中国の工場、自殺や労働争議頻発で賃上げへ
輸出競争力低下のリスクは回避できるか
JBPRESS 2010.06.10従業員の自殺が相次いだ中国のアイフォーン工場がさらなる賃上げを発表し、話題を呼んでいる。これにより、中国のほかの工場でも賃金が見直されることになり、やがては賃上げが中国全土に波及する。
その結果、国全体で商品価格が上昇し、中国の輸出競争力の低下につながる恐れがあると報じられている。アイフォーンの工場、賃金を2倍以上に引き上げ
台湾・鴻海精密工業は、傘下に製造会社の富士康科技(フォックスコン)を持ち、中国・深センの2つの工場で米アップルのスマートフォンや米デルのコンピューター部品などを製造している。世界最大のEMS(電子製品製造受託サービス)企業と言われ、グループの全従業員数は80万人に上る。
同社は6月2日、これまで1カ月900元(131.72米ドル)だった賃金を同月1日付で1200元(175.63米ドル)に引き上げたと発表した。しかし1週間も経たない6日の日曜日、10月から従来の2倍以上の2000元(約292.8ドル)にすると発表した。
背景には、ここ最近の中国の急速な経済成長と一人っ子政策による労働力の減少傾向があると米ウォールストリート・ジャーナルは伝えている。
富士康科技で自殺が相次いだり、ホンダの部品工場のような労働争議が多発しており、今、中国では、賃上げや労働環境の改善への圧力が高まっている。「もはや中国の安い労働力に頼れない」と郭会長
鴻海精密工業の創業者で会長の郭台銘(テリー・ゴウ)氏は、「我々は転換点を迎えた。もはや中国の安い労働力に頼ることはできない」と述べている。
「中国の製造、サービス業界は賃上げすべきだ。中国政府も、労働者が経済成長に応じた恩恵を受けることを望んでいる」(同氏)米ニューヨーク・タイムズの記事によると、同社の2つの工場の従業員数は40万人で、1カ月当たり平均5%が辞めていく。つまり同社は毎月2万人を新規雇用しなければならない状況で、賃上げは同社にとって従業員つなぎ留めの狙いもあるようだ。
ただ、こうした賃上げや政府による最低賃金引き上げ政策、そして将来の人民元切り上げがあると、Tシャツからスニーカー、コンピューターサーバーやスマートフォンに至るまで価格が上昇することになり、世界経済に及ぼす影響は大きいと、ニューヨーク・タイムズは分析している。
そして、「中国はこれまで世界の多くの企業の低コスト化に貢献してきたが、これで一つの時代の終わりが始まったのではないか」と伝えている。
中国が「所得倍増計画」を検討
中国政府は来年から始まる次の5カ年計画に、労働者の賃金を現在の2倍にする「所得倍増計画」を盛り込む検討に入ったと伝えられた。背景には、低い賃金に対する労働者の不満があるという。
彼らの不満を放置すれば社会不安を招く恐れがあり、政府はそれを懸念している。また政府は個人消費の底上げも狙っているという。中国経済における労働者の影響力は高まっているが、食品や住宅の価格が上昇しており、貧富の差が彼らの購買意欲に悪影響を及ぼしているからだ。
政府は、国内消費の刺激策としても賃上げを望んでいる。また低価格の輸出製品に依存しない国を目指しており、輸出企業により高度な技術を必要とする高付加価値製品への投資を増やしてもらいたい考えだ。
さらに政府は、企業の海外進出を後押しする「走出去戦略」を推進している。その一環として、巨額の費用を投じて自国のブランドをつくろうとしている。高度成長と労働力減少がもたらす賃上げ圧力や国家戦略など、複合的な要因が製造コストの上昇をもたらしそうだ。ニューヨーク・タイムズの記事では、Tシャツなどの低付加価値衣料品などが人件費の安いベトナムやバングラデシュに生産拠点を移すと指摘している。
その一方で、スマートフォンのような高付加価値電子機器は中国に残るのではないかと見ている。
輸出競争力低下というリスクを高付加価値製品への移行で回避する。同時に貧富の差の拡大を食い止め、国内消費は拡大する。これが政府の戦略のようだ。鴻海精密工業の郭会長が言うように、中国は大きな転換点を迎えたのかもしれない。賃金コストの上昇と労働環境の改善が起きてきたが、これは深センなど沿岸部である。低価格の輸出製品の工場は、もう見切りをつけてベトナムなど親日国へ移転を進めるか、ますます中国国内の内陸部へシフトしていくだろう。
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