸市中央区楠町3丁目 八宮神社の境内(明治初期に道路拡張のため八宮神社に合祀)
祭神 : 天津彦根命・応神天皇
七宮神社(しちのみやじんじゃ)
生田神社とは関係が無い長田神社の末社ともされ、前身はみぬ売神社とされている。元々は会下山南麓で、北風家が祀っていたといわれている。
神戸市兵庫区七宮町2丁目
祭神 : 大己貴尊・天児屋根命
八宮神社(はちのみやじんじゃ)
所在地 : 神戸市中央区楠町3丁目
祭神 : 熊野杼樟日命・素盞嗚尊
詳しくは「神社拾遺」に書く予定です。