草莽崛起 危機意識が政治を変える夜明け前

/ 2月 21, 2010/ オピニオン/ 0 comments

トヨタのリコールのCMが一昨日から頻繁に流れるようになった。ナショナル(パナソニック)のファンヒーターのリコールCMが流れていたのを思い出す。しかし、パナソニックが早めに回収に手を打ったのと比べ、トヨタは後手後手だ。肝心の対応の説明が欠けていて、ご迷惑をおかけしましたしか伝わらない。
エプソンのCMで、エレベーターに載った社員たちがいて、女性社員が上司に「いま、どん底です。あとは上がっていくだけですよ。」というフレーズがある。なんだかいまの日本を見る気がするのは私だけだろうか?

1/4【討論!】小沢不起訴以降の民主党政権の行方[桜H22/2/20]
毎週土曜日のチャンネル桜の討論が一番面白い。地上波では日曜日に各チャンネルで政治番組が続くが、どれも同じ事の繰り返しで、ただでさえ基本方針がない民主党のマニフェスト政策を、さらに後追いして狭い議論をくり返している。苛立ちを憶える。
内部に甘くて外には厳しい保身体質
テレビ局には危機意識がない。不景気で収入が落ち込んでいると番組中でも内情を吐露することがあるが、実際には職員は高給で出演者や下請けの制作費を抑えているに過ぎないから、他人事のようにKYに伝わる。とくに顕著なのが公共放送であるはずのNHKだ。民放以上に番組にポリシーがなく、民放のタレントを多用するなど真似事ばかりで、本来のNHKらしい丁寧で真面目な番組づくりこそ得意技であるはずなのに、よそ事、他人事のようなコメントをしてしめくくるのが腹立たしい。
民放はスポンサーによって収益を得ていて、アメリカなど外国では新聞社とテレビは別経営だから、報道は偏らないが、日本のテレビ局設立の歴史経過から新聞社系列なのがネックである。しかい、各新聞社のテレビ局への株式出資比率が年々減少しているので、テレビ局の独自性を広げようとしているようだが、新聞記事からニュースソースを得ており各局も新聞報道を羅列しているに過ぎない。本来、新聞でもテレビでも、スポンサー企業の事件が起きた場合は、そこは報道の中立性が問われるから擁護はしないが、トヨタリコールのように大手広告主には甘い感は否めず本質に踏み込んだ内容とはいえない。
とくに悪質なのは、NHKスペシャルや関連の「坂の上の雲」、視聴者参加型討論番組だ。とくに偶然なのか恣意的にやっているのか三宅アナがからむ番組は顕著に思う。戦後教育の被害者である団塊の世代が製作の中枢に関わっているのではないか。無責任な学生運動家のような批判に終始している。気づいていないのかどうか知らないが、だけかを批判しているが聞いていると自分らのことを言っているのかといいたくなる点が民主党議員と共通する。それは自分の頭の中にいつも考えていることが無意識に口に出てしまうからではないだろうか。チャンネル桜の討論でも、(むしろ私もそうだが)戦前・戦中派の体験者はまともに戦争を理解しているし、団塊以降の世代や若い層の方が保守で国を愛しているという。
政治・官僚・マスコミに蔓延する無責任
戦後すぐにGHQ教育を受け学生紛争を経た60歳代前後は、批判はするが自分は直らないようだ。教育とは恐ろしい。とにかく日本をダメにすること、批判ばかりで建設的な思考回路がない人間が多いようだ。鳩山・小沢世代だ。
野党から批判されると、民主党の反論の最後は、「自民党に言われたくない」である。よく反論に困ると最後にはあんたには言われたくないというレベルである。自分らが野党時代は細かいことでも批判をくり返してきた。そして脱官僚(依存)を掲げてやっていたのは自民党時代からであり、民主党は脱官僚を誤解して官僚を使いこなすべきなのに専門ではない党員までを霞ヶ関に送り込んで主導しようとして官僚の仕事を政党がやろうとして本末転倒している。
「日本はどうすすむのか」「テレビはどうすすむのか」ドラマや歴史番組では必ずといってもいいほど、「そして日本は戦争と侵略への道を歩んでいく…」「天皇を戦争へ利用したのである…」
どうして自虐史観で閉じこもる思考なのだろう。いつも後味が悪くなるのだ。なぜメディアは信念のない鳩山首相や大した政治理念もない選挙屋、古い間違った歴史認識と憲法も知らない法学音痴の法学部出身小沢に甘いのだろう。鳩山首相の母親から長年に渡る数十億円というかつてない贈与、小沢の前政党助成金疑惑、企業団体献金と不動産購入、自民党政権時代なら、とっくに辞任に追い込まれるほどのかつてない多額の政治資金疑惑だ。
そして天皇陛下への不敬発言、マニフェストにもあげていない外国人参政権や夫婦別姓、人権擁護法案など、国民主権をおびやかす憲法違反である問題を、国民には説明せず韓国で約束している。どこの国の首相、幹事長なのか。
メディアだけがおかしいのではなく、政治家や官僚もこの世代は同罪だ。あと数年は、こうした世代が日本のリーダー的ポストにいるが、自ずと退いて次の世代が交替したらもっとましになるだろう。

2/4【討論!】小沢不起訴以降の民主党政権の行方[桜H22/2/20]

3/4【討論!】小沢不起訴以降の民主党政権の行方[桜H22/2/20]
参いまの民主党は唯一の綱領のない満員電車政党
政党は理念に大同して集まるものだが、民主党には党の理念を掲げる綱領がない歴史上はじめての政党だ。元々左右両翼が政権交代という旗印のために数合わせで集まっている。
衆議院選は、自民党がふがいないから批判票で負けたのであって、民主党に投票したのではないから、国民に支持されたと勘違いするのはおかしい。
理念なしに民主党内の少数意見で政策が動くようでは国会議員とは言えないし税金泥棒だ。
参議院選前か後か、政界再編は自ずと起きる

4/4【討論!】小沢不起訴以降の民主党政権の行方[桜H22/2/20]
日本には二大政党制はかならずしもふさわしくない。自分もそう思う。自民党も民主党もイデオロギーでまとまっている政党とは言えない。自民党も多種だが、民主党は左右の幅がまったく異なる人がかろうじて集まっているから、参議院選までに保守と左翼が分裂するか、参議院戦後のは、第三極の新政党かあるいは保守会派が担うだろう。政治家の仕事は、マニフェスト政策ではなく、官僚を主導する力であり、国の道、人の道を引っ張ることだ。
塚本元民社党委員長が言われているように「いまは政治はどん底であるが、逆になんとかしなければならないと思う新しい勢力が生まれつつある。政府内部のクーデターだった大化改新以外は、いつも外部の人々が動いた。この国の歴史が示している。」のだ。気が付いていないのはだめな政治家やメディアであり、国民はもっとまともだ。国民が任せておけない、なんとかしないといけないという機運が高まっている。
(ちなみに斎藤隆夫も、塚本元委員長の前任、故佐々木良作氏も地元の代議士で、兵庫五区は民社党がトップだったところです。そのころ未成年で選挙にまだ関心はなかったな。今思うと自民党よりぶれない民社党は偉大だった。)
 関裕二氏は『天孫降臨の謎: 『日本書紀』が封印した真実の歴史』(PHP研究所)のなかで、漠然とした歴史観「日本は何者かによって征服された」は、実際には根拠の乏しい思いこみだったのではあるまいか。幾たびも王朝交替がくり広げられたと信じ込まれてきたのは、ひとつの理由に、戦前の皇国史観の押しつけに対する反発があったからだろうし、また、「日本が犯した侵略戦争」に対する免罪符として、日本もかつて侵略されていたのだという「仮説」を利用したのかも知れず、また、「自虐」こそが「進歩」という時代のすう勢もカミされたとはいえないだろうか、
 少なくともここで確認しておきたいのは、天孫降臨の神話を含め、神武東征、ヤマト建国、そして天皇家の歴史について、われわれはいまだにほとんど正確な情報を持ち得ていない、ということであり、ここのあらためて、「イデオロギー」に惑わされない歴史観の構築が急がれるということなのである。歴史を一から見直す作業であり、これまでまったく歴史とは見なされなかった神話に注目する必要がある。
 日本においては、戦時中における神話をそのまま歴史として教えたことなどに対する批判から、神話に歴史を読みとろうとする立場が多くの研究者の支持を失い、私も含めて、神話と歴史を切り離して考え、せいぜい系統論から歴史を考えるのが普通であった。しかし、神話にどれだけ歴史的事実が反映し(ているのかわからない)、と書いている。
 私はNHKや朝日新聞は、根本的にこの意識があるのではないかと思うのである。日本を代表する大手メディアであるのにも関わらず中立というよりもなぜ左寄りなのか。われわれでも知っているような歴史を知らない人間が政治家にも多い。政治主導やメディアが専門家をないがしろにして間違った方向へ導くことは危険だ。
 真実の報道を志して誕生した新聞やラジオは、ある時は外交を鼓舞し自由な放送姿勢をおこなっていた。しかし、戦争突入は軍部によって報道統制された恨みが、戦後70年近くなっても、いまだに最初で最後の敗戦という苦い過去から逃れられないのだ。
 戦前の皇国史観の押しつけであった、戦前・戦中に軍部によってプロパガンダに荷担させられたことへの反発が根強く、戦後は自らもその被害者であったという思いから拒絶反応を起こしているのではないだろうか。
 戦争体験のない戦後生まれが経営陣になっても、その思いでは受け継がれて反戦への思いが、反体制、左翼に傾いてしまっているのではないかと想像するのである。そうした教育やメディアによって育てられた現在の政治家の多くが同様であり、共通する弱々しい木を見て森を見ない近視眼でその場しのぎの匂いだ一方的な価値観ではなく正しい歴史と戦争を新しい発見から見つめていくこと、それが報道ドキュメンタリーだ。
 何度もやられてきた歴史をもつ大陸では二度と戦争にならないようにどこがいけなかったかを考えて、二度と攻撃されないようにすることを考える。一度の敗戦から目を背け、いつまでも日本のために戦われた多くの英霊を非難し続けるようなことは、しまいには神の祟りが鬼となって及ぶのではないだろうかと。
 朝日や毎日など歴史の長い新聞よりも戦後生まれの産経新聞などが先入観がない、逆にイデオロギーに染まっていないもっともまともで素直な報道を貫ける例ではないか。そのことは、若い層の方がよっぽどしっかりと日本のことを考えている人が増えてきていることだ。また、同時に少なくなった戦争体験者の方々は、戦争までの長いスパンを知っている人はそうは考えない。戦争だけをことさら上げて批判はしない。戦後の自虐教育はおそろしい。直すことは難しいだろう。
 少なくとサンフランシスコ条約で中国は賠償金は問わないとして一応決着しているのである。にもかかわらず、誤った被害者意識とでもいえるような朝日新聞の自虐史観や、村山談話などによって賠償金に替わる何兆円もの援助をどれだけむしり取られてきたのだろうか。巧みに仕掛ける情報戦争に踊らされ、荷担することは愚かであり民主国家の放送としてはあり得ない自主性のなさである。偽善的な自虐史観で綴るNHKスペシャルや坂の上の雲はなど、他国の歴史干渉による恣意的な偏向や捏造は、日本や日本の人びとの将来に、またNHKという信用を落とし、誰のためのどの国のための放送なのかが不思議であるし、むしろ悪影響を与えてしまっている罪の大きさを理解していないのではないだろうか。
マニフェストなんか嫌いだが、私なら簡単なマニフェストを。
一、自主憲法制定(自分のことは自分でする。)(専制的防衛と核配備もしくは持ち込ませる)
一、国家情報局設置(CIAのような)。
一、国会議員の削減と報酬の改定、政党廃止、パーティ(党)は自由。会派でも政党でも同格。
一、国籍条件の厳格化(国家に忠誠を誓い、参政権と国防の義務を課す)
一、NHKと地上波メディア再編、国会のノーカット生放送と公共放送設立
  衛星放送の自由化もしくはNHKは公共放送BSは地上波と同一化
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