【京都散策】 幕末ゆかりの木屋町界隈

京都観光では三条から四条河原町通りが有名だが、一本東へ入った木屋町通りは、静かな高瀬川と柳並木に沿った一番幕末維新の舞台としてその雰囲気を漂わせているスポットだ。幕末ファンならよだれが出そうなほど活躍した志士たちの碑や寓居が建ち並ぶ歩く歴史ミュージアムである。

まず、北から三本木料亭「吉田屋」(京都市上京区 東三本木通)が挙げられる。
慶応3年(1867)6月、土佐藩の坂本龍馬・後藤象二郎・福岡孝弟、薩摩藩の西郷隆盛・大久保利通・小松帯刀との間で大政奉還と公議政体を目指した盟約が結ばれた。後に「薩土盟約」と呼ばれる、幕末維新の時代において、きわめて重要な事件の1つである。

その舞台となったのが京都の三本木通に建っていた料亭「吉田屋」。ここは桂小五郎の妻、幾松が籍を置いていたことでも知られ、二人の出会いの場所でもあった。また、立命館大学の前身である京都法政学校が吉田屋の二階を間借りして授業を行っていたことから、この場所には現在<b>「立命館大学 草創の地」という記念碑が建てられているらしいと後であった。


旅館 幾松


薩摩藩邸跡(上京区烏丸通今出川上ル東側(同志社大学西門前))も足を伸ばすべきではあるが、今出川通りまではちょっと距離がある。藩邸門が残っている。木屋町通りを少し下ると島津繋がりで島津製作所発祥地がある。


現在はこじゃれた博物館になっています。ステンドグラスの窓がレトロです。


そこから道を西に行くと瓦町通りにホテルオークラ前に桂小五郎像が飛び込んでくる。かつてここは長州藩邸がおかれていた。


大村益次郎・佐久間象山遭難地石碑 京都市中京区三条木屋町上ル(高瀬川沿い)ホテルオークラの裏手の高瀬川を渡った橋の横に石碑が並んでいます。


池田屋跡


現在は同名の和食店になっている。


道をはさんだ南には高瀬川を渡った高瀬舟が飾ってある。


材木商酢屋跡:京都市中京区河原町三条上ル一筋目東入ル

海援隊の京都屯所になっていた。龍馬が暗殺される数日前までここに潜んでいたといわれる。現在2階がギャラリーになっています。


反対側を一本入ると細い道に先斗町歌舞練場がある。ここまで入ると人気もなく静かでいい。


土佐藩邸跡
京都市 中京区 木屋町蛸薬師下ル備前島町
現在は公会堂に利用されている旧立誠小学校(りっせいしょうがっこう)は、なかなか立派な洋風校舎だ。このあたりから河原町通一帯に土佐藩が置かれていた。坂本龍馬・武市瑞山・中岡慎太郎・後藤象二郎らの勤皇志士が、藩邸を拠点に活躍した場所であると思うとワクワクしてくる。河原町通をはさんだ向かいに暗殺された近江屋があった。当時の通りは河原町通り東側歩道ぐらいの幅で現在の河原町通には近江屋の母屋があった。京阪交通社の前に坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之碑があるがこないだ前を通るとコンビニになっていたような気がする。

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