夫婦別姓反対・家族の絆を守る国民大会

鳩山内閣の支持率が30%にまで下降を続けている。また、自民党の支持率が戻らない、こればかりを報じている。しかし、問題は他にある。この内閣はでたらめで体をなしていないことだ。一刻も早く解散させなければ国民にプラスに働かないばかりか子ども手当などで負債がかさむだけである。

民主党はマニフェストに載せていない「外国人地方参政権」「選択的夫婦別姓」「人権擁護法案」という数々の憲法に関わる危険な法案が、国民に知らされず国民投票にもよらず、強行採決によって可決されようとしています。マスメディアは憲法の国民主権に抵触する国家にとって危険な法案を伝えようとしない。

それに中心的に関与している千葉景子法相は、就任以来法相の職務である死刑を執行していない。死刑制度廃止に賛否はあるが、現行制度上は何人も殺人を犯した極悪な重罪人には最高刑として死刑が定められており、廃止が決定されていないなか、個人の思想で法務大臣の職務を停止していいものではない。それならば最初から法務大臣の任命を受理しなければ良かったのではないだろうか。職務怠慢である。

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
     平成22年(2010年)3月23日(火曜日)
        通巻2915号 
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 普天間基地問題は米軍の居直りでお終い
  もっと懸念すべきは新党乱立で民主党が漁夫の利、小沢の高笑い再び?
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 普天間基地移転はすでに橋本政権のときに決着をみている。
 外交の基本問題は継続性であり、相手といったん約束したことを政権が変わったからといって覆すのはベトナムとか、アフガニスタンの前近代の政治となんら変わりはなく、国際政治の信用を得られない。

 米国はすでに鳩山政権を見限っており、どう騒ごうが、せせら笑っているだけ。普天間基地で居直りを決めれば、それで済むことである。
 奇妙なことに中国もこの問題では東京の動きを欣快とはせずワシントンの反応をみている。

昨今の米国の対応はと言えば鳩山ブレーン寺嶋某の根回しのための訪米では誰も会見に応ぜず、オバマ大統領はコペンハーゲンでも鳩山首相との会見を拒否、キャンベル次官補の訪日キャンセル、極めつきの冷たさ。
次の日米首脳会談も流れる見通し。

 鳩山政権がなした失敗の数々は取り返しがつかないほどに日本の対外信用を失墜させ、これからの日本の存在そのものを危殆に瀕せさせた。
 かくも耐え難き存在の軽さ!

 第一に敵と味方を見誤った。同盟国=米国と敵対し、教科書、歴史認識などで本来の敵である中国の軍門に下り、アジア諸国を日本から離反させた。

 これは外交史上にのこる愚挙である。
 
 第二に日本の伝統を踏みにじり、天皇伝統に背を向けて、外国へ祖国の権益を売り渡した。外国人参政権問題ばかりではない。いわゆる「子供手当」は外国人のたとえば研修生で子供が外国にいても適用される。一方で日本人の失業者には対策らしきものがない。大学新卒の雇用機会は失われ、企業は倒産寸前、トヨタは世界に孤立しているのに自国のことより外国のために汗を流し、自国民の失業対策に動く気配さえない。

 第三は閣内に「外国の代理人」のごとき人々を引き入れ、国家解体プログラムの工程表でもあるかのように日本の古き良き伝統をひとつひとつ破壊し続けている。

 かろうじて国民新党亀井大臣の存在が破滅から一歩、政権の毀損を回避させている。

 ▲「国連中心主義」は悪魔の陰謀の隠れ蓑

 男女共同参画の延長線上から発想されたのが、フェミニズムの暴走。つまり夫婦別姓である。

 子供の人権から発想されたうえに選挙対策のばらまきが重なったのが、子供手当。友愛と国連の平和が重なって出てきたのが東アジア共同体。
 いずれも仮面であり、裏面に潜む日本解体の謀略はものの見事に隠されている。

 これらは「国連中心主義」という戦後日本の主体性の欠如を欺瞞的におぎなってきた他律に政治が逃げているからで、自国の救済という政治本来の目的を見失うと、こういう子供じみた発想しか浮かばない。
 国連は幻想にすぎない。

 それにしても鳩山首相は「耐え難い存在の軽さ」と証明する、劣化日本を代弁する存在である。かれはスタンフォード大学で確率理論を専攻したことは知られるが、論文はモロトフ理論を敷衍したものである。
 当該理論の概要はと言えば「過去の出来事に囚われず直近の出来事だけでものごとを決定し、近未来を予測する」ところになる。
あろうことか、これを政治決定にも応用し、鳩山首相はそれで次の方針を決めるのだ。

つまり過去五十年の安保体制は考慮の対象からはずし、直近の政権交代、マスコミの報道、世論の変化、沖縄の感情と党内事情を判断材料として、普天間基地の見直しを決める。情勢の変化でころころと方針が変わるが、長期的ヴィジョンはない。

 これは天気予報の判断材料として十二分に応用されている。天気予報が十二時間以内のことはほぼ正確に当てるが、七十二時間となるとこころもとなく長期予報は殆どがはずれる。というより一週間以上の予報は出せない。

 鳩山は政治家になるべきではなかった。天気予報士になっていれば、おそらく日本一だったろう。小沢は不動産、それも投機的不動産業がもっともふさわしかっただろう。

 政治を志してはならない指導者に日本は舵取りを任せている。国が滅びに向かうのも宜なるかな。

 ▲保守新党に国民の期待が集まるのは当然だろうが。。。

 鳩山邦夫のフライング=新党結成構想はご愛敬にしても、保守の本命=平沼新党がモタモタしている間に中田宏、山田宏らの新党「志民会議」が参議院選挙直前の新党結成が本格化した。

 くわえて渡邊ジュニアの「みんなの党」が十議席獲得を射程に動く。
ほかにも与謝野、桝添らが新党結成の動きを見せており、国民の多数は保守新党への期待を漠然と抱いている。

 けれども現時点で見る限り近未来は却って暗い。

 なぜなら保守新党の乱立は反小沢票を明瞭に分散させるため、選挙区の仕組みから分析すれば民主党が漁夫の利を得るチャンスが大きくなる。
ふたたびの小沢の高笑いが聞こえるようだ。

あまつさえ読売新聞のナベツネあたりが盛んに永田町の舞台裏で画策するのは新保守合同。この鵺的で隠微な流れは危険である。なぜならナベツネは共産主義をまだ捨てていないからである。

数をたのみに民主党を野党においこむお膳立てとする向きもあるが、でてくるのはたとい小沢民主を少数派に追い込んでも、でてくるのは民主党にたぐいするリベラルのお化けでしかあるまい。

 自民党の復活はシナリオとしても、問題外だろう。

スポーツ選手、芸能人、美人すぎる市議なんぞ。真面目な候補者を選定する能力が希薄であり、そもそも谷垣新総裁は党を主導する能力に欠ける。桝添ら左翼勢力を党内で暴れさせるだけで、数人の落伍者さえ思いとどまらせる組織力、求心力を無くしたようだ。

 ▲救国統一戦線の提唱

組織というものは裏切りを許さない筈であり、三島由紀夫がいみじくも言い残していったように党に不満があれば切腹するのが武士の作法。民主へ走った議員を報復する力もない組織は、自壊せざるを得ないのではないか。

 だが、自民党を日本国家・民族の理想を糾合する共同体の代弁者と考えること自体が間違なのである。

とうの昔からタレント議員をそえて数あわせだけを目標として、基本の綱領だった改憲を言わなくなり、いや国家国民を語る政治家は稀となり、大事なことを先送りし、業界団体に票割りを繰り返して多数派だけが目標としてきたわけだから自民党は利益共同体に成り下がっていたのだ。

とうに理想やイデオロギーや政治理念を投げ捨てて、目先の利益誘導のためには党中枢を極左に明け渡し、宗教セクトとも野合してきた。

 すると次の参議院選挙で考えるべきことは「救国統一戦線」である。
 少数選挙区では自民党を含めての保守合同で民主党を完敗へと導かなければならず、比例区でそれぞれが保守新党としての候補を立てるというような喫緊の対策が選挙戦術上に必要だろう。

常軌を逸し危険な鳩山民主党体制
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          東郷 勇策

国民投票制の法整備を!

政権交代を果たして以来のここまでの約半年間、民主党及び鳩山政権の
予想されていた通りの特殊な実態が多々見えてきました。

根幹政策において当に常軌を逸した存在であることが益々明らかです。
うんざりするほど多くの問題点があり、枚挙に遑はありませんが、ここ
では、私が根本的に容認できないと確信する問題点だけに絞ってみましょ
う。

 1.理念なき、無定見な国家防衛・安全保障政策

元自民党から極左までの、数集めを旨とした、野合の集団であるため、
国政の根幹であるべき国防・安保に関する統一理念を結党時から構築で
きていず定見もない。

従って、国益の確保・護持という意識が希薄で、日米安全保障条約の軽
視や亡国的法案制定への意欲に繋がる。

在沖縄米軍基地問題の対応に見られるが如く、我が国土・国民を護るべ
き責任感がまるで見えない、当に政権担当の資格に欠ける政党である。

 2.コミンテルン体制の亡霊に支配される左翼体質

自由民主主義に完敗し、冷戦体制の崩壊と共に消滅した筈の共産主義の
亡霊が、雌伏の時を経て民主党という政党の中に蘇ってきている。
その志向する方向は、共産主義社会であり又、一党独裁体制であるある
ことが判然としている。自治労や日教組といった支持母体にもそれは顕
著。

 3.反国民的そして亡国的体質

自民党に対する小沢幹事長の強い怨念を背景にしているのか、常に党利
党略優先で、国民権利の擁護者としての姿勢も意識も見えない。「生活
第一」はポピュリズムゆえのスローガンに過ぎないことは、同党が推進
に努力する政策から明らかである。

 A)国家・国民の安全を護る、 B) 国益・国民権利を擁護する、 C)
民主主義の下、自由で豊かな社会を築き維持し発展させる・・・この3つ
は、我が国の国政の根幹であり、政権選択投票に於いて最大の考慮を払
うべき肝要な判断基準であると私は信じて疑いません。

長い歴史と豊かな伝統・文化を誇る日本という国を現在の国民に保障し
そして子々孫々に引き継ぐために、必要不可欠な条件です。

如何なる美辞麗句・撒き餌を並べ立てられようとも、根幹に関する判断
を誤って妥協することがあってはならないと考えます。

その意味で、政権掌握後に露呈したこの内閣の問題点から、民主党の昨
夏の総選挙がもたらした政権交代は、豊かさに安住し深く考えることも
なく利害得失を判断の基準とする愚民が撒き餌に釣られた結果であり、
実現してはならないものでした。

小選挙区制がもたらした、民意と実態以上に乖離した結果でもあります
が、私が信奉する民主主義の根本的な欠陥がここにあります。さりなが
ら、民主主義に代替し得る政治制度は考えられず、国民の覚醒、意識の
深化を願うしかありません。

自民党長期政権の結果、政官業の癒着が常態化し、腐敗が多発したこと
に人心が倦み、現状打破が求められたことは良く理解でき、ある程度は
共感もできましたが、私は、この根幹3点に照らしての総選挙での民主党
支持の危険性を訴え続けました。

偏向したマスコミの煽りに近い報道に影響された所為もあるのでしょう
が、悔しいことにかなりのインテリ層でも、「ここは政権交代しかない」
の一点張りで耳を傾けてはくれませんでした。

外国人地方参政権の問題を訴えても、「えっ、そうなの?しかし、そん
なことより現状変革が大前提だ」と一蹴された結果が、現政権の“体を
なさない政権”の姿です。

空母建造など、支那の異常なまでの軍備拡張には強い警戒感を抱かざる
を得ませんが、為政者が無警戒であることが理解不能です。台湾併呑だ
けが目的ではなく、大いなる野望が潜んでいると見るのが常識的でしょ
う。

戦前に我が国に国土を蹂躙されたと歴史を捏造して反日教育を推進する
共産党独裁国家の指導層が、心底に何を考え意図するのか最大限の警戒
を向けて情報収集に努め分析し、対策を講じるのが為政者の義務です。
それにも拘らず、支那に阿る対応を続け、普天間問題の解決をたな晒し
にして日米安保を危機に陥れ、防衛費を削減するなど、狂気の沙汰と言
わざるを得ません。

地球上では友愛は夢物語、笑顔はいつでも戦争に豹変可能であり、お花
畑の空論は亡国に途を開くものです。

永住外国人への地方参政権付与法案、外国人住民基本法案、子供手当て
の対象拡大など、この政権が心を向ける対象は自国民が主ではないよう
です。現実世界から遊離した観念上の世界で理想論を弄び、善意を披瀝
しては自己陶酔しているに過ぎないため、擁護すべき国民の権利を毀損
する方策に血道を上げていることも理解できないのでしょう。

選択的夫婦別姓法案を閣法として上程すべく首相自ら亀井大臣を説得し
たことが明らかになりましたが、国民の半数以上が反対するゆえにマニ
フェストに記載することも憚った「家族崩壊法案」になぜ斯くも熱意を
示すのか、不思議でなりません。

コミンテルンが画策した我が国の戸籍制度破壊に繋がることは、自明の
筈です。

耳障りの良い政策である子供手当や高校授業料無償化も、大きな問題を
含みます。子育ては本来、親の義務であり、社会全体の義務と言うのは
同意できません。財源を顧みない「ばら撒き」政策は、国の将来に禍根
を残しかねません。

厳しい経済情勢の下で限りのある税収の下での血税投入は、困窮家庭の
教育資金の補助に限定するとか保育所の増設に投入するとかでないと、
国民の理解は得られないでしょう。

外国人労働者が本国に抱える養子を含む子供への手当というのは、余り
に恣意的で野放図な血税の乱費であると私には思え、ましてや、我が国
の公的支配下にはない朝鮮学校の生徒への授業料無償化は明確な憲法違
反であり言語道断の暴挙です(加えて、北朝鮮の方針に従っての反日的教
育とか拉致問題との関連といった問題もあります)。

このような政権は一日も早く退陣してもらいたい!

我が国ではスイスのような国民投票制は法整備されていませんが、国論
を二分するような問題、或いは多数の国民が反対していると見られる提
案の法制化は、国会議決によるのではなく、国民投票を実施して決すべ
きでしょう。

小選挙区制による議席配分は、実態と大きく乖離する危険があり、結果
が民意であると考えるのは大きな齟齬をきたす可能性があります。
小沢一郎を始めとする民主党幹部の強権的な姿勢には、「数の力」に依
拠して民意を無視し、法案成立を強行しかねないという恐怖感さえ覚え
ます。

一定数(或いは割合)の国民の請願に基づいて実施するという形での国民
投票制の法整備は、保守、リベラルの何れにとってもメリットがあると
思われ、受容可能であろうと期待します。尤も、国を想う人間には議論
の余地のない全うな提案であろうと自負するのですが・・・。

ブログ「台湾は日本の生命線!」 永山英樹(台湾研究フォーラム)
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/
民団新聞「参政権要求」への反論―懸念される韓国人「事大主義」の中国への呼応
ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1093.html

■鳩山首相は韓国スターと参政権を語ったか   

在日韓国人社会で低下する求心力を回復するため、外国人地方参政権の獲得運動を強化しているともされる在日本大韓民国民団。日本に「相互主義」を押し付けるため、先ずは本国に要求して、在韓外国人への選挙権の付与を一度だけ「試行」する法律を制定させたのだから、大変な勢いだ。
日本生まれの李明博大統領は在日韓国人への選挙権付与は必要ないとの考え。同じように理性ある在日も多いとされるが、そうした常識的考えなど、一顧だにしていない。

二月二十五日には日本人女性にもそこそこ人気の韓国人男優、李瑞鎮(イ・ソジン)さんを民団広報大使に起用した。日本人の民団への警戒心を解くためのソフトパワー行使の策略と見られている。

鳩山由紀夫首相の夫人も大ファンの一人だ。三月十七日には李瑞鎮さんを首相公邸に招き、夕食をご馳走した。その際鳩山首相はこの広報大使に、参政権付与に関するいかなる約束をしたのだろうか。
実は李瑞鎮さんは広報大使の就任前から夫妻と交友関係にあるらしい。民団による起用とそれとは、はたして無関係か。

■「参政権反対」運動は「攘夷」だと

参政権付与に反対する日本国民に対する民団の批判は強烈だ。民団新聞(三月十七日)の「『攘夷』か『開国』か再びの日本―桜田門外の変から150年」(原文ママ)と題する記事を見てもそう思う。

幕末期、水戸の志士たちが、勅許を得ずに外国と条約を結んだ井伊大老を桜田門外で襲撃した壮挙から二十四日で百五十年を迎えるわけだが、記事は「攘夷と開国の間で凄まじい葛藤があった往時と、永住外国人地方選挙権問題で見せる現在の日本の姿はよく似ている。ミニチュア現代版といって過言ではあるまい」と書く。

つまり「永住外国人が日本の安保を阻害するかのように主張する反対運動は特に、幕末の攘夷運動をほうふつとさせずにおかない」と言うのである。

もちろん攘夷運動を讃えているのではなく、盲目的なテロ行為と見た上での批判だが、とにかくこうした乱暴な見方に満ちた文章だ。

■民団は「内なる外圧」を演じている

たとえば、
―――日本人はよく、第1の開国=明治維新、第2の開国=敗戦後の復興の、その決定的要因はともに外圧によるものであり、自らの未来ビジョンとして積極的に打ち出したものではないと言う。

―――そして、こうした歴史的経緯を踏まえながら、日本自らが積極的に国際的な共生時代と向かい合い、内なる国際化を進めようとの「第3の開国」論をオピニオン・リーダーらが唱え始めてからも、相当な期間が経過してしまった。

これらはご都合主義の主張といえよう。民団は自ら「内なる外圧」となって、「第3の開国」なるものを求めているのではないのか。

■日本を「ガラパゴス化」から救うとか

―――しかし、この第3の開国論は現実的な要請に基づくものだけに、時を追って力強くなっている。

「現実的な要請」があると主張するが、いったい如何なる「要請」なのか。そのキーワードは、「グローバル化を阻む『ガラパゴス化現象』からの脱却」だとか。

―――あのゾウガメやイグアナで有名なガラパゴス諸島は、どの大陸からも隔絶されているため、独自の進化を遂げた固有の生物が多い。その独自性がゆえに、また外部との交流が閉ざされているがゆえに、他所で生き抜く術を持たない。今では急な環境破壊によって、絶滅の危機すら憂慮されている。

日本に関して「絶滅の危機すら憂慮」とはずいぶん極端な表現だが、在日韓国人が参政することで、日本はその「ガラパゴス化」から免れることができるのか。

これは誰もが抱く疑問だろう。

■本国政府に対してすべき日韓「共生」の要求

しかし記事は続く。

―――ガラパゴス化現象から脱却するために、まず世界に対して門戸を開き、自らも世界に出て行く。競争に勝ち抜くというより、世界と共生していく発想が要求されているとする。

だが「共生」と言うなら、まず本国政府に日本との共生を求めるべきだろう。たとえば竹島の不法占拠の停止を要求し、対馬領有の主張を撤回させるべきではないのか。

それをしないからこそ、在日韓国人への参政権付与が危険視されるのだ。

■「ゾウガメやイグアナ」はむしろ韓国人

そもそも日本は十分、世界に「門戸」を開いている。韓国に対しても交流優先、摩擦回避の姿勢で、竹島問題や歴史問題等で、精一杯妥協姿勢を示し続けている。在日韓国人に対しても、寛大すぎるほどの特権を与えているはずだ。

ガラパゴス化が心配されるとすれば、日本以上に韓国の方だろう。もっと「外部との交流」をしてはどうか。日本との歴史観交流であるとか・・・。
マスコミが天皇陛下をわざわざ「日王」と呼ぶのも、国際儀礼上、早急に改めるべき韓国の「独自性」だ。

東南アジアでも北米でも、韓国出身者は、日本出身者よりも評判が悪いとされるが、それはやはり「ゾウガメやイグアナ」のような「独自性」を改めることができないためではないだろうか。

■見習うべき在日台湾人の懸命な努力

こんなことも書いている。

―――これまでの第3の開国論は主として、外国人を活用する立場のみから論じられ、外国人の自尊心は顧みられていない。

民族意識を煽って砂の如き国民をまとめるべく、日本を「敵国」に設定して「活用」し、日本人の「自尊心」を傷つけてきた本国政府こそを非難するべきだろう。

―――地方選挙権を求める永住外国人を、日本の内なる国際化を進めるカウンターパートと見る視点が欠落している。

「カウンターパート」と見られたければ、本国と自分自身らを先ず糾した方がいい。

在日台湾人の多くは日本の社会、国民の文化、価値観、感情を尊重することに懸命な努力を払い、日本人との信頼関係を築いてきた。在日韓国人にもそうした努力を行う余地がまだ残されているのではないか。

■石原都知事に噛み付く場合か

変に難しいことも書いている。

―――既存の諸構造が流動化しているのに新たな理念が確立できない状況は、民族・国民の誉れの真の代表を自認もしくは僭称する者たちが、アイデンティティを特定の目的に動員し、異質な他者を排撃しようとする動きを生みやすい。

これだけ読めば、韓国や中国の排外運動のことかと思うが、実は日本のことを言っているのだ。

―――日本にもそうしたアイデンティティ・ポリティクスの傾向は根強くある。外国人を公然と敵視する言動を続け、外国人の騒擾を想定して陸海空の自衛隊を動員した石原都知事のパフォーマンスはその典型だ。

これはおそらく二〇〇〇年四月、石原慎太郎都知事が陸上自衛隊の記念式典で、「三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返しており、大きな災害では騒擾事件すら想定される」と発言したことを指すのだろう。

当時在日韓国人の間で、「三国人」の三文字に反撥の声が上がったが、石原氏はたぶん、もっと「凶悪」な別の国の人々を指していたはずだ。それでもヒステリックに噛み付くことが、韓国人の「独自性」だと言うなら、これはもはや仕方あるまい。

もしあの時、在日韓国人が誇り高く、「大災害の際、我々は日本人とともに救援、復興に協力する」と訴えていれば、日本人との「共生」の道はさらに広がったと思うのだが、残念である。

■韓国人らしい歪んだ日本人観

―――永住外国人地方選挙権をめぐって、「朝鮮人は出ていけ!」と連呼し、付与推進議員に恫喝を加えるウヨクを煽り、永住外国人が日本の安保を阻害する存在であるかのように決めつける付与反対論者も同類である。

竹島、対馬、歴史観等の問題で本国の政府、国民を批判しない限り、在日韓国人は「安保を阻害する存在」と見られる。これも仕方のないことだ。
―――日本人を自分たちの価値観に基づく《日本人》として固めるために外国人をスケープゴートにし、永住外国人をますます周辺に追いやろうとする言動を攘夷と言わずして何と言うべきか。

これなどは「韓国人を自分たちの価値観に基づく《韓国人》として固めるために日本人をスケープゴートにし」てきた韓国人らしい、歪みきった日本人観だ。

江戸時代を見ても戦時中を見ても明らかなように、日本人は外国が及ぼす国家への脅威に危機感から平和ボケから目覚め、それで初めて攘夷思想を激発させてきた。穏やかに社会秩序を守る在日外国人に対してなら、無闇に攻撃などしない。

だからそれに続く以下の主張、つまりこの記事が一番言いたい部分だが、これもやはり聞くに値しない。

―――これは必ず、過激分子が桜田門外で井伊直弼を襲撃したように、日本社会への刃となり、第3の開国を遅らせて日本の未来を危うくする。

■運動停止で「敵」でない証を

日本人は永住外国人にさまざまな特権を与えても、「ますます周辺に追いやろう」などとはしていないはず。選挙権付与の反対派ですら、「選挙権が欲しければ国籍の取得を」などと親切に勧めているわけだが、それでも「攘夷」だと日本人を非難するなら、その前に自分たちが、在日韓国人は日本に仇なす「夷」などではないと、身を以って示すべきだろう。

そしてその証の第一歩となるのが、外国人地方参政権の要求運動の取り下げだ。
まず日本の憲法が参政権付与を禁じている以上、それを重んじるべきである。
そしてさらにはこの日本社会を、すでに数では在日韓国人を上回っている在日中国人の影響力から守るためにも、外国人参政権に反対しなければならない。

■中国の前での日韓連帯が共生の道

中国側は国威発揚のため、長野の聖火リレー現場と同様、ソウルでの現場でも大量の中国人を動員したが、あの光景を想起するべきだ。

中国人の暴力行為は長野よりもソウルで熾烈だったが、あれはもしかしたら日本人以上に、韓国人を見くびっていると言うことではないのか。中国人が韓国人の中国に対する抜き難い事大主義を知らないはずがない。

明治時代の日本人が脅威としたのは清国やロシアだけではなかった。そうした大国に擦り寄る韓国人の事大主義もまた然りだった。

こうした経験から、中国の脅威が今後ますます増大化するなか、一つの懸念が日本人の間で抱かれることだろう。

それは「韓国や在日韓国人は、またも中国に同調し、呼応し、寝返って、日本を裏切るのではないか」と言うものである。

民団をはじめ在日韓国人は、日本人と連携して中国の動きを警戒するべきだ。「韓国人はあくまでも日本人とともに東アジアの平和を守る」との意志を示し、日本人の不安を解消し、信頼を抱かせてはじめて、真の日韓「共生」の道が開かれるのではないか。

拙者註

弥生時代に日本列島にやってきたのは中国の秦・漢人が戦乱から逃れて遼東半島などから船出して、朝鮮半島づたいに半島南部に住み着き、同様に対馬・壱岐・九州北部に住み着いたのだ。もう一つのルートは、中国江南(長江南部の上海付近から南)から台湾、沖縄など南西諸島、九州南部からで、そのころ半島にも日本にもまだ国は成立していないから人びとはボーダーレスで、朝鮮半島、日本列島に文字(漢字)、水田稲作、鉄器、織物、木造建築、米による酒つくりなどを伝えた。しかし半島から伝来したというのは朝鮮半島からみた考えで、今日の国家像からみる固定観念であり、単なる通過点に過ぎないのだ。

当時魏志倭人伝にある倭人と呼ばれていた人びとは、国境などなかったころの東シナ海一帯の文化圏に住む人びとのことであると思われている。国家が成立後に半島から渡来してきた人びともいただろうが弥生時代を含めていずれも少数であり、縄文人も段階的に集団で居住し村をつくり土偶まど神祇をおこなっていた形跡がみられるが、縄文人が渡来してきた人びと融合しながら弥生人となって半島同様、各地に水田の土地をめぐり小国(クニ)が成立していったのである。

半島南部の辰韓(伽耶)・弁韓(のちの新羅)は漢人が住み着き稲作や鉄器、文字を伝えたのは半島も日本も、ほぼ同時期と思われ、その他の高句麗や馬韓(のちの百済)になった朝鮮族のDNAと弥生人の人骨のDNAは朝鮮民族と異なることがわかっているし、半島南部以外の朝鮮族が住む朝鮮半島中部以北及び中国東北部(満州)では水稲作が行われていた形成期はないし、現在でも水田には不適な土地である。同様のDNA研究のように2つは中国山東半島の人骨とよく似ていることが分かっている。仏教を伝えたのは同じ秦、漢人であって朝鮮半島から伝来したというよりルーツは同じである。

西田昌司「敵は鳩山内閣・小沢民主党だ 自民党よ結束せよ!」(2010年03月18日)

1/3【3.20日本解体阻止】頑張れ日本!新橋駅前街宣活動・前半[桜H22/3/22]

3月20日に、新橋駅・SL広場で行われた『頑張れ日本!外国人地方参政権絶対阻止!選択的夫婦別姓絶対阻止!街頭宣伝活動』の 模様をお送りします。 [チャンネル桜 ]

2/3【3.20日本解体阻止】夫婦別姓反対・家族の絆を守る国民大会[桜H22/3/22]
亀仙人吠える
夫婦間だけでなく、必然的に「親子別姓」をもたらし、家族解体を 招くこととなる「選択的夫婦別姓」の導入を盛り込んだ民法改正に 反対の声をあげるべく、 5,100名もの人々が参集した国民大会の模様をダイジェストで お送りします。[チャンネル桜 ]

3/3【3.20日本解体阻止】頑張れ日本!新橋駅前街宣活動・後半[桜H22/3/22]
晴海・ビックサイトで行われた『夫婦別姓に反対し家族の絆を守る 国民大会』の終了後、再び新橋駅前で行われた『頑張れ日本!外国 人地方参政権絶対阻止!選択的夫婦別姓絶対阻止!街頭宣伝活動』 の模様をお送りします。

ETV特集「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」

NHK ETV特集「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」
第10回 “脱亜”への道 ~江華島事件から日清戦争へ~
1月31日(日)午後10:00~11:30

江華島事件(1875年)をきっかけに、鎖国施策をとってきた朝鮮王朝を開国させた日本。その後、両国が文明化することで連携し、共に欧米列強に立ち向かおうと模索した人々がいた。福澤諭吉とキム・オッキュン(金玉均)である。

慶應義塾創始者の福澤は、万国公法を基にした近代的関係を朝鮮王朝に求めた。一方、開化派の官僚・キム・オッキュンは、日本型の近代化を進めることで、宗主国・清(中国)に頼る朝鮮王朝を改革し、欧米に対抗しようとした。しかし、その構想はクーデターの失敗で頓挫する。福澤は、朝鮮近代化の“敗北宣言”として「脱亜論」を発表。「主義とする所はただ脱亜の二字にあるのみ。・・・隣国の開明を待ちて共にアジアを起こす猶予なし」とした。

近代、江華島事件から日清戦争までの日本と朝鮮半島の関係を福沢諭吉とキム・オッキュンを軸に見ていく。(NHK)

次回は教育チャンネルから総合チャンネルに移してNHKスペシャル「日韓併合100年」4月~(放送予定)となる。これが「プロジェクトJAPAN」製作の目的の一つなのである。

まとめられているので、出典: 『韓国朝鮮の歴史と社会』東大教授 吉田光男著、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参考にすれば、

プロジェクトJAPANとは、NHKが2009年(平成21年)度から3年間の中期経営計画において取り組む大型プロジェクトである。2009年(平成21年)の日本は横浜港開港から150年、2010年は朝鮮併合から100年、日本が連合国に敗れ第二次世界大戦が終わった終戦から65年、2011年は太平洋戦争開始から70年、サンフランシスコ講和条約締結から60年が経つ節目の年にそれぞれあたる。

NHKスペシャル シリーズ「JAPANデビュー」
「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」
スペシャルドラマ「坂の上の雲」の3シリーズが中心となるシリーズである。
今年は2010年(平成22年) 朝鮮併合100年、敗戦65年 (1910年〈明治43年〉、1945年〈昭和20年〉)
が中心となるようだ。

そしていよいよ総合テレビにNHKスペシャルとしての日韓併合(朝鮮併合)100年のメインイベントが始まる図式だ。

ETV特集「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」をずっと観てきたが、これまで韓国寄りの内容が散見され疑念の眼で観ていたが、10回の最終回は、日本側の教授は「ややもすると韓国では戦後の歴史家が一部分を観て長い歴史を遡って捉えない傾向がある」と客観的でまともな学識を述べていたことに安堵した。

番組で甲申政変は、朝鮮が清国の宗属国から初めて自主独立を進めたが、王朝は親日派、民衆は親中派とくくっていたが事実無根である。王朝内は開化派と守旧派に分かれており、金玉均らが計画したクーデター案は、同年12月に開催が予定されていた「郵政局(郵政関連の中央官庁。一部で言われるような「中央郵便局」等ではない)」の開庁祝賀パーティーの際、会場から少し離れたところに放火を行い、その後、混乱の中で高官を倒し守旧派を一掃。朝鮮国王はクーデター発生を名目に日本に保護を依頼。日本は公使館警備用の軍を派遣して朝鮮国王を保護し、その後開化派が新政権を発足させ、朝鮮国王をトップとする立憲君主制国家をうちたてて、日本の助力のもとに近代国家への道を突き進む、というものだった。

開国後に甲申事変が起きるなど、李氏朝鮮の内部からも改革の要求は出ていたが、当実権を掌握していた興宣大院君と閔妃(びんぴ)は親日から一転し守旧的態度を採り続けた。朝鮮半島を挟んで日清両国の関係が緊張するなか、李氏朝鮮内部においても特権階級である両班(リャンバン)の一般国民への劣悪なる身分差別による圧政、世道政治の弊害によって三政紊乱(さんせいびんらん)などの混乱をきたした。と自然災害や疫病の流行、天主教(キリスト教)の流入などによって、国民の食糧が不足し社会的な不安が高まった。そのため各地で民乱が続発した。こうした社会不安を背景に、崔済愚が1860年に慶尚道でで東学という宗教を創建した。東学とは西学である天主教に対抗するという意味を持っており、人間平等を説いた民族主義的な性格を持っていた。東学は政府から邪学とみなされ弾圧されたが、その後も半島南部を中心に勢力を広めた。

外圧の排除を唱えた東学党による農民反乱・甲午農民戦争が起きた。つまり民衆は王朝に対して反乱を起こしたのである。日清両国はそれぞれ、「乱の鎮圧」を名目に朝鮮半島に出兵したが、既に農民勢力と政府の間には和約が結ばれ日清両軍は出兵の口実を失った。日本は駐兵の口実として、申告に対して共同の朝鮮内政改革案を提示したが、宗主国の清国はこれを拒否した。朝鮮政府も相次いで日本軍の撤退を求めたが、日本は単独改革を主張し、さらに朝鮮政府に清国との宗属関係による取り決めの破棄を迫った。朝鮮側がこれを拒否すると、日本軍は7月23日に景福宮を占領し、閔氏政権を倒した。さらに大院君を執政に据えて、その下に開化派政権を樹立させた。

清国も同様に軍の駐留を続行し、1894年日清戦争が勃発することとなった。1895年四月、日清講和条約が締結された。日清戦争で勝利した大日本帝国は清国との間に下関条約(日清講和条約)を締結、李氏朝鮮が「自主独立国」であることを認めさせ、朝鮮半島における清国の影響力を排除することに成功した。しかし、それは伝統的な宗属関係を改編して朝鮮を支配しようとした清国に代わって、日本が朝鮮を支配することを意味するものだった。

日清戦争直後の朝鮮半島では、大日本帝国を後ろ盾とする改革派の勢いが強まったものの、その後大日本帝国が西欧列強による三国干渉に屈服したことで、朝鮮王室は列強同士の牽制による独立維持を目指し帝政ロシアに接近したため、政争が過激化した。閔妃暗殺もこの時期である。1896年に親露保守派が高宗をロシア公使館に移して政権を奪取、高宗はロシア公使館において1年あまり政務を執う異常事態となった(露館播遷)。この事態は李氏朝鮮が帝政ロシアの保護国と見なされる危険性もあったことから、皇帝が主権を取る清国や大日本帝国、帝政ロシアに対抗するため国号を朝鮮国(李氏朝鮮は通称)から大韓帝国と改めたが、政体を変えることは無く、進歩会(のちの一進会)などの改革派を依然として弾圧し続け、近代化に向けた国論の統一をしなかったことや国外からの干渉などから大韓帝国が独自に近代化を進めることは困難だった。

このようになぜ日本が朝鮮併合に踏みきったかまではETV特集「シリーズ日本と朝鮮半島2000年」では描かれていない。しかも、番組終盤に「いよいよ植民地化へと動いていくのです。このあと総合テレビのNHKスペシャル「シリーズ 朝鮮半島と日本」では朝鮮併合に移ります。」。併合は日本との共同化であり列強国の植民地化ではないことは常識ある人たちは知っていること。識字率の極端に低かった朝鮮に小学校をつくり、ソウルや台北に日本よりも優先的に大学を建てて高等教育を図ったし、苗字を持たなかった一般人に戸籍や民主化をすすめ日本国内と同等に殖産・インフラ整備し近代化に巨額の国費を使ったことが植民地化か?分かっていてやっているのか、どうしても侵略にしたいのか。

ここに焦点をもっていくのは台湾の日本統治から始まる「JAPANデビュー第一回」と同じ愚考をまたくり返そうというのだろうか。「冬のソナタ」で韓流ブームに火をつけたからといって、総合テレビのプライムタイムに平気で韓国ドラマを流す無神経さ。映画製作でもかつてない破天荒な240億円もかけて「坂の上の雲」を原作とは関係ない中国人への蛮行などをストーリーに仕込み3年間かけて放送する不可解さ。原案としているが、それならドラマのタイトルも変えるべきではないか。生前ドラマ化に反対していた司馬遼太郎に失礼だし視聴者は「坂の上の雲」はそういう内容だと誤解してしまう。NHKは日本の公共放送だ。日本国民が観ることを前提に製作しなければおかしい。その自覚と誇りを忘れて、GHQ的自虐史観で描くことをまだ続けるとしたら、日韓双方に害あって一利なしであり、本当にそっぽを向かれるだろう。

私はNHKがこのようなNHKでなければできないアジア(中韓)と日本について真正面から扱うシリーズを企画したことは評価している。歴史認識は双方の見方があるのはやむを得ないが、何度も書いていることは、歴史研究は学識的な客観的史実に基づいて行わなければならない。中国や韓国は国策で一方的な歴史観や歴史教育を行っている。日本と同等な文化的レベルにならなければ長いスパンで歴史を研究する気概は起こらないのだ。韓国はGDP水準(2008年のGDPで世界15位)が上がってまだそんなに長くはない。日本の完全な文化解禁もされず、韓国映画・ドラマは日本で解禁されているが、日本の映画・ドラマはケーブルテレビはあるものの全面的に解禁されていない。大手テレビ局では日本のドラマのパクリが野放しだ。自動車・電気製品などの輸入品に高い関税をかけて自由貿易協定(FTA)もまだ行っていないのである。ニセ物ブランドもいまだ横行している。

韓国統監であった伊藤博文らは対外的に「まだ国際社会の同意を得られない」と考えていたことなどから「併合は時期尚早である」として反対していたが、1909年4月に桂太郎首相と小村寿太郎外相が伊藤に「韓国の現状に照らして将来を考量するに、韓国を併合するより外に他策なかるべき事由を陳述」を行ったところ、「(伊藤)公は両相の説を聞くや、意外にもこれに異存なき旨を言明」し、なおかつ桂・小村の提示した「併合の方針」についても、「その大網を是認」した。伊藤は2週間後に東京で行った演説でも、「今や方に協同的に進まんとする境遇となり、進んで一家たらんとせんとす」と併合を容認する発言をして聴衆を驚かせている。伊藤暗殺時にはもはや日本政府内において日韓併合に反対する政治勢力は存在しなかった。

大韓帝国は冊封体制から離脱したものの、満州を手に入れた帝政ロシアがそれまでの朝鮮半島に持つ利権を足がかりに南下政策を取りつつあった。当初、日本側は外交努力で衝突を避けようとしたが、帝政ロシアとの関係は朝鮮半島の利権や東アジアの勢力扶植をどちらが手に入れられるかで対立し続け緊張は頂点に達した。1904年には日露戦争の開戦にいたる。

韓国政府は日韓併合(朝鮮併合)100年の節目に当たることから大々的なイベントを計画しており、小沢一郎は訪中のあと韓国を訪れて大学で「天皇は神武東征といって朝鮮半島から日本に渡って大和に朝廷を造られたのが日本の始まりだ」「桓武天皇の皇后は朝鮮の王女だ」「日本人は自立心のない国民だ」などととんでもないことを堂々と無知を恥じずに講演しているのだ。また朝鮮併合100年を記念して天皇訪韓を意図する発言を述べている。小沢が「外国人地方参政権」を支持しているのも在日韓国人の票欲しさである。

『海峡を往還する神々: 解き明かされた天皇家のルーツ』 著者: 関裕二氏は、

◆はたして日本は半島の人びとによって征服されたか

(中略)

日韓共催のワールドカップが開かれる前年の2001年12月18日、宮中の記者会見の席上で、今上天皇は、皇室と朝鮮半島との「ゆかりと関係の深さ」に言及された。

 第十五代桓武天皇の生母(高野新笠)が百済の武寧王の末裔であったこと、武寧王の子聖明王が日本に仏教を伝えたことなどである。

 日本では少しは話題になったが大きく取り上げられたわけではなかった。ところがお隣韓国では、朝鮮日報などのマスコミが、この発言を見逃さなかった。

 報道の要旨は、「日王(韓国では天皇という表記を拒否している)」王家報道は日本ではタブー」といい、韓国の歴史学者の「日王は百済王家の末裔だ」という主張を紹介することで、なぜ「日王」には未だにタブーが残されているのか、その理由を「日王」の系譜に求めている。
 つまり、「日王」は朝鮮半島から日本に渡り、征服王になったといっているわけで、だからこそ、日本では天皇を語る事自体、タブー視されていると報道したわけだ。

 日本人自身の中にも、「天皇家の祖が海の外からやってきたから」という、漠然とした認識が存在するのではあるまいか。

 それにしても、なぜ「天皇家は日本人ではない」という推理が、ここまで広まっているのだろう。そして、日本列島は、本当に朝鮮半島の勢力によって蹂躙されていたのだろうか。

 まず無視できないのは、戦後すぐに発表された江上波夫氏の騎馬民族日本征服説の存在であろう。(中略)戦後史学会の「戦前の皇国史観を打ち破り、新しい歴史観を構築したい」という空気に、うまくとけ込んでいったわけである。

 その後も、「天皇家は朝鮮半島からやってきた征服王」という推理は、学者のみならず、作家らによって、雨後の竹の子のように提出された。それはタブーであるからこそ、「タブーに触れてみたい」という心理が働いたといえなくもない。

 たとえば、海音寺潮五郎氏と司馬遼太郎氏は『日本歴史を点検する』(講談社)のなかで、江上波夫氏の騎馬民族について、
海音寺「古代の一時期、朝鮮南端は日本の天皇家及び天皇を取り巻いている貴族らの根拠地であったという風に、江上博士は言っていますね。最近の朝鮮の学者たちにもその説の人が多く、こっちが本家で、日本が分家だという説なんですね。戦後まもなく私もそれを考えた事があります。」…
司馬「私も大雑把にいうと、そういう考えが常識的だと思うんですけども」

 だが、少なくとも、考古学的には、騎馬民族が日本列島を征服した物証は全く見つかっていない。また、三世紀半ばから鋼板のヤマト建国は、「強い王の征服檄ではなく」

◆騎馬民族は日本を簡単に征服できたのか

 古代の日本列島が朝鮮半島の人びとによって蹂躙されたという発想は、なぜ生まれたのだろう。それはまず、当時の文化の流れが中国→朝鮮半島→日本列島であり、つねに朝鮮半島の文化が進んでいた、という単純な図式が頭にあるからだろう。

 ちなみに、文明、文化の発達の基準がどこにあるのかは筆者もよくわからぬが、少なくとも、朝鮮半島は「文化的に日本の上」にあったのではなく、「文化・文明の通り道としての順番が先だった」ということでしかないと考えている。しかも、日本には縄文一万年の技術の蓄積があって、あたらな文化文明を自分なりに咀嚼する力を発揮した点、卑下する必要はどこにもない。(中略)

 かたや中華思想に染まっていた朝鮮半島にすれば、日本から逆流してくる文化を蔑視し拒否し続けてきたから、いつまでたっても中国のミニチュアから抜け出せなかった。

付け加えれば、豊臣秀吉が朝鮮征伐をしたのは、明国への遠征ルートであって、朝鮮半島はその通り道であり、目的ではない。半島は明の属国であったから、明と朝鮮の連合軍と戦ったのである。日露戦争で朝鮮半島がロシアや清国の影響下に組み入れられると、日本列島に脅威がのしかかるために、朝鮮の清からの独立を果たしたのであり、それでも国が治まらないために併合し、日本人と同じ教育と政策を行った。欧米の植民地化ではない。
 

日下公人 朝鮮半島から手を引いて日本はゆたかになった

天皇の訪韓を併合記念と合わせて行えば、謝罪を要求しかねないから、なんとしても阻止するよう危機感が高まっているのだ。これは平成天安門事件で中国の度重なる要請で当時の中国外相、銭其シン氏は回顧録で3年後1992年の天皇の訪中が「西側の対中制裁を打破する」中国側の政治利用・対日工作だったことを認めている。窓口になったのは渡辺美智雄外相(副総理)。当時は宮澤内閣。内閣官房長官は加藤紘一。

強制連行、従軍慰安婦(実際は売春婦)、南京大虐殺、靖国神社A級戦犯合祀(区別であり犯罪の等級ではない)は朝日新聞の捏造で、中韓はそれを政治利用したのです。朝日は一切謝罪しません。他にも朝日は捏造が耐えません。NHKや朝日は自らの反省をせず、すべては軍部が悪いと決めつけて責任転嫁しています。


昨年から始まった「JAPANデビュー」では、横浜港開港から150年としながら、日本が西洋列強に対抗する際に命運を握った「アジア」 「天皇と憲法」 「貿易」 「軍事」に世界史上から焦点をあてた特別番組として4回が放送された。
第一回「アジアの“一等国”」はなぜか「日本統治時代の台湾について」を「日台戦争」「人間動物園」などという事実無根の史観を持ってきて、
「日本統治時代が悪と一方的に描かれており、内容が偏向している」
「日本の台湾統治を批判するため、(台湾人の)証言をねじ曲げている」
「番組にはやらせや、事実の歪曲・捏造があり、放送法に違反している」
「台湾の人の心と日台関係を傷つけた」
「台湾をよく知らない人に排日的だと誤解を与える」
「NHKに「人間動物園」とおとしめられ、名誉を傷つけられた」
などとして、視聴者、地方議員、自民党国会議員、産経新聞・週刊新潮・日本文化チャンネル桜などのメディア、有識者(産経新聞紙上に掲載された意見広告)、更に、番組に出演した台湾人(パイワン人を含む)や台湾や日本の民間団体など日台双方から抗議や批判が続出した。
さらに台湾人を含む8389名が東京地裁にNHKを提訴。その後二次提訴がなされ、原告には番組に出演したパイワン族も加わり一次提訴と合わせた原告は1万300名以上放送後より物議を醸し、日台双方の視聴者や番組出演者を含めた一万人を超える日本裁判史上最大の集団訴訟が起されている。
2月15日 初公判が行われます!
東京地方裁判所における第一回公判が、来たる 2月15日(月) に行われる予定となっております。
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NHK、朝日が報道を正せば日本は明るくなる
http://koujiyama.at.webry.info/201002/article_2.html
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「坂の上の雲」第5回と「朝鮮半島2000年」9回 朝鮮通信使~和解のために~

坂の上の雲第5回「留学生」
第2部は2010年12月って・・・。なんと長。

アリアズナ(演:マリーナ・アレクサンドロワ)が可愛かった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%B4%E3%82%A1
検索すると2008年に結婚している。
ロシアで人気女優だった。
映画「ストリート・レーサー」
http://streetracer.jp/

フェラーリ、BMW、ベンツ、トヨタ、日産、マツダ、スバルが登場。
日本車多し。内容はネット調べではよくわからんらしい。
とにかく彼女をずっと観ていたら満足するとか。

プロジェクトJAPANシリーズはETV「朝鮮半島2000」も観たがおかしい。
ETV「朝鮮半島2000」はあのアナウンサーがからむ番組は素人参加型討論番組といい、なんだかNHKの恣意が見えて疑う。タイトルが朝鮮半島なのでそこに焦点を当てているのは分からないでもないが、アジアの一等国といい、何度も朝鮮は屈辱を耐えてとか、一方的な反対側サイドで描いている。台湾関係同様、稚雑で洞察が浅いとしか思えない。NHKも公務員体質なのか、予算を使い切ることが大切で、何を作りたいかがが見えず質が落ちたものだ。

文禄・慶長の役

1592年(日本:文禄元年、明および朝鮮:万暦20年)から1598年(日本: 慶長3年、明および朝鮮:万暦26年)にかけて、日本と明との間で行われた戦争。日本の豊臣秀吉が主導する遠征軍と明および李氏朝鮮の軍との間で交渉を交えながら朝鮮半島を戦場にして戦われた。

戦役前の状況

明の征服を企図していた豊臣秀吉は、天正15年(1587年)九州征伐に際し、臣従した対馬の領主・宗氏を通じて「李氏朝鮮の服属と明遠征の先導(征明嚮導)」を命じた。元来、朝鮮との貿易に経済を依存していた宗氏は対応に苦慮し、李氏朝鮮に対しこの要求を直接伝えず、日本統一を祝賀する通信使の派遣を要求して穏便に済まそうとしたが、明の冊封国であった李氏朝鮮に征明嚮導の意思はなく、秀吉は明への遠征のため先ず朝鮮の制圧を決め、文禄元年(1592年)4月(和暦。漢数字表記の月は以下同じ)、16万人の大軍を送ることとなる。

李氏朝鮮王朝では日本へ派遣した使節が帰国し、その報告が西人派(正使の黄允吉は戦争が近いことを警告)と東人派(副使の金誠一は日本の侵略はあったとしても先の話と否定)で別れ、政権派閥の東人派が戦争の警告を無視した。

なお、秀吉は開戦後も李氏朝鮮が降参するならこれを許し、明遠征への先導役を果たさせる考えを捨てていなかった。先鋒と交渉役を務めた小西行長や宗義智の日本軍一番隊は、しばしば秀吉が考える「李氏朝鮮の服属と明遠征の先導(征明嚮導)」を「朝鮮に明への道を借りる(假途入明)」に言い換えた上で李氏朝鮮に求めに応じるよう交渉を呼びかけている。
なお、日本軍は上陸後も武力制圧のみだけではなく、交渉による服属も試み、戦の場合においても攻城戦の開始前と落城寸前の場面で降伏勧告を行い、自軍被害も低減できる無血開城の交渉を行っている。ただし、明・朝鮮の指揮官は日本の支配を拒否し、徹底抗戦を選択する場合が多かった。

漢城は日本軍によって放火されたと番組では強調していたが、一番隊が漢城に到着してみると、城門は堅く閉じられていたものの守備隊はいなかった。その先日に宣祖王は平壌へ逃れるために出発していたのである。既に一部(例えば、奴婢の記録を保存していた掌隷院や、武器庫など)が略奪・放火されており、住民もおらず放棄されていた。漢江防衛の任に当たっていた金命元将軍は退却した。王の家臣たちは王室の畜舎にいた家畜を盗んで、王よりも先に逃亡した[19]。全ての村々で、王の一行は住民たちと出会ったが、住民たちは王が民を見捨てて逃げることを悲しみ、王を迎える礼法を守らなかった。

「宣祖実録(せんそじつろく、ソンジョシルロク)宣祖二十五年壬辰五月條」によると、このとき朝鮮の民衆は既に王や大臣を見限り、日本軍に協力する者が続出した。 これは、宣祖実録の「人心怨叛,與倭同心耳」(人心は怨み叛き、倭に同調するのみ)、「我民亦曰:倭亦人也,吾等何必棄家而避也?」(我が民は言った「倭もまた人である。どうして我々が家を捨てて逃げる必要がある?」)で伺い知ることができる。

また、明の朝鮮支援軍が駆けつけると、辺りに散らばる首の殆どが朝鮮の民であったと書かれてある。景福宮・昌徳宮・昌慶宮の三王宮は、日本軍の入城前にはすでに灰燼となっており、奴婢(ぬひ、奴隷の一種)は、日本軍を解放軍として迎え、奴婢の身分台帳を保管していた掌隷院に火を放った、とある。

朝鮮側は、漢城の少し北を流れる臨津江を次なる防衛線とするため、臨津江南岸の一帯を焼き払って、日本軍が渡河の資材を得られないようにした。そして金命元将軍は川沿いに12,000人の兵を5箇所に分けて配置した。
加藤清正は、平壌から満州に入り、近在の女真族の城を攻撃してみる事にした。それまで女真は度々国境を越えて朝鮮を襲撃していたため、咸鏡道の朝鮮人3,000人もこれに(加藤清正の軍勢8,000人に)加わった。

この戦争について『明史』は「豊臣秀吉による朝鮮出兵が開始されて以来、(明では)十万の将兵を喪失し、百万の兵糧を労費するも、中朝(明)と属国(朝鮮)に勝算は無く、ただ豊臣秀吉が死去するに至り乱禍は終息した。」と総評する。

朝鮮半島への影響

戦争が開始されると、朝鮮・明軍・日本軍が食料の現地調達を行った。食料不足と治安悪化のために農民が耕作を放棄することで流民が流民を生み、飢えた民衆は敵味方より略奪することで飢えを凌ごうとした。明の李氏朝鮮への要求で朝鮮国内に駐屯する明軍の兵糧供給は李氏朝鮮側が行うと決められたため(米、牛、豚などの他、朝鮮の女人も要求している)、朝鮮軍と朝鮮政府の維持分も含めて李氏朝鮮は民衆から過酷な食料調達を行わなければならなかった。このため明軍の略奪と合わせて日本軍が一歩も足を踏み入れていない平安道も荒廃して開戦当初の人口を養いきれずに人口が激減した。また朝鮮軍より明軍に優先的に食料供給が行われたことから、朝鮮軍の戦意低下は少なからぬものがあった。朝鮮に駐屯した明軍による朝鮮民衆に対する無秩序な略奪なども横行し、朝鮮の民衆は日本を一番の侵略者としながらも、明軍も第二の侵略者であるとして憎んだ。

また戦時下での混乱により諸勢力による宮殿・王陵、官庁、文化財の破壊や略奪が行われた。特に身分差別に苦しんだ朝鮮民衆は緒戦の混乱に乗じて官庁や被差別身分を示す書類を焼き払った例が朝鮮側資料により知られている。また日本軍は治安を乱しゲリラ攻撃を仕掛ける義勇軍の抵抗に手を焼いたため、治安確保のために住民の虐殺や村の焼き討ちなどを行うことも多かった。

首実検と耳塚(鼻塚)

豊国神社のHPによれば、秀吉輩下の武将は、古来からの戦功のしるしである首級の代わりに、朝鮮軍民男女の鼻や耳をそぎ塩漬にして日本に持ち帰った。それらは秀吉の命によりこの地に埋められ、供養が営まれた。これが伝えられる「耳塚」のはじまりです。首級は中国の戦国時代、秦の法で、敵の首を一つ取ると1階級上がったところから討ち取った首。しるし。つまり、首実検(くびじっけん)とは、配下の武士が戦場で討ちとった敵方の首級(くび・しるし)の身元を大将が判定し、その配下の武士の論功行賞の重要な判定材料とするために行われた作業。本当に申告した本人の戦功かどうかの詮議の場でもあった。

戦功の証明として行われたはなそぎによってその後しばらくの間朝鮮に鼻のない人間が多く見られたということが知られている。しかしこれらは不穏民衆を一揆と認識して討伐した慶長の役が始まった後の話であり、当初は朝鮮は戦後には支配下に繰り入れられるべき領土であり、日本の国内戦同様に非戦闘員である民衆は保護の対象であり殺戮は禁止されていた。

はなそぎも1597年の慶長の役の頃が主体であるが、これまで戦争全般を通じた蛮行であるがごとく語られてきた。また戦後に咸鏡道に建てられた日本軍撃退記念碑の北関大捷碑には加坡の戦闘で斬殺した日本兵から左耳825個を切り取って朝鮮王へ送った記録が残っている他、日本兵の首に賞金を掛けたため都市部で朝鮮軍・明軍による偽首狩りの犠牲となった朝鮮領民の首無し死体が続出するなど荒廃した状況が伝えられる。

戦役以後、総じて朝鮮人の間では日本に対する敵意が生まれ、平和な貿易関係を望む対馬の宗氏も朝鮮王朝に強く警戒され、日本使節の上京は禁じられ、貿易に訪れた日本人も釜山に設けられた倭館に行動を制限された。また日本人捕虜(降倭)の多くは、鉄輪をはめられ逃げ出すことも出来ない状態にされたうえで、その身分を賎民とされた。

一方、朝鮮の両班階層(支配層)の間では明の援軍のおかげにより朝鮮は滅亡を免れたのだという意識(「再造之恩」)が強調され、明への恩義を重視する思想が広まった。これは後の明清交代期に於いて、清朝と明との間での朝鮮外交の針路に多大な影響を与えることとなった。

また、文化面でも朝鮮半島に多大な影響をもたらした。南蛮貿易により日本にもたらされた唐辛子は、文禄・慶長の役の日本軍によって朝鮮半島にももたらされ、キムチ等の韓国・朝鮮料理の礎を築いた。

戦役後の和平

和平交渉は徳川家康によって委任を受けた対馬の宗氏と朝鮮当局の間で進められる。断絶していた李氏朝鮮との国交を回復すべく、日本側から朝鮮側に通信使の派遣を打診したことにはじまる。征夷大将軍徳川家康と朝鮮側の使節との会見が実現したのは日本軍撤兵から6年後の慶長9年(1604年)、江戸幕府に対する朝鮮通信使が派遣されて正式の和平が果たされたのは慶長12年(1607年)であった。明は日本と国交を結ばないまま滅亡し、明に代わって中国を支配するようになった清は、すでに日本が鎖国を取ったため貿易は行うが、正式な国交を持とうとはしなかった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

足かけ七年にわたる戦争は、朝鮮に大きな被害を与えた。土地が荒れ果てただけでなく、多くの人命が失われ、傷ついた人も多かった。捕虜として日本に連れ去られた人々も数万に上った。そのなかには、多くの陶工が含まれており、佐賀県の有田など各地で陶磁器生産に従事して日本の陶磁器産業の基礎を築いた。有田ではそれらの人々を陶祖とたたえて神社をつくり、その功績に感謝している。

救援に駆けつけた明の被害も甚大であった。多大の軍事費負担が圧力となって国力の衰退を招き、17世紀になると北に勃興した女真人の後金(のちの清)に圧倒されていった。

「出典:韓国朝鮮の歴史と社会」 放送大学・東京大学教授 吉田光男


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ETV特集 シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」倭寇の実像を探る

観ようと思っていたが、10時からのフジの新番組に気をとられて途中から観た。

ETV特集 シリーズ「日本と朝鮮半島2000年」

 韓流ブーム以後、民間交流が進んだ日本と韓国だが、いまなお歴史認識は大きな溝となっている。その溝を埋めようと、2002年以来、日韓両政府が主体となり、歴史共同研究プロジェクトが進められている。また、民間レベルでも歴史共通教材が次々と発表され、歴史を共有しようという努力が続けられている。朝鮮半島と日本はどのような関係を築いてきたのか。最新の学術的成果をもとに、古代から現代まで2000年の交流史を2年がかりで通覧する大型シリーズ。

第7回 東シナ海の光と影 ~倭寇の実像を探る~

14世紀、東シナ海に猛威をふるった倭寇。倭寇は単なる海賊ではなく、重武装した騎馬軍団として朝鮮半島の内陸深くまで侵入していたことがわかってきたが、その中に朝鮮半島の人々が加わっていたかどうかが、論争の的になっている。彼らは一体何者だったのか?

近年、韓国で進む水中発掘から、倭寇が活動した東シナ海の交易ネットワークが明らかになってきた。最新の研究成果を踏まえ、正史には刻まれない海の民・倭寇、そして商人の実像に迫る。 NHK

 このシリーズは、プロジェクトJAPAN 
http://www.nhk.or.jp/japan/index.html

の一環で、日本と韓国の歴史学者を招き双方の意見を聞きながら中立に検証した初めての番組にしてあるが、NHK JAPANデビューは、「アジアの一等国」 第一回を個人的に観た時、台湾を訪れたこともあり、台湾人がひどく反日感情を抱いているような内容がおかしいなと率直に感じたのが発端だった。それに対してチャンネル桜では「人間動物園」とか「日台戦争」とか、一学者の書籍のみ使われている用語を番組の構成に使用して、一方的な反日的捏造が問題となっているのが分かり、自分以外にこの番組を観た多くの方が同様な印象を持っておられるのだと知った。

シリーズ・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明
http://www.nhk.or.jp/japan/asia/090617.html

「プロジェクトJAPAN」という企画は、横浜開港150年となる今年から3年にわたって、日本の近現代史を見つめ直そうとするものです。初年度は、NHKスペシャルで「JAPANデビュー」というシリーズを組み、1859年の横浜開港から1945年までの日本の歩みを描く番組を放送しています。

 としている。ならばなぜ突如としてJAPANデビューが台湾統治から始まるのか不思議に思ったからだ。横浜開港からなら日米修好通商条約(安政五ヶ国条約)で開いた横浜港と神戸港、日露戦争からだろう。突然台湾を併合したのではないし、近代史よりもはるか昔から中国や朝鮮半島との交流があったからである。以後このシリーズは常に時代やテーマがバラバラで制作側の偏見がある。台湾統治から始まったように、歴史上の一片に焦点をあてて番組を構成させているようだ。

シリーズ・JAPANデビュー 第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明・追加
http://www.nhk.or.jp/japan/asia/090722.html
 

さる平成21年6月17日、NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー」第1回「アジアの“一等国”」に関しての説明を、番組のホームページ上で公開しました。この「説明」によって、NHKの取材・制作姿勢、事実関係や用語などについて、よく理解できたというご意見をいただきました。一方で、いまだに誤った情報に基づいたご意見やご批判もあります。特に、「人間動物園」という用語、そしてパイワン族の方々への取材について、中には誹謗中傷、歪曲ともいえる誤った情報も流布しています。

 そのため、以下にまず「人間動物園」について追加の説明をいたします。それに続いて、前回の「説明」ではふれなかったパイワン族の方々への取材、インタビューについて新たに説明させていただきます。なお、それぞれ、代表的な批判に答える形で説明いたします。

としている。

 あくまでも歴史は大きな時の流れの中である事件が起きているのであり、とくに国同士の歴史観は断片的に事象を取り上げることは相互の歴史的事実を研究するのが学問であり注意しなければならない。NHKの番組製作はプロデューサーの恣意によって出演者の発言を誘導することは有名である。

 だからこの日本と朝鮮半島2000年のシリーズも、初回から中立に観ている。日本と朝鮮半島2000年は、朝鮮半島の関係を時代の順に取り上げているのは良い。

 ウィキペディア(Wikipedia)によれば、倭寇については一般的には13世紀から16世紀にかけて朝鮮半島や中国大陸の沿岸部や一部内陸、及び東アジア諸地域において活動した海賊、私貿易、密貿易を行う貿易商人の事であるとされるが、 突如として倭寇が現れたのではないだろう。なにがしら外圧的な大きな変化が朝鮮半島と九州の間の東シナ海地域に起きたからだろうと思う。そこで倭寇の前に起きた元寇ではないかと思ったのだ。
 

元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(元)及びその服属政権となった高麗王国によって2度にわたり行われた日本侵攻(遠征)の、日本側の呼称である。1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。

 また「元史」によると、元寇の発端は、高麗王の忠烈王が「元の皇帝に執拗に、東征して日本を属国にするよう勧めた」との記述がある[9]。これに対して忠烈王の発言の所以を高麗の国内事情に求める向きもある。高麗はモンゴルの侵攻前は武臣が王を傀儡化して政権を執っており、王はモンゴルの兵力を借りることによって王権を奪い返した。それ以後、高麗王はほとんどモンゴルと一体化し、モンゴル名を貰い、モンゴル皇帝の娘を王妃にしモンゴル皇帝であるクビライ王家の娘婿(キュレゲン、グレゲン)となる姻族、「駙馬高麗国王家」となっていた[26]。これに反対する勢力は反乱を起こし、モンゴルにより鎮圧されるが、一部はなお激しい抵抗を続けていた。これが三別抄である。忠烈王の発言は王権を保つためにクビライの意を迎えようとしたとする見解がある。

[9]『元史』 卷十二 本紀第十二 世祖九 至元十九年七月壬戌(1282年8月9日)の条 に「高麗国王請、自造船百五十艘、助征日本。」とある。
[26]森平雅彦「駙高麗国王の成立 -元朝における高麗王の地位についての予備的考察- 」『東洋学報』79-4, 1998.03.

 前期倭寇は日本人が中心で、元寇に際して元軍とその支配下にあった高麗軍によって住民を虐殺された対馬・壱岐・松浦・五島列島などの住民が中心であり、「三島倭寇」と総称された。

 朝鮮半島や中国沿岸に対する海賊行為は、元寇に対する地方の私軍による復讐の意味合い、および、再度の侵攻への予防という側面もあったと考えられる。また、これらの地域では元寇による被害で労働力不足に陥り農業生産力が低下したために、これを補完する(奪還する)目的があったとも考えられている。その証拠として前期倭寇の初期においては、朝鮮半島で唯一稲作が盛んに行われていた南部の沿岸地方を中心に襲撃し、食料や人間を強奪していることが挙げられる。さらには、連れ去られた家族を取り戻すためであった事例もあり、実際に家族と再会した記録も残っている。

 高麗滅亡期の前期倭寇の行動範囲は朝鮮北部沿岸にも及び南部では内陸深くまで侵入するようになった。 中には、完全武装の大将に率いられ、数千人規模の騎兵や徒歩兵で城攻めすらおこなう集団もあらわれていた。こうなると正規の軍隊と呼んでも差し支えない規模であり、高麗人が主体であった可能性、あるいは、モンゴル系島嶼人や西国武士が参加していた可能性が指摘されている[4][5][6][7]。

[4] 田中健夫『倭寇-海の歴史』(教育社歴史新書、一九八二年)および「倭寇と東アジア通行圏」(『日本の社会史』一<列島内外の交通と国家>岩波書店、一九八七年

[5] 高橋公明「中世アジア海域における海民と交流-済州島を中心として」(『名古屋大学文学部研究論集』史学三三、一九八七年
[6] 村井章介『中世倭人伝』(岩波新書、一九九三年
[7]東郷隆、『【絵解き】雑兵足軽たちの戦い』 講談社〈講談社文庫〉、2007年、48-51頁。この時期の前期和冦の頭目として阿只抜都などが記録に残っている。同書では、阿只抜都の正体について、赤星氏や相知比氏(松浦党)といった九州の武士、あるいはモンゴル系島嶼人や高麗人といった可能性も示唆している。

 つまり、まだ国家支配が及ばず国境があいまいだった地域を、単に日本と朝鮮半島の国の歴史に結びつけて語ろうとするのは矛盾があると思う。また、韓国の歴史研究はなんでも外国から侵略されたことに抵抗した英雄ばかりで、そもそも朝鮮半島の成り立ちを客観的に研究する資料や歴史が乏しく、歴史教科書など政治的にいまだ完全な自由度がない。NHKが中韓を冷静に評価できる存在でもなければ、政治や公共ではない放送局を介さない歴史学者同士が客観的に自由に共同研究する流れに期待している。

まずNHKや朝日新聞がやらなければならない歴史認識


【直言極言】NHK、崩壊した嘘と隠蔽工作[桜H21/10/24]

 まずNHKや朝日新聞が戦時中は先頭を切って日本人に戦争を煽りながら、それは当時としてやむを得ないことであったのだから、誰もいま反省を求めたりしない。しかし、戦後は一変して第三者のように自虐史観から自らを省みずなぜ戦ったかを無視して一方的に起きたことばかりを批判している姿勢は中韓と同じだ。米国も戦争はサンフランシスコ条約で以後問わないことで終わっているのだ。戦争の双方に善悪はないからだ。そこから解放されない限り、NHKが日本や日本人、また戦争やアジアの歴史を語る資格はない。自虐史観からの脱却。日本人に公共放送として自覚を持って誇りを持てる番組づくりを使命とすること。それがまず先ではないのだろうか。終戦記念日に広島・長崎の原爆慰霊祭を中継するのと同時に、国家のために戦い亡くなられた尊い方々を祀る国立墓地に年に一度は必ず拝礼することはどの国家でも最高の国家的な行事だ。日本国民がお墓や神社にお参りするのに理屈はいらない。その靖国神社例祭も中継しなければならない。

 過去の負債と組合を残して赤字を累積している国営だった国鉄や日航と同じである。NHKは国民のための放送局だ。自ら清算できないなら国民の公共放送のためには一度解体した方がいい。

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