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菅政権の展望は、経済感覚と安全保障で不確実

国際激流と日本
米国が見た菅首相は「鳩山よりはましな左翼の人」
日米関係は再構築へ、だが決して楽観視しない米国

古森 義久
JBPRESS 2010.06.09(Wed)

 菅氏が4月に財務大臣としてワシントンに来た時、アーリントンの国立墓地に出かけ、アフガニスタンなどで戦死した米軍将兵の墓に花輪を捧げた。それなのに、なぜどのメディアも報道しなかったのか?」

 米国務省の外交官だった知人が突然、電話をかけてきて、こんな質問をぶつけてきた。

 現役時代に日本を担当し、日本に駐在し、今は民間で金融関連の仕事をする米国人である。同時に、米側で菅直人氏の政治軌跡を知る数少ない日本専門家でもある。

 彼は自分の質問の意味について説明した。

 「アメリカで日本の今度の新首相を知る人間は極めて少ないが、共通の懸念がある。それは、菅氏がいわゆる左翼と見なされる市民運動の出身であり、日米関係や外交、安全保障に関与したことがなく、発言もしていないために、『反米』『反日米安保』の傾向があるのではないか、という点だ。その懸念に対して、菅氏が財務相としてでもアメリカ軍の対テロ戦争の戦死者の霊に弔意を表したことは、大きな意味を持つ」

 つまりは、菅氏の米軍に弔意を表するという、「反米」「反安保」のイメージを薄める行動は、日米双方でもっと広く知らされるべきだった、というのである。

誰であっても鳩山氏よりは「まし」

 日本の政治動向に詳しい前国家安全保障会議アジア上級部長のマイケル・グリーン氏も、菅氏の政治的な出自から来る懸念を明らかにしている。彼は6月7日に発表したリポートで、「菅氏は左翼の人であり、日本側の一部の識者たちは、菅氏の活動家のルーツを指摘して『極左』だったという表現をもする」と述べていた。

 グリーン氏はさらに「菅氏は村山富市氏以来、自民党に籍を置いたことのない初めての日本の首相だ」とも指摘する。その言葉の背景には、左翼出身への懸念、さらには未知への不安がにじんでいる。

 ただし、グリーン氏はその一方で「菅氏は実利主義と柔軟性をも特徴とするから、前任者が重ねてきた米国との無意味な摩擦は避けるだろう」という予測を述べ、「菅首相は対米政策一つを見ても鳩山由紀夫氏よりは円滑な軌道を歩むだろう」との見解を明らかにしている。

 鳩山氏の言動は対米関係に関する限り自己矛盾や朝令暮改を重ねたから、その後任者は誰であっても鳩山氏よりはましだろう、という認識である。

 この点は、オバマ政権の国家安全保障会議のジェフリー・ベイダー・アジア上級部長も似たような見解を表明した。同じ6月7日のワシントンのシンポジウムで演説し、質問に答えて次のように発言している。

 「菅氏は、前内閣がこの2カ月ほどの間に成し遂げたことを継続するはずだ。私たち(オバマ政権)の側が昨年の9月や10月に体験したような困難な状況に戻ることはないと確信している」

 「鳩山政権の閣僚たちは、普天間基地問題だけでなく在日米軍全体の必要性について疑問を呈することによって、アジア諸国の間に心配や警戒を引き起こした。鳩山首相下の民主党政権の外交政策は思考が極めて混乱し、ひどいくらいに見え透いていた。オバマ政権からすれば、誰が日本政府を代表して発言しているのかも、時には不明だった」

 ベイダー氏は、鳩山政権がいかにひどかったかを率直に述べ、「菅政権はそれに比べればましだろう」という趣旨を語るのだった。

 米国で現政権の代表が、ここまで日本の前首相を辛辣に批判し、「新首相はそれよりはよいだろう」と率直な見解を述べるのは異例である。米側の目に映った鳩山氏のパフォーマンスは本当にひどかった、ということだろう。だから「鳩山首相よりはまし」というのは、それほどの礼賛ではない。

 ベイダー氏はその上で菅新首相への前向きの評価を語った。

 「オバマ大統領は菅新首相との電話会談で元気づけられた。新首相は普天間基地問題に関する日米合意を守ると言明したからだ。これで、普天間問題の終結を宣言することこそできないが、新たな選択肢が生まれることはないだろう。日米合意を日本の内閣が認め、菅氏が認めたのだ。進展の方向はもう決まったと言える」

経済政策面の能力を疑問視する声も

 しかしウォールストリート・ジャーナルの社説は、菅氏に対してもう少し手厳しい評価を打ち出していた。
 「菅氏は鳩山氏よりは有能に見え、より明確な政策思考を有し、より強いリーダーシップを発揮してきたかもしれない。だが、普天間問題への自分自身の見解は不明だし、国家安全保障に対する考えも分からない。菅政権下で普天間基地移転が日米合意どおりに履行されるか、まだ予断は許されない」

 前述のグリーン氏のリポートも、この点については同様だ。「普天間移転に関する日米合意を実行するには、菅政権は沖縄での支持を再び取りつけなければならない。この実行は民主党を分裂させる危険さえはらんでいる」と指摘していた。

 さらに菅氏の経済政策面の能力を疑問視する声も少なくない。グリーン氏はリポートで以下のように述べる。

 「菅氏は日本の経済を成長させられるだろうか。彼は財務相になるまで経済政策については何も知らず、ポール・サミュエルソン著の経済学の入門書を買って、一生懸命に読んでいたと言われる。菅氏は反官僚のスローガンを声高に叫びながらも、財務大臣としては財務官僚たちに依存しきっていたという」

 前述のウォールストリート・ジャーナル社説も、菅氏の経済政策での能力欠如を指摘していた。

 「菅氏の経済感覚も、希望を持てるものではない。財務相としてデフレ対策を講じた時の彼の主戦略は、日銀を脅しつけ、すでに緩やかだった金融政策をさらに緩和するよう迫ることだけだった。菅氏は、日本経済を活性化する構造的な改革の具体案を持っているわけでもない。彼は最近、日本の財政赤字対策として消費税の増税を提案したが、現在のデフレ下での消費を抑制してしまう危険をはらんでいる」

 まあ、ざっとこんな調子なのである。

米国の期待をいつまで裏切らずにいられるか

 中でも米国が最も気にかけるのは、菅新首相が日米同盟をどう考え、特にその同盟の核心となる在日米軍のあり方に関連して、普天間基地移転をどう処理していくか、である。

 「鳩山首相のような態度を取り、すでに誓約された日米政府間の合意を破るようなことはあってほしくない」という一点だとも言える。

 日米安全保障に詳しいジム・プリシュタップ米国防大学教授は、「菅新政権に対してはとにかく静観する、ということだ。菅氏は今のところアメリカの期待を裏切らない路線を明確にしているが、まだ今後の展望は分からない」と論評した。

 日米安全保障関係を過去30年間も考察してきたジム・アワー元国防総省日本部長は、菅政権の課題を次のように指摘する。

 「菅氏はこれまでのところアメリカをほっとさせる言明を続けている。だが長期には、安倍、福田、麻生、鳩山という4代の日本の総理大臣ができなかったことを実行できるかどうかがカギとなる。それは『統治』ということだ。
 統治のためには、安全保障と経済の両面の円滑な運営が必要となる。安全保障に関しては、菅氏は前原誠司、長島昭久といった現実的な政治家の助言を重視すればよいが、やがては集団的自衛権の解禁までを迫られるだろう。となると、長期の展望は分からなくなる

 さて、以上のような米側の識者、メディアの見解を総括すると、米国の菅新政権への現時点での反応は以下のようにまとめられそうである。

 「鳩山首相が退陣して、ほっとした。菅新首相は未知の面も多いが、ひとまず日米危機の度合いは減った。しかし、菅政権の展望は、長期はもちろん中期で見ても不確実である」

集団的自衛権の解禁には、「第9条改正」が必要になってくる。

米国が「第9条改正」を突きつけてくる日
JBPRESS 2010.05.28(Fri) 古森 義久

(中略)

第9条に対する米国の意向が変化してきた

 しかし、日本が国際安全保障ではソフトな活動しかできない、あるいは、しようとしないという特殊体質の歴史をさかのぼっていくと、どうしても憲法にぶつかる。

 憲法第9条が戦争を禁じ、戦力の保持を禁じ、日本領土以外での軍事力の行使はすべて禁止しているからだ。現行の解釈は各国と共同での国際平和維持活動の際に必要な集団的自衛権さえも禁じている。

 日本の憲法が米国側によって起草された経緯を考えれば、戦後の日本が対外的にソフトな活動しか取れないのは、そもそも米国の意向のせいなのだ、という反論もできるだろう。

 米国は日本の憲法を単に起草しただけではなく、戦後の長い年月、日本にとっての防衛面での自縄自縛の第9条を支持さえしてきた。「日本の憲法改正には反対」という米国側の識者も多かった。

 ところが、その点での米国側の意向も最近はすっかり変わってきたようなのだ。

 共和党のブッシュ前政権時代には、政府高官までが、日米同盟をより効果的に機能させるには日本が集団的自衛権を行使できるようになるべきだと語っていた。

 一方、民主党側では「日本の憲法改正には慎重に」という態度が顕著だった。さすがに「日本は改憲すると軍国主義になる」とまで述べる人はいなかったが、「日本の改憲への動きは中国などが反対し、東アジアの安定を崩しかねない」などと警告する向きは珍しくなかった。

 しかし、オバマ政権の誕生から1年4カ月が過ぎた今、米国では「日本が憲法を改正した方が日米同盟のより効果的な機能には有利だ」とする意見が広がり、ほぼ超党派となってきたようなのだ。

「第9条は日米同盟への障害」は議会超党派の認識

 その例証は、超党派の議会調査局(CRS)が今年春に作成した「日米関係 ── 米国議会にとっての諸問題」と題する報告である。

 議会調査局というのは、連邦議会上下両院の議員たちの法案審議用の資料として種々の調査や報告をする機関である。だから民主党、共和党両方の議員たちが真剣な関心を抱いているテーマについて、一般的な意見を盛りこみながら詳しい報告を記していく。

 前述の日米関係についての報告は、その中の「軍事問題」という章で「第9条の制約」と題して、次のように明記されていた。
 「一般的に米国が起草した日本の憲法は、日本が集団的自衛にかかわることを禁止するという第9条の現行の解釈のために、日米間のより緊密な防衛協力への障害となっている」

 同報告は日本にとっての「集団的自衛」の説明として、「第三国に対しての米国との戦闘協力」と述べていた。日本側がこの種の協力を禁じている限り、日米防衛協力をより緊密にすることはできないという見解を「一般的」として提示しているわけだ。

 その見解をさらに他の角度から読めば、「日本の現行憲法が日米防衛協力の推進には障害であり、その防衛協力のためには憲法改正が必要だ」とする意見にもつながっていく。
 保守派のクリングナー氏が日本のソフトパワー政策を批判したのも、実は米国側全体のこうした潮流の変化があってこそ、だと言える。
 日本側としても今後も日米同盟の堅持という道を選ぶ以上、米国側から提起されがちな「憲法上の制約」をどうするのか、真剣に考えることが求められるであろう。

古森 義久 Yoshihisa Komori
産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員。1963年慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。72年から南ベトナムのサイゴン特派員。75年サイゴン支局長。76年ワシントン特派員。81年米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。83年毎日新聞東京本社政治部編集委員。87年毎日新聞を退社して産経新聞に入社。ロンドン支 局長、ワシントン支局長、中国総局長などを経て、2001年から現職。2005年より杏林大学客員教授を兼務。『外交崩壊』『北京報道七00日』『アメリカが日本を捨てるとき』など著書多数。

く。

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