W杯、日本と韓国の試合に熱狂する中国人
負けて大はしゃぎ、溜飲下げるそのワケは?
JBPRESS 2010.06.23(Wed) 加藤 嘉一
北京の地はワールドカップ一色で染まりあがっている。学生から社会人まで、勉強も仕事も手につかないようだ。
案の定、北京大学では「期末試験の時期に入った。学生諸君ワールドカップで頭がいっぱいのようだが、観戦もほどほどに留めるように。勉強を疎かにしてはいけない。夜更かしも禁物だ」などの指令が出ている。
多くの会社が出勤時間を平時の9時から10時半にずらしている。筆者の知人で、有名コンサルティング会社の社長は大のブラジルファン。彼は従業員にこう伝えている。
「ブラジルが勝った翌日は休日とする。仮にブラジルが優勝したら全員に給料ひと月分のボーナスを払う」
テレビ、新聞からネットまでワールドカップ一色
さすがに笑ってしまったが、このあたりに中国人特有のユーモラスというか、フレキシビリティーが体現されているような気がする。
マスコミの熱狂振りも半端ではない。テレビ、新聞からネットメディアまで、この時期はワールドカップで一本釣りという様相だ。ほかの番組や企画は原則後回し、ワールドカップの犠牲者と化している。
中国中央電子台(CCTV)のプロデューサーは言う。「この時期はだめだ。視聴率含め全部ワールドカップに持っていかれちまった」
筆者も犠牲者の一人として言わせてもらおう。最近『伊豆から北京へ』という本を出版した。7年前、何も持たなかった1人の少年が北京という異国の土地に飛び込み、ぶつかってきた道のりの内側を描いた。
輿論もかなり注目してくれており、この夏は拙書のプロモーションで忙しくなりそうな気配なのだが、ワールドカップのおかげで具体的なスケジュールが一向に決まらない。「スタジオが足りない」「紙面的に厳しい」「記者もデスクも足りない」。やれやれである。
単純な中国人はサッカーがお好き?
今回中国チームは出場していない。にもかかわらず、これだけの盛り上がりを見せるのはなぜだろうか。
中国一般大衆の間では、バスケットボール、テニスなど他球技、卓球・体操など中国が十八番とする競技と比べても、サッカーファンは圧倒的に多い。
14億も人口がいてそもそもパイが大きいのは当たり前と言えるかもしれない。サッカー独自のエキサイティングな魅力も関係しているだろう。
昨晩、北京在住の共産党幹部にこの疑問をぶつけてみた。すると、思いもよらない答えが返ってきた。
「言論の自由が保証されておらず、あらゆる教育で洗脳され続けてきた中国人民は単純なんだ。ただ愉快さを求める。非常時のお祭りに、酔っちゃうんだ。別にサッカーじゃなくてもいい」
日本と韓国の試合にはブーイングの嵐
広東省の公安幹部にも電話でワールドカップと人民の関係について聞いてみた。
「娯楽だよ。広東はそもそも博打が普及している地域だ。みんなカネ賭けて毎晩大騒ぎしてる、ほとんど仕事してないよ。パトロールや取り締まりで俺の仕事は忙しくなるけど、社会の安定という意味では、このあたりで人民のガス抜きができるのはいいことだ」
ガス抜きはガス抜きでいいのだが、その際にファンたちがナショナリズムをむき出しにするのは気になる。そもそも筆者が理解できないのは、日本・韓国戦になると、多くの、場合によっては大部分の人間が赤裸々にブーイングを浴びせる現実だ。
同じ北東アジアに属する国家である。日本も韓国もアジア代表として、世界の強豪を相手に戦っている。共に戦ってきたアジアの同志を応援しようという気持ちにはならないのか。どうやら、地域主義のようなアイデンティティーとは無縁のようだ。
韓国がアルゼンチンに1-4で負けた晩、筆者は外で飲んでいた。ある人気ビールバーは韓国大敗で歓声に溢れていた。通りすがりにも気分を害した筆者は、太った中年男性数人に突撃取材した。
韓国が負けて喜ぶのは当然じゃないか!
「あんたたち、そんなに韓国が嫌いなの?」
「あ、誰だおまえ!? もちろん嫌いだよ。俺たち中国を押しのけて出場しているんだ。負けてほしいと思うのは当たり前だろ!!」
「でも同じアジア人でしょ? 親近感とかないの?」
「おまえ何言ってるんだ? 頭おかしいんじゃないのか、おいみんな、こいつ狂ってるぞ!」
「仮に僕が日本人だって知ったら、君はどうする?」
「何!? お前日本人か? おい、こいつ日本人らしいぞ!!」
そうこうしているうちに男たちが詰め寄ってきた。胸倉をつかまれたところで若干焦ったが、日頃からテレビでコメンテーターを務める筆者は顔を知られているらしく、周りにいた数人が止めに入った。
仕事や生活に疲れた体のガス抜き
総括してみよう。中国人はなぜこれだけワールドカップに熱中するのか。サッカーファンが多いという基本的背景以外に、「お祭り最高」がある。日頃の仕事や生活で溜まった鬱憤と関係している。「ガス抜き」としての作用をもたらす。
もう1つはナショナリズム、と言いたいところだが、実際は単なるコンプレックスだ。
筆者が見る限り、ワールドカップという国際交流・平和の祭典としての舞台で、アジアを代表して戦っている日本や韓国を見下し、ブーイングを浴びせる彼らに、国を愛せる器があるとは到底思えない。
もう1つ軽視できない理由、それは、昨今において中国サッカー業界ではびこるスキャンダルの嵐である。
今年1月に出版され、瞬く間にベストセラーとなった『中国足球内幕』(中国サッカー内幕)がそれを象徴している。中国国内リーグでは八百長は日常茶飯事。数億円のカネが当たり前に動く。
中国のサッカー試合に八百長は日常茶飯事
不況で資金不足に喘ぐA市の政府幹部に、対戦チームが属するB市の関係者が「この試合負けてくれれば2億円を用意する」という商談を持ち出す。A都市幹部がチームの監督を説得する。監督はこの話を選手たちに伝える。案の定わざと負ける。
「成功報酬」として、2億円がB市政府に借りのある某不動産ディベロッパーから、A市政府にキャッシュで直接渡される。
これは筆者が直接関係者から聞いた話である。この手のスキャンダルが中国国民の間では公然の秘密となっている。
自分から挑発したとはいえ、ビールバーで絡まれた晩の帰宅中、歩きながらふと思った。自国が参加していないワールドカップに対する中国人の異常なまでの熱狂ぶりは、こうした国内サッカー界に対する嘲笑なのではないか。だとしたら、こっちはいい迷惑だ!
胸倉をつかまれ、少しだけ熱くなった。
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