豊岡市

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豊岡の近代化遺産・城下町界隈

とよおか市民学芸員養成講座第九回 「豊岡の近代化遺産」 講師:松井敬代さん(豊岡市教育委員会主幹) 日時:平成26年11月16日10:00-12:00 とよおか市民学芸員養成講座第9回に参加してきました。 ポカポカした陽気に恵まれ、近代化遺産と京町の城下町界隈に残る遺産を歩いてまわりました。

山名持豊と九日市守護所

「武家列伝」さんの山名氏によると、 山陰地方に大勢力を築いた時氏らは、南朝方と呼応して文和二年(1353)には京に攻め入り、京を支配下においた。そして、直義の養子である直冬に通じて義詮方と対抗した。以後、直冬党として幕府と対立を続けたが、貞治二年(1363)、安芸・備後で直冬が敗れて勢力を失うと大内氏につづいて幕府に帰順した。帰順の条件は、因幡・伯耆・丹波・丹後・美作五ケ国の守護職を安堵するという […]

【たじまる】大生部兵主神社(奥野・市場)

郷土歴史家で有名な宿南保氏は、『但馬史研究 第31号』「糸井造と池田古墳長持型石棺の主」の投稿で次のように記しています。 天日槍ゆかりの神社は円山川とその支流域である出石郡・城崎郡・気多郡・養父郡に集中しており、また兵主神社という兵団もしくは武器庫を意味する神社が全国的に多くはないのに式内兵主神社がこの4郡に7社もある。 その中で大が冠せられているのは式内更杵村大兵主神社(養父郡糸井村寺内字更杵= […]

【たじま昔ばなし】 五社明神の国造り(豊岡市小田井)

大昔、まだ豊岡(とよおか)のあたりが、一面にどろの海だったころのことです。 人々は十分な土地がなくて、住むのにも耕すのにも困っていました。そのうえ悪いけものが多く、田畑をあらしたり、子供をおそったりするので、人々はたいへん苦しんでいました。この土地を治める五人の神様は、そのようすを見て、なんとかしてもっと広く、住みよい所にしたいものだと考えました。 そこで神様たちは、床尾山(とこのおさん)に登って […]

【たじま昔ばなし】 鼻かけ地蔵(豊岡市楽々浦)

昔、但馬(たじま)の楽々浦(ささうら)の村に、貧しい漁師の男が住んでいました。毎日、楽々浦であみを打って働いていましたが、暮らしは少しも楽になりません。そんなある日、男の夢にお地蔵様があらわれて、こんなふうにおっしゃいました。 「私は、大水にさらわれて、楽々浦の底にしずんでいるのだよ。暗いし冷たいし、その上ここにいたのでは、人々を救うこともできない。どうかおまえの力で助けておくれ」 ふしぎな夢もあ […]

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