豊岡市日高町

1/6ページ

気多郡道場・久斗の市場

気多郡(今の豊岡市日高町)は但馬国の国府が置かれた場所で、『日本後紀』延暦23(804)年正月の条に、「高田郷に遷す」という記述が残っており、気多郡のおそらく国府地区周辺から高田郷に移転したのは、袮布ガ森遺跡から多量の木簡などが見つかり間違いないこととなった。現在豊岡自動車道八鹿日高道路建設に伴う南構遺跡調査が行われており、古墳や但馬国府の役人らの居館跡ではないかと思われる遺構が見つかった。

南構遺跡(兵庫県豊岡市日高町久斗)について

いただいたパンフレットから 去る10月26日(土)、一般国道483号北近畿豊岡自動車道(八鹿豊岡南道路)の建設に伴い、豊岡市久斗(本籍は祢布)の南構遺跡の現地説明会が行われました。当日告知があったのかなかったのか、それもネットから知って毎日新聞一社のみでした。翌日現地へ行ったみました。

1 6