大東亜戦争

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大東亜会議とアジア諸国 学校で教えてくれなかった近現代史(46)

アジアに広がる独立への希望 日本の初戦の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への夢と勇気を育てました。東南アジアにおける日本軍の破竹の勢いの進撃も、現地の人々の協力が合ってこそ可能でした。もともと親日家だったタイに加えてシンガポールなどで日本軍の捕虜となったイギリス軍のインド人兵士の中からインド国民軍が結成され、日本軍と協力してインドに向けて進撃しました。インドネシアやビルマでも、日本軍の指導で […]

大東亜戦争(太平洋戦争) 学校で教えてくれなかった近現代史(45)

真珠湾攻撃 1941年12月8日、日本海軍はアメリカのハワイにある真珠湾基地を攻撃し、アメリカ太平洋艦隊と陸軍の航空部隊に全滅に近い打撃を与えました。この作戦は、アメリカの主力艦隊を撃破して太平洋の制海権を獲得することをめざした者でした。同日、日本陸軍はマレー半島に上陸し、イギリス軍を撃破しつつシンガポールをめざして侵攻しました。 日本は米英に宣戦布告し、この戦争は「自存自衛」の為の戦争であると宣 […]

第二次世界大戦のはじまり 学校で教えてくれなかった近現代史(44)

ナチスドイツとヨーロッパの戦争 第一次世界大戦の敗戦国ドイツは、1933年ナチス党のヒトラーが政権の座につき、ゲルマン民族血統主義によるユダヤ人を迫害する一方で、武力による領土回復と拡張を進めました。ドイツはソ連と不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに電撃的に侵攻し、これをソ連との密約により両国で分割しました。イギリスとフランスは、ドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まりました。 […]

中国をめぐる日米関係の悪化 学校で教えてくれなかった近現代史(43)

目的不明の泥沼戦争 中国(当時は支那)との戦争が長引くと、日本は国を挙げて戦争を遂行する体制をつくるため、1938(昭和13)年、国家総動員法が成立しました。これによって政府は議会の同意なしに物資や労働力を動員できる権限を与えられました。またこの時期には言論の統制や検閲なども強化されました。 中国大陸での戦争は長期化し、いつ終わるとも知れませんでした。和平工作の動きもありましたが、戦争継続を求める […]

二・二六事件から日中戦争へ 学校で教えてくれなかった近現代史(42)

二・二六事件 1936(昭和11)年、桂園時代以来久しぶりに任期満了選挙が翌年2月に20日行われ、民政党205議席、政友会174議席で民政党が第一党に返り咲いたほか、社会大衆党が22議席と躍進しますが、選挙結果に示された民意を反映する方向への変化はまったく起こりませんでした。 1936(昭和11)年、2月26日早朝、陸軍の青年将校の一派が1400余の兵士を率いて、首相官邸や警視庁などを襲撃しました […]