短命内閣は正しい歴史教育から改まる

さあ、ナオトの番だ――フィナンシャル・タイムズ社説
2010年6月7日(月)08:00
(フィナンシャル・タイムズ 2010年6月4日初出 翻訳gooニュース)

[訳注・原題「And Naoto Work」は「And Now to Work(さあ仕事だ)」という慣用句に音が似ているため、ひっかけたものです]

日本人は、はかないものを美しいと愛する。「もののあはれ」と呼ばれるこの美的感覚を象徴するのが桜の花だ。咲いたと思ったら散りゆくその刹那的な有りようは、生命そのものの玄妙なるペーソスを多くの者に連想させるのだ。毎年春になると日本人は、桜の花の繊細なはかなさを称えるため、花見の宴を開く。はかなさを称えるというそのコンセプトを、総理大臣にも適用したらどうだろうか。

日本は4年間で6人目の総理大臣を迎えた。1990年に不動産・証券バブルがはじけ(これもまた、はかない「もののあはれ」なのだろうか?)て以降、実に15人もの首相が交代している。中でも最もはかなく美しかったのは、わずか3カ月で辞任した宇野宗佑氏だろう(忘れられるはずもない)。ブラジルのルラ・ダ・シルバ大統領は、はかないとは程遠い7年間もしぶとく、まるでゴツゴツした木の切り株のように、在任し続けているのだが、日本の最新の総理大臣が誰なのか名前を覚えるのは難しいと白状している。最近で在任が3年以上にわたったのは、小泉純一郎氏ただ一人だ。

最新の蕾(つぼみ)を咲かせたのは、菅直人氏。在任9カ月足らずでハラハラと地面に散ってしまった鳩山由紀夫氏の後任だ。鳩山氏はきわめて希少な花だった。半世紀以上にして初めて国会で過半数を獲得した野党の党首だったのだ。希少種の花というのは得てして、咲かせ続けるのが難しいものだ。

日本という国では、どれだけ政治が不安定でも、大した影響はなさそうに見える。これはイタリア以上に奇妙なことだ。もちろん、日本は1990年代からずっと停滞している。巨額の財政赤字を増やし続けている。にもかかわらず、日本という国は変わらず安定して、裕福で、色々な意味できわめて効率よく運営されているのだ。それは一部には、名高い官僚たちのおかげでもある。日本では、こちらがあくびする暇もない速さでどれだけ政治家が入れ替わり立ち替わりしようと、官僚たちのおかげで連続性が保たれているのだ。

しかし菅氏は奇妙なことに、政治家の発言力を高めようと、官僚の権力をばっさりと減らすつもりでいる。もし本気なのだとしたら、前任者たちよりは長く職に留まるつもりでいた方がいいと思う。

フィナンシャル・タイムズの本サイトFT.comの英文記事はこちら(登録が必要な場合もあります)。

(翻訳・加藤祐子)

イギリス人も同じ韻を使ったダジャレが好きなのかと思った。ただし散りゆく桜の花のはかなさと、鳩山首相退陣は違う気がする。誰もほぼ一年ごとに総理大臣が交代してほしいとは、全く思っていないばかりか、自民党から民主党に政権交代して、またかと呆れたと思う。

ミヤネ屋で三宅久之氏は、総理の資質に問題があると話していた。岩井奉信日本大学教授は、参議院の独自性が薄れ、政党選挙となり衆議院のカーボンコピーとなりがちで、選挙に与える影響が総理を短命にしていると指摘する。

私は、選挙制度と国会改革を改めることと、それだけではなく、どうすれば一国を担うにふさわしい総理の資質を養えるかを考えるべきであると思う。

しかし、外交に関わらず、交渉相手が毎年交代するようでは、いい信頼関係は生まれない。総理の資質を養うには平和ボケと自虐史観を受けた教育を取り戻し、自信と誇りを持った子供たちがこの国を担うまでには、気が遠くなる思いがする。

杉並区や横浜市などで正しい歴史教科書を採用し始めたばかり。いずれにしろ学校教育以外にもネットや情報が入りやすくなった。しっかりした日本を愛する世代が生まれるのもそう遠くない気がする。また、左翼や日本のリベラル(本当の意味は自由主義)が、はびこっているメディアと政治の世代が淘汰されることだ。

また、世界に類のない日本の国がらも大きいと思うのだ。

少なくとも6世紀前半に即位した継体天皇以降、今上天皇に至るまでの天皇家系譜は信憑性が高いため、現存する世界の王朝の中で日本の皇室が最長の歴史を有していることは確実視される日本の世界に類のない伝統的国柄が大きいのではないかと考える。

天皇は日本の歴史において重要な権威を有していたが、実際に君主として統治権を行使していた期間は、天皇が存在していた期間と比べると極端に短く、ほとんどが天皇以外の貴族や武家、官僚などによって統治権は行使されている。とりわけ鎌倉幕府成立以後は武家の棟梁の一族が代々世襲で征夷大将軍に就任し、少なくとも基本的に内政や外交では日本の最高権力者として君臨してきた。

しかし、天皇の地位がそれらの権力者によって廃されたことはなく、時の権力者も形式上はその権威を尊重し、それを背景に地位に就いていたことが多い。例えば全国に支配権を敷いていた武家政権の君主である征夷大将軍への就任も形式上は天皇の宣下によって行われることになっており、その権力者は天皇の権威を利用し、その政敵を朝敵(天皇の敵)などに指定させ、その統治権を正当化することが多かった。

ただし、外交において有事が発生した際、その権力者たちも朝廷に相談を持ちかけているため、幕府などの武家政権が内外とも全面的に統治権を行使する認識があったかどうかは考慮が必要である(元寇や黒船来航等)。時にとりわけ大きな力を持った権力者が天皇という地位を廃止、あるいは簒奪を画策したことがあるとされているが、現在までに成功した例はないとされている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

したがって、ころころ時の施政者が代わろうと、天皇がおられることで人々の心の拠り所は維持されており大きく動揺しないのだろう。そこいらが、王がころっと代わる歴史の外国人にはなかなか理解できないのではないだろうか。

ところで宮根氏との掛け合いが楽しみだった丸岡いずみさんは、今何しているんだろうと気になっていた。
NTV東京ローカルの夕方のニュース・エブリィに出演しているんだな。
この時間は関西はYTVのローカルで観ることができない。たまには関西にも顔を見せてほしいと思うんだけど。
http://www.ntv.co.jp/every/program/index.html

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