養父市

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養父(やぶ)・八鹿

桜井勉『校補 但馬考』には、 風土記曰く、古老伝え云う。この地その昔民家なくして竹藪(やぶ)のみ。故に藪と云う。今養父と云うはその訛りなり。この郡民家豊かにて、竹木多し。 この風土記とは『国司文書 但馬故事記』のことであろう。その第三巻・養父郡故事記に、但馬と養父・八鹿の名の起こりが記されている。

養父市立大庄屋記念館(旧長島家住宅)

母方の墓参で母と叔母を乗せて養父市大塚へ。帰路養父市小城の大庄屋記念館(旧長島家住宅)へ立ち寄った。ここの長島家に先々代が大塚中島家から嫁がれたそうだ。母や叔母が子供の頃は法事で来たことがありまだ住まわれていたそうだ。 養父市小城の裏山高台にある。江戸時代後期に出石藩の大庄屋を勤めた長島善右衛門の時代に母屋が建てられたことから大庄屋記念館と呼ばれている。敷地と建物は養父市が長島家から寄贈を受けて、 […]

【たじま昔ばなし】 おりゅう柳(養父市八鹿町九鹿)

むかしむかし、今の養父市高柳(やぶしたかやなぎ)の北の山に一本の大きな柳の木がありました。もう何百年もそこに立っているような、とても大きな木でした。 山の北側にある九鹿(くろく)には、おりゅうという近所でも評判のきれいな娘がいました。おりゅうは高柳の造り酒屋へつとめに通っていて、その行き帰り、いつも決まってこの大きな柳の下でひと休みをし、長い髪(かみ)をとかしなおしていたのでした。 ある日のこと、 […]

【たじま昔ばなし】 妙見の臼 (養父市八鹿町妙見)

はるかに遠い昔。八鹿(ようか)の妙見山(みょうけんさん)に、妙見菩薩(みょうけんぼさつ)がお下りになったころのことです。 網場村(なんばむら)に森木三右衛門(もりきさんえもん)という人が住んでいました。三右衛門は妻と二人暮らしでしたが、信心のあつい働き者でした。 ある夜のことです。三右衛門が仕事を終えてねようとしていたところ、とんとんと戸をたたく音が聞こえました。 「こんな夜ふけにだれだろうか」 […]

【但馬の城ものがたり】 八木氏族 宿南(しゅくなみ)氏と宿南城(養父市八鹿町宿南)

宿南氏の祖という三郎左衛門能直は、八木新大夫安高の孫にあたり、養父郡宿南庄(養父市八鹿町宿南)に宿南三郎左衛門能直(初代?)の長男重直を宿南庄に置いていましたが、康永年間頃(1342-45)、宿南太郎佐衛門信直によって築城し、地頭館を山に移したといわれ、田中神社附近に居館址が残る。宿南城に拠って中世の但馬を生きた。 宿南氏は朝倉氏、八木氏、太田垣氏らと同じく、古代豪族日下部氏の一族です。日下部氏は […]