兵庫県立考古博物館 -体験-『銅鐸を壊す』


兵庫県加古郡播磨町大中

銅鐸破壊実験見学のため、かねてから一度訪ねてみたいと思っていた兵庫県立考古博物館に行って来ました。
豊岡市から播磨町へは兵庫県(本州)の北端から南端です。播但連絡道から加古川バイパスで行くのが正統ですが、節減のため時間的に余裕もあったので豊岡自動車道の氷上までの無料区間から国道175号線で行きました。
加古川バイパスがすでに無料になっているのを忘れていたのですが・・・。
いつ行っても加古川平野は周囲が平坦な丘陵で道路がゆっくりとカーブし方向がつかめません。
兵庫県の考古学の拠点として2007年10月13日に開設され、兵庫県教育委員会埋蔵文化財調査事務所も 神戸市兵庫区荒田町から兵庫県立考古博物館へ移転しました。

 

下に伸びる手をイメージしたシンボルマークがいいです。

県指定重要文化財の深田遺跡出土品(豊岡市日高町)の木簡や「但馬」と記された墨書土器が保存してあり、実物を見たかったのですが、訪ねてみると定期的に常設展示ではないようで特別公開があるそうです。
国指定史跡大中遺跡の隣接地にあり、この史跡を整備して「播磨大中古代の村」として公開・管理する役割を担うとともに、従来の展示物を観てもらうという展示物主体の博物館ではなく、来館者に参加し体験してもらう新しいスタイルの参加体験型博物館として設置運営されており、常時体験学習を実施してされています。


昨日何げに兵庫県立考古博物館のHPを見ていたところ、2月8日(日)にこの実験が行われるというので、兵庫県立考古博物館(兵庫県加古郡播磨町大中500)に行って来ました。豊岡市久田谷遺跡は当住処からすぐのところで、全国でも珍しい破壊銅鐸片が見つかった場所です。どのようにして上手に正方形に切り刻んだのかは謎です。

-体験-『銅鐸を壊す』
弥生時代のナゾ、壊された銅鐸に迫る!
講演と破壊実験:
兵庫県立考古博物館 館長 石野博信先生
銅鐸(どうたく)はナゾに包まれた弥生時代の祭器です。兵庫県の豊岡市の久田谷遺跡では粉々に破壊された銅鐸が出土しました。このような祭器の破壊行為は銅鐸を祀る“宗教的な行為”が否定されたと考えられます。しかし、どうやって破壊したのか実態がよくわかっていません。今回は復元した銅鐸をつかって破壊方法を検証してみます。
破壊実験に用いるレプリカ銅鐸
1 朝日銅鐸(愛知県:弥生時代中期末から後期初期)
レプリカ成分:神於(こうの)銅鐸(大阪岸和田 弥生時代中期)
(銅68.96% 錫15.45% 鉛5.63%)
4つのパターンでレプリカ銅鐸を破壊する。
Ⅰ:カケヤで叩く
Ⅱ:焚き火で加熱(10分)後、水をかける
Ⅲ::焚き火で加熱(10分)後、カケヤで叩く
以下パターンⅢを繰り返す

  

現在470点あまり確認され、その分布は北部九州から東海地方に及ぶ。弥生時代前期から後期にかけて出現。
破壊銅鐸:兵庫の豊岡市久田谷遺跡(県内4例:宍粟市岩野辺・豊岡市九日市・姫路市大井川第6地点)をはじめ大阪・岡山・鳥取・香川・奈良・滋賀・愛知・静岡・長野など30例あまり確認されている。

  

  
いろいろ試した結果、Ⅱ:焚き火で加熱(10分)後、水をかける
Ⅲ::焚き火で加熱(10分)後、カケヤで叩く、
でついに割れました。しかし、久田谷銅鐸のようにきれいに細かくは砕けませんでした。
ますます謎です。

2009/02/08

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