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第1章 1.アメノヒボコの日槍と日矛

2018/09/23
 
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アメノヒボコの日槍と日矛

『日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」の漢字が違う点は、上記のように「記紀」の頃にも矛・槍の区別は必ずしも当時明確ではなかったようで、ヒボコが日槍・日矛であっても、すべて「ほこ」と読まれているように、まだ「字」が存在しなかった頃の「アメノヒボコ」という名は先にあって、その口伝を後に伝来してきた漢字で表記するようになった時代である。ヒボコの漢字に「記紀」でその区別はなく、違いに深い意味はなさそうだ。

記紀は初めての国史として、伝来してまだ間もない漢字に当てはめて書いたのだから、記紀においてでさえ、人名や神名に用いられている漢字は様々で、漢字自体にこだわりすぎる意味は薄いように思える。

本題に入る前に、まず初歩的なほこやりの違いを知っておきたい。

『古事記』では「天之日矛」、『日本書紀』では「天日槍」、他文献では「日桙」と記されている場合もあるが、どれも読み方は「アメノヒボコ」である。共に7世紀に天武天皇の命令によって編纂された書物である。記紀の違いについては、その後、天武天皇が突然亡くなってしまったため、古事記の編纂は中断。およそ30年経った711年に再開され、和銅5年(712年)に稗田阿礼が語り、太安万侶が筆記、編纂して完成した。全3巻からなっている。元明天皇に献上された天皇家の歴史を中心として物語風に国内向けに書かれており、日本人に読みやすいように漢文体を組み替えた「日本漢文体」というのが使われている。

『日本書紀』は国外向けに国家としての日本のアピールとしての公式な史書として、皇族、官人らが中心となって編纂。舎人親王により養老4年(720年)に完成した。天地開闢から持統天皇までを年代を追って出来事を記す編年体で漢文で記されている。全30巻+系図1巻。また、古事記の参考文献は「帝紀」と「旧辞」だけですが、日本書紀では豪族の墓記、政府の公的記録、個人の覚書、手記、百済の文献など多くの資料を参考として編纂されたようです。

『古事記』は槍(ヤリ)を日槍(ヒボコ)と読ませているのに意味があるのか。

古代の人名地名や特に神様の名前(神号)などは、漢字で書くと記紀等でも様々な異なる漢字表記がある。カタカナやひらがなが作られるまでは漢字と万葉仮名といって漢字をカナとして併用していたので、天日槍と天日鉾記紀や他文献でヒボコにどの漢字が用いられていたとしてもこだわるべき意味はなく、どれが正解というものでもない。また記紀完成の頃、奈良時代初期の和銅6年(713年)には「畿内七道諸国郡郷着好字」(国・郡・郷の名称を佳い漢字2字で表記せよ)という勅令が発せられている(「好字二字令」または「好字令」という)。それまで旧国名、郡名や、郷名表記の多くは、大和言葉に漢字を当てたもので、漢字の当て方も一定しないことが多かったので、漢字を当てる際にはできるだけ好字(良い意味の字。佳字ともいう)を用いることになった。適用範囲は郡・郷だけではなく、小地名や山川湖沼にも及んだとされる。

国名の例 倭→大倭(大和)、田庭・旦波→丹波、多遅麻→但馬、稲葉→因幡、針間→播磨、津→摂津、近淡海→近江、遠淡海→遠江

郡名の例 小田井県→黄沼前県→城崎郡、氣立県→気多郡、籔県→養父郡、比地県→朝来郡、水石・御出石県→出石郡、美伊県→美含郡、伊曾布県→七美郡、布多県国→二県国→二方国→(但馬国へ併合)二方郡

「アメノヒボコ」についても同様で、漢字の解釈に固執するのはあまり重要ではないと思う。また読みづらいので現在では教科書などでは人名はカタカナで表記される事が多い。これも良し悪しでカタカナやひらがな表記は、かえって意味がわかりにくくもあるのだが、ここでも以下は通常「アメノヒボコ」「略してヒボコ」とする。

といいつつ、あえて脱線するかもしれないが、せっかくの機会なので、拙者も勉強のために矛(ホコ)と槍(ヤリ)の違いを知っておきたい。

1.青銅製武器の種類 矛(ほこ)と槍(やり)の違い

日本と中国において矛と槍の区別が見られ、他の地域では槍の一形態として扱われる。考古学的には、矛(ホコ)・槍(ヤリ)・戈(クヮ)に区別される。

弥生時代の遺物としては、矛が多数出土しているが、槍はほとんど出土していない。福岡県前原市三雲から弥生後期とみられる石棺から出土した鉄の槍がみられる程度だ。

左が槍、中央は銅鐸、右が矛(荒神谷博物館 島根県出雲市斐川町 にて拙者撮影)

2.矛と槍の形状の違い

矛と槍は、槍や薙刀なぎなたの前身となった両刃の剣形の穂に、長い柄を付けた武器で、敵を突き刺すのに用いる。矛は先端が丸みを帯び鈍角の物が多いのに対し、槍は刃が直線的で先端が鋭角である。矛は日本では「鉾」や「桙」の字も使用されるが、ここでは矛の字で統一して記述する。

矛は金属の穂の下部に中空の袋部があり、そこに枝の木を差し込むもの。それに対し、槍は金属の羽の部分に木に差し込む部分(なかご)がついており、それを枝の木に差し込んで装着するものをさす。

余談だが、かまぼこ(蒲鉾)は板の上に白身魚のすり身にでんぷんなど副原料を加えて練ったものを盛り付けたものだなのに、なんで鉾なんだとと疑問に思う。これは古くは材料を竹の棒に筒状に巻いて作っていたからである。のちに板の上に成形した「板蒲鉾」が登場し、区別のために「竹輪蒲鉾」と呼び分けていたが、竹を抜き去った竹輪が一般的になる。今でも棒付きのままで売られる竹輪こそ蒲鉾の原型である。

3.装着方法

つまり、矛と槍は装着方法に違いがある。枝を金属の方に差し込むのが矛、金属を枝の方に差し込むのが槍である。
また、戈(クヮ)は、鳶口とびぐちの形のように、穂と直角に近い形で枝をつけるものをいう。農機具として平たい刃になったものが現在でも利用される鍬である。戈は槍と同じく、茎を枝の木に差し込んで装着する。

4.剣と刀の違い

つるぎかたなの違いは、剣が両刃、刀が片刃であること。長い刀を大刀、短刀を刀子(長さ30cm以下)として使い分けている。奈良時代の頃までの刀は直刀で、湾曲した日本刀になるのは平安時代以降のことである。

 

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