生野義挙(生野の変)

5 生野本陣解散

  • kojiyama 
(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});

生野本陣破陣

10月12日午後10時、

●多田弥太郎

南らを説得できず、諦めた多田弥太郎は黒田興一郎と共に沢卿のいる生野の陣営に戻り、沢卿に但馬脱出を勧めた。各部署巡視の名目で逃走した沢卿のために、「軍備を整え再挙を謀らねば大和と同じ運命を見る」との意見に一致し、断腸の思いで解散した。続きを読む »5 生野本陣解散

3 挙兵

  • kojiyama 
十月十一日 沢卿一行は生野へ入る 十月十一日 沢卿一行は生野へ入る。 屋形村で合流した沢卿一行は生野街道を北上し、午後2時ごろに森垣村の延応寺に到着した。一行は京都の姉小路五郎丸とその主従であると言い、延応寺を休息所とし… 続きを読む »3 挙兵

6 終結

  • kojiyama 
生野義挙終結まで 10月14日 山伏岩の自刃 「山伏岩(自決岩)」 山口護国神社内 文久3年(1863年)10月14日 そのころ、小河吉三郎(大川藤蔵)は養父郡能座村のサケジ谷(朝来市山内)というところにいた。伊藤龍太郎… 続きを読む »6 終結

4 生野代官所占拠

  • kojiyama 
10月12日 生野代官所占拠 生野代官所跡(朝来市生野町口銀谷) 午前2時、陣容が整うと直ちに出陣の用意に取り掛かった。物々しい様相に丹後屋太田治郎左衛門は代官所に注進した。これを聞いた元締武井庄五郎はただちに密使を出石… 続きを読む »4 生野代官所占拠

2 生野義挙への動き

  • kojiyama 
生野義挙(生野の変)への前夜 文久3年(1863年)8月、吉村寅太郎、松本奎堂、藤本鉄石ら尊攘派浪士の天誅組は孝明天皇の大和行幸の魁たらんと欲し、前侍従中山忠光を擁して大和国へ入り、8月17日に五条代官所を襲撃して挙兵し… 続きを読む »2 生野義挙への動き