オピニオン

豊高28期達徳会幹事打ち合わせ

豊高達徳会28期総会準備委員会と来年同窓会打ち合わせ

久しぶりに同級生のみんなと会える。なんか久しぶりに体験するワクワク感と緊張感が同居した。気分はあの頃に戻っていた。

思い返せば、中学3年三学期のいよいよ高校受験という矢先、豊高が火事で校舎が全焼したというショッキングなニュースを知った。

いったいどうなるんだろう。

我々はその焼け跡の第一期生なのだ。新校舎第1期生といおう!

集まりにバスで行こうと思ったら、バスが来ない。(土はその時間のバスは運休だった)ので、急いでJR江原駅に行き、駅員さんに聞いた。「次の特急に乗れますか?」

(時間が迫っているので)「そのまま行ってください」

切符を買わず階段を駆け降り、すぐ来た特急こうのとりに乗車する。新しい車両に初めて乗った。

バスなら380円なのに江原発の中筋周りに乗ればよかった。運転手さんが乗らないのかと催促されたが、その意味が分るのは後になってからだった。土曜日はその時間のバスが運休だったからである。豊岡駅から大開通を歩くと、その中筋周りのバスが来た。なんかアホらしくなった。

火事で校舎はなく、1年は柔道場や焼け残りの建物をベニア板で仕切られ、夏は蒸し暑く、冬は寒く、2年になったらグラウンドのプレハブ校舎に。新校舎に入れたのは2年後期からだった。引っ越しばかりの高校生活だったように思う。でもだから、既成概念にとらわれない自由な高校生活を送れたのかもしれない。

授業に集中できず、ある意味豊高の新旧を体験した28期。同窓会の達徳会に一度も出たことがない私らが、達徳会総会・親睦会の世話をする28期がその当番になる。前後の進学大学と比べて豊高の谷間と我々同期はコンプレックスの中で思ってきた(知らんけど)。私はボタンダウンシャツで高スリッパを履き、保健や体育の授業を抜けては部室にいたり、前の陸という喫茶店や映画を見たり、不良の部類であったかな。よく卒業できたものだ。

勉強はできなかったが、それ以外では楽しかったあのゆるかな昭和の日々が懐かしい。今の豊高校長の岡田出君や豊岡総合高校の校長も同じ28期なのだ。豊高の出来損ないと揶揄された28期だ!28期やるじゃないか!

40年ぶりに話をしたこともない人もいて、禿げたり、白髪になったりレーベアーゲ 二次会マイ・ウエイ、三次会は岡田出校長と三木くんと3人でスナックへ。代行で帰ったら12時を回っていましたw

いま、そんな落ちこぼれの自分が、その分楽しかった高校生活を、豊高HP、達徳会HPを刷新すべく寄付は出来ないながら、岡田校長と相談し、無償で恩返しをしたいと思って26日、打ち合わせに何年ぶりの校舎に行く。

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