歴史的発見!卑弥呼の居館か

卑弥呼の居館か 奈良・纒向遺跡から3世紀前半の建物跡が出土
産経IZA 2009/11/10 21:27
邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、3世紀前半の国内最大規模の大型建物跡など2棟が見つかり、市教委が10日、発表した。倭国の女王、卑弥呼が活躍した時代(2世紀末~3世紀前半)とほぼ一致。中国の歴史書・魏志倭人伝には「卑弥呼の宮室(宮殿)は楼観や城柵(じょうさく)を厳かに設け」と記され、卑弥呼の居館の可能性が浮上し、邪馬台国畿内説をさらに有力にする一級の資料になりそうだ。
石野博信・香芝市二上山博物館長(考古学)の話 「建物の大きさだけでなく、建物群の中心軸が東西一直線に並んでいる点がすごい。これほど計画性のある建物群の遺構が見つかったのは古墳時代を通じて初めてだ。外郭もあり、復元されたら壮観だろう。祭祀(さいし)空間なのか政治空間なのかは現段階では分からないが、卑弥呼の館の可能性はある」

石野博信氏は兵庫県立考古博物館の銅鐸の講演と実験で存じている。
かねてから付近に箸墓古墳があり、纒向(まきむく)遺跡は広大な遺跡跡なので邪馬台国九州説もあるが、国内最大規模の大型建物跡などが東西一直線に並んでいる点からほぼ間違いない。邪馬台国もヤマトの当て字だ。九州に倭国のひとつがあったことも確かだから、時代から中央王権が置かれていた場所であることは間違いないとされてきた。
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