「徴用」と「徴兵」を混同する無かれ

「徴用」と「徴兵」を混同する無かれ
渡部 「強制連行」という嘘についても、はっきり指摘しておきましょう。当時の朝鮮半島は併合された「日本国」ですから、本来なら徴兵されてもおかしくなかった。それはスコットランド人が戦争のときに、併合したロンドン政府に徴兵されてもしょうがないのと同じです。
しかし日本が併合して日が浅かったために、まだ彼らに選挙権を与えていなかった。地方では警察官も含め官吏を採用し、課長ぐらいまでは昇進していたようですが、選挙権を与えていない状況で徴兵するわけにはいかないということで、徴兵はしなかったのです。したがって、徴兵されて戦場に行ったコリア神はいないはずです。その代わり志願兵に応募する者が多かった。日本軍は志願兵をそう多くは採らなかったので競争率は高く、昭和16年から17年には競争率が30倍以上にもなりました。コリア人の軍人としては、洪思しょう中将が知られていますし、戦後に韓国の大統領となった朴正熈氏も日本の陸軍士官学校を優秀な成績で卒業し、関東軍に配属され中尉で終戦を迎えています。差別は全くなかったとは言いませんが、軍隊内で彼らは昇進もできたのです。
このことは、世界的に見ればきわめて異例でした。たとえば英国軍ではインド人がイギリス人に命令を下すことはなかったし、アメリカ軍でも有色人種は白人に命令できませんでした。
ところが日本は違った。コリア人であろうが、台湾人であろうが、将校になれば兵隊はその上官の命令には従わなければならない。そこに差別はあってはな成らない。民間にはあったけれども、少なくとも公には「日本国民」として差別はあってはならないという建前があったのです。案外知られていないことですが、両班(ヤンバン)八十何家はにな日本の華族に列せられたはずです。

八木 「戦前の日本はひどい国だった」と言い募りたい人たちは、どうも「徴用」と「徴兵」の区別をわざ技と曖昧にしているように見受けられます。徴用は、戦場ではなくて工場や鉱山で労働力として使役する意味です。戦争も半ば以降になると人手不足が深刻になって、徴用を始めたのは事実ですが、決して奴隷のように扱ったわけではない。
渡部 また私の経験を申し上げますが、我が家の左隣には鍛冶屋さんがいて、この体格のいい人は支那事変が始まると中支戦線に行きました。これは「徴兵」によるものです。右隣には桶屋さんが住んでいて、この人は神戸の
工場に行きました。こちらは「徴用」です。私が旧制中学三年生のときには学徒動員令が下されましたが、これは勤労奉仕ではなく学徒動員令ですから一種の徴用です。
「外地」と呼ばれた朝鮮で国民徴用令が出されたのは昭和19年からです。徴用する前に日本本土(内地)で働く労働者の募集を行いましたが、これは志願でした。コリアの人々はこのとき強制ではなく、むしろ朝鮮にいるよりは「食える」と思って日本に渡ってきたのです。
微細なことを言えば、徴用令を施行したとき、徴用されることを嫌だと拒否する人間はどの国にもいるはずであり、日本本土にもいました。それは数えるほどでしかないのですが、そういう人をつかまえて働かせようとするのは、義務を果たしている他の国民への示しからも当然のことです。そうした少数の例外者に対する処置だけをクローズアップすると、「強制連行」のように見えるわけです。
(中略)
『わが朝鮮総連の罪と罰』(文藝春秋)という本の中にある「両親は南朝鮮の慶正北道金泉郡という地方の出身だった。私が1941(昭和16)年生まれだから、日本に来たのは39年か40年だろう。父の家は貧しい小作農だった。日本に来たのは、その方がまだ食える、という程度の理由であったらしい。村役場で『工員募集』の張り紙を見つけ、父はすぐさま応募した。釜山の港から船に乗って下関に渡る。東京での生活の足場を築いた後、母を呼び寄せた。そこで生まれたのが私だった」という一文のようなケースがほとんどだったのでしょう。
口実のためのキーワードとして使われた「強制連行」
八木 先程野中広務氏の批判をした際に触れましたが、在日韓国・朝鮮人をめぐる謝った現状認識について、西岡力さんの筆を借りて正しておきたいと思います。彼らの現在の在留資格は「特別永住者」で、「特別永住者以外の在日韓国・朝鮮人はいわゆる戦後入国者」であり、「NHKを相手に自分の名前を韓国語式に発音せよなどという裁判を起こした運動家は戦後の密入国者出身」だそうです。
その52万人(日本国籍取得者の増加により現在は50万人を割っている)に対して日本政府は、他の外国人にはない特別に優遇した法的地位を与え続けています。彼らは、日本国内での就労活動、結社、集会、デモ、陳情など政治活動を含む、まったく何の制限もない在留資格を無制限で保障されている。健康保険、年金、生活保護をはじめとする各種社会保障制度も、昭和57年から日本人とまったく同じ扱いがされ、その地位は子々孫々まで保障されている(『正論』H12年12月号「同情ではなく事実の直視を」)。
第二に指摘しておきたいのは、「朝鮮人労働者の内地動員により渡日した者とその子孫は現在の在日の中にはほとんどいない」ということであり(法務相に在職し、政府の内部文書を含む関係資料を研究した故森田芳夫氏の研究によれば)。
しかも、「占領軍の命令によって日本政府は引き揚げ船を準備し運賃無料」で帰国させ、昭和21年末までには約140万が朝鮮に帰っていき、自分の意志で残留を希望した約60万が日本に留まったという事実です。「引き上げに当たっては移送計画により渡日した労働者が優先」とされるため、結果として、「32万の『連行者』はほとんどこのときに帰国」している(同)。従軍慰安婦問題における河野洋平氏のようにその結果を無視しなければ、誰もが納得できる事実だと私は思います。内地移送計画の実態が「強制連行」などというものではなかったことは、改めて言うまでもない。
日本を貶める人々 「愛国の徒」を装う「売国の輩」を撃つ 著者: 渡部昇一,新田均,八木秀次
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